「北国の春」(井上靖/講談社文庫)絶版

→ひとり杯を傾けながら井上靖の軽めの小説を読むのもまた、
数少ない人生の愉しみのひとつかもしれない。「北国の春」は短編小説集。
どんなに短い小説でもなにかが起こるのは著者が物語作家であるためだろう。
非難しているのではない。それどころか、むしろ物語歓迎である。
なにも起こらない小説を読んで悦に入るような文学青年ではない。
物語とはなんだろうか。これまで幾度も考えてきたことである。
いま酔い心地で思いついたのだが、
偶然が偶然ではないように見えるのが物語ではないか。
偶然なのだが、そこにはなにかしらの手が加わっているように見える現象。
だが、もしこれを物語と定義するなら、すべてが物語になってしまう。
あなたもわたしも人間はまったくの偶然の産物だが、
だれひとりとして偶然存在しているようには見えぬのだから。
畢竟(ひっきょう)、人間を巧妙に描けば物語になるということだろうか。
「こんどは俺の番だ」(井上靖/文春文庫)絶版

→昭和31年に雑誌連載された中間小説。
嫉妬が物語をすすめる筋立てになっている。
三十路の会社員、雲野八一郎は売れない映画女優の十津川光子に恋をしている。
女優はまだ二十歳(はたち)を超えたばかり。
小説の冒頭、雲野は4階のビルによじのぼる。
光子につきまとっているゴロツキと賭けをしたのである。
もし成功したら光子と今後一切縁を切るという約束だ。
雲野青年は命からがらビル登攀(とうはん)に成功する。

雲野は自分ひとりだけが女優・光子の才能を理解していると思っている。
がために光子と関係のある男に嫉妬するのである。
いや、嫉妬なのだが、本人は嫉妬と気がついていない。
ゴロツキは光子のもとから去った。
ところが、もうひとり光子の心から信頼している男性がいるという。
光子がなかなか男の素性を言おうとしないので雲野はいらだつ。
とうとう光子は口を開いたのだが、とんでもないエピソードまでついてきた。

「言ってしまおうかな」
と(光子は)独り言のように言った。
その表情が雲野には類いなく美しいものに見えた。
「言えよ」
「じゃ、言うわ。あのね、その人とずっと前に一回だけあったの」
「あったって!?」
そう言ってから、その言葉の意味に気付くと、
雲野は急に顔をくしゃくしゃに歪めて、ごくんと生唾を飲んだ。
「それじゃ、なんでもなくはないじゃないか」
思わず大声を出して言った。喉がかさかさに乾いていた」(P58)


相手は四十過ぎの会社社長であった。雲野は三十ちょいの平社員である。
年寄りにだまされて、この若い肉体がもてあそばれたのか!
燃えるような嫉妬に雲野は苦しめられる。
かの主人公がヒロインへの恋愛感情を明確に意識したのはこのときであろう。

「ビア・ホールへ行こう」
雲野は腹を立てて言った。今夜の光子のどの言葉も、雲野には気に入らなかった。
併(しか)し、厄介なことに、今までのいかなる時の光子よりも、
今夜の十津川光子が、彼には魅力的に見えていた」(P62)


雲野は社長のもとを訪問する。もう光子と逢ってくれるなと通告するためである。
どんな悪漢かと思ったら、社長はじつに気持のいい一本気な男だった。
雲野にとっては、運が良いのか悪いのか、社長は会社が倒産して一文なしになっていた。
そのうえ自殺を考えているという。
こちらも負けず人のよい雲野は社長に、自分の姉の嫁ぎ先で静養しないかとすすめる。
とんだ顛末(てんまつ)になったわけである。

これでもう光子のまわりに男はいなくなったのか。雲野は問いただす。
だが、まだ男友達が複数いるという。嫉妬した雲野はその人物に逢いに行く。
そのたびにどうしてか気のいい雲野は恋敵の援助をする羽目におちいってしまう。
立場が入れ替わる瞬間が登場する。
光子の男友達のひとりに妹がいた。
この妹の手助けをなにやかにやと雲野はしてやっていた。
その現場を光子は目撃してしまうのである。
嫉妬した光子が雲野に当たり散らす。
いな、光子は自分が嫉妬していることに気づいていない。
むろん、雲野もおなじこと。どうして光子からこんな理不尽な対応をされるのかわからない。
ふたりは年末に別れてしまう。

両者ともに相手と逢いたくてたまらないが、なんとかこらえようとする。
光子の言い分はこうである。あやまれ! つきあってくださいと低頭せよ!
雲野は冗談じゃないと思う。光子のほうから前非を悔いるべきである。
雲野は金輪際、光子と逢うまいと誓うが、みずからその誓いを破ってしまう。
おのれへ罰をくださなけれなばらないと思った雲野はふたたびビル登攀を企てる。
深夜の危険な冒険である。そこに光子が現われる。
雲野の友人に、またビルに登ろうとしていることを教えられたのである。
光子は雲野の胸に飛び込んでゆく。烈しい力でつかんで離さない。
雲野はこれならビルに登るほうがまだ楽かもしれないと思う――。

好人物しか登場しない井上靖の青春小説の魅力を堪能した。
小旅行の際、持って行くなら井上靖の中間小説に限る。
恋愛不感症のわたしがこんかい井上靖の恋愛小説から学んだこと。
だれかを愛するとは嫉妬することなのだと思う。
そして、いま哀しくも嫉妬を感じるような異性はいない。
いい年をして断わるまでもないが、
女優の誰某(だれそれ)の醜聞を聞いたところでいささかも嫉妬は起きぬ。
ぜひぜひ嫉妬したいと思う。嫉妬したときほど異性が美しく見えるときはないのだから。
「花と波濤」(井上靖/講談社文庫)絶版

→昭和28年「婦人生活」に連載されたもの。
昭和28年といえば井上靖と愛人の白神喜美子の関係が悪化してきたころである。
いままで井上靖の小説を読んでも正体がつかめぬような得体の知れなさがあったが、
元愛人の暴露本「花過ぎ」を読んだからか、この小説の骨組みがはっきり見える。
すべての小説家がそうだとは断言できないが、
少なくとも井上靖は顔の見える少数の近辺者のために小説を書いていたのではないか。
この小説からも愛人の白神喜美子へのメッセージと見受けられるところが散見する。

恋人の画家に苦情をいう女――。

「純粋でない人は嫌い! お仕事も、愛情も純粋であってほしいのです。
有名にならなくても、食べられなくてもいいじゃあありませんか」(P133)


これは井上靖が小説執筆時に愛人から言われていたことである(笑)。
多作をする井上靖を白神喜美子はこころよく思っていなかった。
見たこと聞いたことすべてを書かなければ井上靖のような多作はできないのである。

この小説のヒロインの独白――。

「人間と人間の結びつきというものの、
持っている哀しさのために、自分は泣いたのだ」
そう、ゆっくり一語一語、口から出して言った。
自分も真崎も朱美も義之も、哀しいといえばみんな哀しいと思った。
人間というものが、みんな哀しいと思った。みんな悪い人間ではない。
一生懸命生きようとしている。
それでいてその組合せが、なかなかうまく行かないのだ」(P221)


これなどは明白な伝言である。妻子ある井上靖が愛人に小説で弁明しているわけだ。
僕たちの関係はどうしようもないね、と愛人を慰めているのである。
井上靖は決して空想で小説を書いた作家などではない。
かれの小説にはどれも元手がかかっているのである。
傷つけあい流れた血で文字を書いているといったらいささか大げさかもしれないが。
井上靖の小説は無数の読者に向けられたものではなかったのではないか。
特定のだれかに宛てて書かれたものであったと考えると、
そのとき井上靖の膨大な作品群は動揺を見せるのだろうか。
「晩年の井上靖 『孔子』への道」(山川泰夫/求竜堂)絶版

→著者は元・学研の編集者。井上靖のいくつかの全集を手がけた。
そのおりに井上靖本人に53回会ったというのがこの男の自慢のようである。
最低最悪の本と言わざるをえない。看板に偽りありなのだから。
タイトルに井上靖とつけておきながら、なんとくだらぬ自分語りが多いことか。
読者は井上靖に興味があるのである。
学研のいち編集者が出世しただの、左遷されただの、どうでもいいことである。
どうしてこうも読者心理のわからぬ阿呆が編集者などやれていたのかふしぎである。
著者は井上靖を先生とよぶ。先生とお話できたのは最高の幸福だったというのだ。
つまらない男というほかない。
晩年の井上靖といえば社会的評価も定まった文壇の大御所。
著者は人間・井上靖よりも、この作家の地位に敬服しているようにしか見えない。
というのも、著者の井上文学への感想はどれも稚拙というほかないものだからである。
「有名人と知り合いのおれおれおれってすごくねえ?」という本だ。
この山川某と比較して「花過ぎ」の著者、白神喜美子のどれほどすごかったことか。
だれも見向きもしなかった井上靖38歳の才能を信じることができたのだから。

本書からうかがえるのは晩年の井上靖がどれだけ幸福だったかということくらいだ。
多くの崇拝者を持ち、あたたかい家庭に守られて、である。
井上靖の3人の子どもでおかしくなったものはいないようである。
みんな幸福に生きている。本書にも孫に囲まれて微笑む井上靖の様子が描かれている。
この本から知ったことではないが、井上靖の夫人も、息子も娘も、
井上靖の回想記を書いている。
おそらく、ちょっとおかしなところがあったけれども、いいお父さんだった。
というようなことが、書かれているのだろう。
ふたたび、愛人だった白神喜美子のことを思う。

話をこの駄本に戻す。著者の山川泰夫が編集者だったとは思えない。
というのも、退職した山川は自伝を自費出版した。ここまではいいのだ。
しかし、山川はこの自伝を井上靖のもとへ持っていく。読んでくれというのである。
ときは1989年。井上靖81歳。亡くなる2年前である。
山川に編集者根性といったものがあれば、
それがなくとも井上靖を尊敬する気持が少しでもあれば、
この偉大な文豪の残り少ない時間を、
くだらぬ自伝を読ませることで奪おうなどとは決して考えぬはずである。
しかもこの自伝のうち井上靖について書いたのはほんの数ページだったようだ。
とんでもない編集者がいたもんだ。そのくせ学研でけっこう出世したと自慢している。
学研という出版会社のレベルが知れようものである。

こんな本は古書市場からぜんぶ回収して火をつけて燃やせばいいと思う。
「花過ぎ 井上靖覚え書」(白神喜美子/紅書房)絶版

→井上靖の元愛人による暴露本。井上靖の死後2年を経て上梓された。
職業作家の手によるものではないから、稚拙な表現も少なくなく、
事実関係が読みとりにくいところもあるが、それでもこの本はすばらしいと思う。
書かなければならなかったという著者の熱意に読後、なみだを禁じえなかった。
自分を捨てた井上靖への憎悪からのみ書かれているわけではない。
いまだに井上靖に愛情を持っていることは随所からうかがえる。
しかし、現実はままならぬ。どうにもならなかった。
井上靖への著者の執着、怨念には真実のものがある。
井上靖という人間を知りたいならば、大学の先生が書いた論考の100に目を通すより、
この1冊を読んだほうがよほどためになる。
井上靖で卒業論文を書こうと思っている大学生は、
かならずこの「花過ぎ」を読まなくてはならない。
むろん、学術論文に使える箇所があるかといったら、おそらくないのだろう。
けれども、あなたは卒業論文を仕上げたいだけなのか。
井上靖という人間の持っているものを見たくはありませんか。
学問研究なんかで文豪が理解できるはずがないんだ。
たしかに学問研究という見地からいえば、これはあくまでも元愛人の一方的な告発で、
それも愛憎がもつれているから、事実かどうかを逐一調査しないとならないのだろう。
しかし、いまとなってはもう調べようがないことばかりである。
したがって無視するというのが学問なら、そんなものは犬に食わせろだ。
わたしは本書に井上靖のある面での真実が描かれていることを疑わない。
なぜなら事実よりも真実を重んじるのが文学ではなかったか。

おまえもか、井上靖よ、である。
本書の著者、白神喜美子は16年にわたって井上靖の愛人であった。
昭和20年から36年までのあいだである。
井上靖は38歳のとき白神喜美子を愛人として、54歳のときに手切れ金を払い捨てた。
38歳の井上靖はいまだなにものでもなかった。無名の新聞記者に過ぎなかった。
妻がいた。子どもも3人いた。戦後の混乱期だった。
井上靖は文学への情熱をたぎらしていた。
無名の詩人でもあった井上靖が11年ぶりに小説「闘牛」を執筆するのは、
この5歳年下の愛人を作ってから1年後のことである。愛人は雑誌記者で独身だった。
どういうことか。井上靖は小説を書くために文芸の女神、ミューズを必要としたのである。
妻子の顔を見ていても小説は生まれなかった。井上靖は創造の女神を欲した。
ふたりの関係はこういうものだったという。
井上靖が書こうと思っている小説の筋を白神喜美子に夢中で話す。
愛人は聞くだけだった。
人間はいろいろな動機で小説を書くものだが、
井上靖は愛する女性に読ませるために小説を書いたのである。
小説をふくむ文芸の原初のかたちは話すことではなかったか。
こんなおもしろいことがあったと話す。話すためには聞き手がいなければならない。
ただ聞けばいいというのではない。聞き手の耳がよければそれだけ話はうまくなる。
熱心に聞いてくれるものの存在が語り手を饒舌にするのである。
井上靖と白神喜美子。ふたりはこういう関係であった。
(余談だが、村上春樹も書いた小説をまず奥さんに読ませることで知られている)
井上靖は著者にこう言ったという。愛人の存在が妻のふみにばれた数日後である。

「僕はね、一生家族を偽っても君を連れていく覚悟をした。
家庭は毀(こわせ)せないが、君は必要だ。僕に仕事をさせてくれる。
この愛情を育てていったなら、見事な華が咲くと思う」
ここで言葉をきり、しばらく考えてから、
「そりゃあね。世間から見れば、君は僕のために犠牲になったと見られる。
しかし、果して犠牲か、どうか、人間死ぬるときでないと解らない」
こう言って、(井上靖は)まともに視線を私に向けた。
東京転勤を実現し、必ず一家揃って住む、私とは別れたと、
ふみさんを納得させ、家族を伊豆の湯ヶ島へ発たせたのは、
昭和二十二年の夏であった」(P38)


井上靖が「闘牛」の初稿を書き上げたのは昭和22年の3月。
紆余曲折を経てこの小説が雑誌「文学界」に発表されるのは執筆から2年後。
翌年の昭和25年、42歳の井上靖は「闘牛」で第22回芥川賞を受賞する。
このとき井上靖は作家として生きていくことを決めるのである。
うがった見かたをしてみよう。
38歳の井上靖は新聞記者であった。夫であった。父であった。しかし作家ではなかった。
井上靖を唯一作家として、文士として、
一目も二目も置いてくれたのが白神喜美子ではなかったか。
ただひとり井上靖を小説家として応援してくれたのがこの愛人ではなかったか。

井上靖の小説はぜんぶモデルがあるという。
身の回りの人間が話してくれたことを聞き、
おもしろそうなのをふくらませて小説に仕立てあげていたということである。
自己申告だが、なかでも白神喜美子が話したものを小説にすることが多かったという。
評論家筋から評価の高い「三ノ宮炎上」のモデルも白神喜美子の職場の同僚だった。
井上靖がどうしてこうも多作できるのかわからなかったが、
すべては耳から書いていたようである。耳で聞いた話を小説にした。
そのときかならずといっていいほど愛人に筋を話しながら小説の構成を決めていた。
井上靖は耳で聞いた話をまず脳で濾過(ろか)する。
残ったものを(たとえば愛人へ向けて)口から吐き出しながら小説としてまとめる。
これが井上靖の小説作法だったようである。
まさか文芸誌の対談で、小説作法を問われて、愛人とのおしゃべりとは答えられまい。
作家が小説を生み出す過程には、とんでもない秘密があるものだと感心する。
白神喜美子はこんな裏話を書いている。

「(著者が)彼(=井上靖)に最後に言った苦言は、
昭和二十八年十二月「文藝春秋」に「湖上の兎」を書いたときである。
この作は私の友人から、その知人のことを聞き、彼に話したことを書いたのである。
が、あまりにも、話したままに書かれていたので、
友人は知人の会社の人達から批難されたと聞き、私は友人に詫びた。
このことを彼に告げると、
「お茶でもご馳走しとけ」
であった。せめて一言、「すまなかった」と言ってほしかった。私も思わず、
「貴方のよいところは無名時代に出てしまって、
いま残っているのは才能と滓だけよ」
と言ってしまった。かつてない批難に、彼も嫌な表情で、
「その見かたは面白いね」
と言ったが、内心の不快感は全身に出ていた。
茨木、島津山の頃は苦言も素直に受け、ケンカも尾をひかなかった。
それができなくなったのは、互いの間に暗い影がさしつつあったのだろう」(P131)


昭和28年といえば井上靖はすでに流行作家である。
かれを小説家としてもてはやすのは、いまや白神喜美子ひとりではない。
ふたりの関係が疎遠になるのは必然だったのかもしれない。
昭和31年、白神喜美子は井上靖との距離感をことさら感じるようになる。
このころ井上靖の仕事が(現代小説ではなく)歴史小説に偏るのは果たして偶然なのか。
著者が井上靖と最後に会ったのは昭和36年。
手切れ金の200万円は当時、どのくらいの金銭価値を持っていたのだろう。

「彼(=井上靖)は別れに際し、
「十年たったら必ず君のことを書く。そうしたら、
こんなにまで自分を思ってくれていたのだろうかと分かってくれるだろう」
と言った。その日、彼の眼に涙を見た。
が、亡くなるまで私たちのことは記さずに終った」(P161)


だから、本書「花過ぎ 井上靖覚え書」を書いたと白神喜美子は言うのだろう。
井上靖といえば日本の文学者のなかでも頂点に登りつめたもののひとりである。
著者は自分に秘密で井上靖が軽井沢に別荘を建てたことを本書で嘆いていたが、
収入だけではない。ノーベル賞こそ逃したが、およそあらゆる文学賞を受賞している。
昭和51年文化勲章受賞。昭和63年には歌会始に招待されている。
ひとりの人間が成功するには犠牲になるものがいなければならない。
この言ってみれば当たり前の事実に人生の非情な重みを感じる。
わたしは愛人を捨てた井上靖を批難するつもりはない。悪いとも思わない。
井上靖は芸術家であったということである。
なによりも自分の書く文学作品が重要だったということだ。
創作よりも重視するものは井上靖にはなかった。
創作に使えるものがあれば、なんだって利用したということである。
やわな人間なら恨まれるのを恐れて為しえないことを井上靖が行なったのは、
この作家の心中に文学という神がいたからである。
女を捨てた、他人を決定的に傷つけた、という悔恨ですら文学者は創作に用いてしまう。
人間・井上靖なら裁けよう。だが、文学者・井上靖を断罪することはだれにもできぬ。
本書であきらかにされた「書かれなかった物語」こそ、
新聞記者・井上靖を日本を代表する文豪たらしめた秘密であったように思う。

以上で本論を終わる。これから書くのはこの本で知った井上靖のエピソード。
絶版だから本屋に行けば買えるというものではない。
このように紹介するのも多少の意味はあると思っている。

井上靖の下半身。
白神喜美子とつきあうまえ、井上靖は年上のT夫人と愛人関係にあったらしい。
T夫人は、エキセントリックな感性と才気を持った、恵まれた環境の人妻。
このT夫人から贈られた短歌を井上靖は小説「猟銃」で使用したということである。
それから白神喜美子と交際中にもかかわらず、
知り合いの女学生Aを仕事部屋に連れ込んだことがあった。
Aは胸を病んでおり、井上靖とのただ一度の逢瀬を華に、薄命で散ったそうだ。
最後に井上靖の言葉を本書からいくつか引用する。

「その言葉を言った前後のことは思い出せないが、
(井上靖は)きびしい表情で一点を見つめ、突然、
「金だ」
と言ったのが、焼きつけられたように、いまも私の脳裡から消えないでいる」(P135)

「(井上靖は)芥川賞をとり、作家への念願を果したとき、
「小説家になるには、才能と努力と運だ」と言った」(P74)

(井上靖は妻のことで白神喜美子との関係が気まずくなったときこう言ったという)
「言っておくがね。僕には家庭があるのだから、
僕を独占しようと思ってはいけないよ。
その代り、僕は文学に命をかけている。それを君にやる。
僕の書く小説が君と僕の子供なのだ。
女って、座を取ることにばかり嫉妬して、なぜ心に嫉妬しないのだろう。
いくら一緒に暮らしていても、心がそこになかったら、つまらないじゃあないか」(P41)
「揺れる耳飾り」(井上靖/文春文庫)絶版

→30を過ぎて思う。小説ってなんのために存在するのか。
気休めではありませんか。味気ない現実を一瞬でもいいから忘れたい。
だから、ひとは小説など読むと思うのですが、どんなもんでしょうか。
現代文学の冒険とか、言葉の革命なんて、どうだっていいんです。関係ない。
そんなもんは幸福すぎて退屈なひとのあいだでひっそりやってくださいな。
いまさら文学を読んで人生が変わるなんざ思っていません。
30を過ぎれば、人間みんなそうではありませんか。
読むのに労力を要する、有閑作家のマスターベーションなどごめんこうむりたい。
だから、井上靖なのです。
井上靖は戦後の荒廃した世相を背景に、それでも清冽とした小説を発表しつづけた。
きたない世の中できれいなものを描いたのが井上靖であります。
きれいな世界、いいじゃないの。
現実がきたないなんて、いまさら当たり前すぎて、
わざわざ小説家の先生から教えていただくものではない。
平成にもなって、いまだに井上靖の小説を読む理由です。
「揺れる耳飾り」は失恋小説。
物語の最後で一組のカップルが誕生する。
この結ばれた男女それぞれに片想いしていた男女がいる。
加納とヒミコ(すまん、原文の漢字をパソコンで出せない)である。
ふたりはそれぞれの失恋を体験して電車に乗る。かれらの別れるところがいい。

「電車は横浜駅に停車するために速度を落した。
ヒミコは立ち上がって網棚からスーツ・ケースを降ろした。
「わたし、次で降ります。ここで別れてしまった方がいいでしょう」
加納は一瞬驚いたらしかったが、
すぐヒミコが家に帰るには横浜から東横線に乗換えた方が近いことを悟ると、
「よし」
加納は握手をするために手を出した。ヒミコがそれを軽く握ると、
「俺は家へ帰って蒲団をかぶって寝る」
「わたしは起きてる」
「それは各人の自由だ」
「じゃ、お気をつけて」
ヒミコは荷物を持って座席を離れた」(P225)


いいとは思いませんかね。
失恋した若者がふたり、男女です。握手をして別れる。きれいじゃありませんか。
失恋したから蒲団をかぶって眠る青年というのもたいへんよろしい。
若者らしい潔癖にあふれている。
現実にはこんなことはないって、それは当たり前。そもそも時代が違う。
いえ、当時もこんなきれいな失恋は少なかったことでしょう。
にもかかわらず、ではなく、だから、井上靖はきれいな失恋を描いた。
これを甘いだのなんだのと愚弄する男女はうらやましいがきりです。
今現在よほどめぐまれた立場におられるようだから。
現代のハイソ(死語!)な若い女性様は男を見るとかれの生涯年収を計算するという。
なんとも頼もしいかぎりだと思う。
けれども、そんな女性が登場する小説は読みたくないのです。
「あした来る人」(井上靖/新潮文庫)絶版

→井上靖の小説のテーマは一貫している。
「生と死」「幸福と不幸」である。これは物語の根幹をなすものでもある。
ままならぬ生と死にはさまれた人間は、それでも幸福になりたいと思う。
けれども、ひとりの人間が幸福になるためには
他の人間を不幸にしなければならぬときがある。そのときどうしたらいいか。
この小説における最大の葛藤はヒロインが妻のいる男性を愛してしまうことだ。
ふたりが結ばれたら男性の妻は傷つくであろう。
なにゆえこのような葛藤が生まれるのか。
「持って生まれた」もののためである。
この「持って生まれた」は井上靖の小説で頻出する言葉だ。
先に、人間はままならぬ生と死にはさまれていると書いた。
この始点たる誕生の不自由を井上靖は「持って生まれた」と言っているのである。
結局、ヒロインは妻のいる男性のまえからすがたを消す。
これをもって保守的でいかんなどと批判するのは筋違いである。
井上靖は小説で道徳を説くつもりはなかった。
かの文豪は、定かならぬ生死に翻弄され、それでも幸福をめざす人間を愛した。
それだけなのだと思う。
一般的に物語作家の実人生は波乱万丈と無縁なことが多いように思う。
統計もなにもない。ただわたしの好きな物語作家がそうであるというだけの話だ。
かれらにとって波乱万丈は物語で書くもので、そのただ中を生きるものではない。
おのれが波乱万丈に生きることでどれだけの人間が傷つくのか。
本来的にモラリストである物語作家は、現実の波乱万丈には尻込みするのかもしれない。
「花壇」(井上靖/角川文庫)絶版

→建築会社の社長、江波棟一郎はオリエント旅行中、ある事件に巻き込まれる。
砂漠の真ん中でタクシーの運転手が病気になったのである。
これでは動きが取れない。偶然、知り合った白人の老紳士が江波に援助を申し出る。
じぶんのタクシーに同乗しないかというのである。
行きたいところがあるからと一度は断わった江波だが、老紳士は申し出を引っ込めない。
ついでだからそこへも行きましょうと言ってくれる。
江波はありがたく好意を受けることにする。
ところが、このタクシーが事故で崖の下に転落する。
たまたま地盤がゆるんでいたのである。
老紳士とタクシー運転手は即死。江波だけが運よく生き残った。
江波は考える。あの日、あの時間にあの場所を通ったから事故に遭遇したのである。
もし老紳士が親切心をださずに日本人を誘わなかったらこの事故は起きなかった。
老紳士はたいへんな人徳者で、この旅も無医村に診療所をつくるための下準備であった。
なぜ老紳士は死んで、じぶんは生き残ったのか。
江波は帰国すると周囲の反対を押し切り会社を辞める――。

江波の感慨を本文から引くとこうである。

「一人の人間が生きて行くということは、大勢の他の人間の運命を変えたり、
他の人間の人生によく働いたり、悪く働いたり、複雑なものなんでしょうね」(P107)


老年の井上靖は、主人公のさりげない会話に物語の真実を埋め込んでいる。
ありきたりな人生観だが、物語のすべてがこのせりふに凝縮されているといえよう。
しつこいがこの平易な文章を整理しながら繰り返すとこうなる。
「一人の人間が生きて行く」→「大勢の他の人間の運命を変える」
「一人の人間が生きて行く」→「他の人間の人生によく働いたり、悪く働いたりする」
上記の図式を「複雑なもの」と形容している。
このほんらい複雑なものを、わかりやすく読者のまえに提示するのが物語である。
少なくとも、井上靖の小説はそうである。複雑なものがわかりやすく書かれてある。
では、この複雑なものの正体とはいかなるものか。

事故直後から江波の内部に老紳士が住まう。
死んだ老紳士の声が江波には聞こえるのである。老紳士はこう話しかけてくる。

「――私も死に、運転手も死ぬ。あなただけが生きる。
私たち二人がなぜ死ぬかも判らないし、あなた一人がなぜ生きるかも判らない。
どういうわけで、そういうことになるのかは、誰にも判らない。
誰にも判らないから、
こういうことを説明するために運命という便利な言葉ができている。
すべてを運命というものに押しつけ、
一切を運命というもので片付けてしまう以外仕方がない」(P110)


複雑なものは運命とよぶほかない――。
井上靖は運命を描く作家なのである。
歴史から運命を見ることは容易だ。
栄枯盛衰という運命の別名を後追いすればいいのだから。
しかし、現代から運命を抽出せんためには、どれほどの視力が必要なのだろうか。
たとえば宮本輝は創価学会という色眼鏡をかけたわけである。
(宮本輝は運命を宿命へと捏造する作家だ)
井上靖に信仰はなかったようである。とすると、もともと超人的な裸眼をもっていたのか。
この視力は通常のものとは異なり、老いとともに冴え渡るもののようにも思える。
老眼にしか見通せぬものが、あるいは運命なのではないか。
「闘牛」で芥川賞を受賞したとき、井上靖は42歳になっていた。
「満ちて来る潮」(井上靖/角川文庫)絶版

→昭和30年の新聞小説。
井上靖は膨大な量の中間小説を書いている。ほとんどが恋愛小説である。
わからないことが、ふたつあった。
なぜ井上靖は恋愛小説を書くのか(売れるからとか野暮なことは言わないで)。
なぜ恋愛ものは嫌いなわたしが井上靖の中間小説をこうも好んで読むのか。
恋愛ものが嫌いである。恋愛小説、恋愛映画。まったく関心がない。
美男美女がいちゃついているシーンなど、むかむかしてくるだけである。
けれども、井上靖の恋愛小説は――。

このたび気づいた結論は井上靖の書くものは恋愛小説ではない。
失恋小説である。だから、読むことができるのだ。
井上靖が描くのは、恋愛ではなく、失恋である。
ラストは表現媒体の性質上(新聞小説!)ハッピーエンドにせざるをえなくとも、
その過程でこの作家はふんだんに失恋を描写する。そこが美しい!
どうやらわたしは恋愛は嫌いだが失恋は好きなようである。
考えてみれば、こうも言えなくはないか。
これは個人的には大発見だったのである。
凡愚の市井人でさえも失恋においては巨大な運命と向き合うことができる。
ある女を好きになったとする。身も心もぼろぼろになるほど好きだ。
けれども、その女にはべつに好きな男がいる。どうにもならない。
どうにかしようと満身の思いで愛を告白する。受け入れてもらえない。
これだけ相手を好きだというのに、なおも相手を動かすことができぬ。
個人の意思、人間の努力のなんと無力であることか。
女ひとり、どうにもできぬのである。
このときかれは運命を見る。個を超える巨大なものを感知せざるをえぬ。

失恋シーンを引用しよう。
多田は笙子を好きである。結婚したいと思っている。
だが、笙子にはひそかに恋する相手がいる。妻のある男性である。
この日、最後の求愛をした多田を笙子ははねつける。
言ったのである。妻のいる男性を愛しているから、あなたとは結婚できないと。
それでもあきらめきれない多田である。

「じゃ、最後に一つ、あなたに伺いいましょう。
あなたはどうしても僕とは結婚できませんか」
「ええ」
「どういうわけで」
「いままでその理由ばかり申し上げて来たじゃありませんか。
どうかしていらっしゃるわ、多田さん」
「どうかしている!? なるほど、どうかしているでしょう。
おそらく、いま、僕はどうかしている」
ふたりが期せずして立ち停まったところは、そこだけ鋪道が明るくなっている、
フランス料理のネオンの看板がついているレストランの前であった。
笙子は多田信次の顔を見た。
威張っているのか、憤っているのか見当のつかない顔であった。
今まで見たいかなる場合の多田の顔より、
それは魅力のないものに笙子には見えた。
反対に多田には、今までのどんな笙子よりも、いまの笙子が美しく見えていた」(P292)


男にとって、求愛をかたくなにこばむ女の顔ほど美しいものはないのである。
ならば、ストーカーこそ、真に女の美を知るものと言えなくはないか。
好きで好きでこんなにも好きなのに、一度も自分をふりむいてくれない女の顔――。
自分を完全に拒絶する女の顔がどれだけ美しいか。
あの女には好きな男がいる。ああ、自分という存在を決定的に否定される苦痛。
これは苦痛なのか。快楽ではないか。苦は快なり。快は苦なり。
苦快一如だ。運命の女神よ!
やばいな。読書感想文から完全に逸脱している。暴走パンダ。このへんで、やめとこ。

紺野はダム建設技師である。人妻の苑子に恋をしている。
苑子にもいつしか紺野の想いが伝わる。
ある日のことである。苑子は紺野に言う。旦那と別れようと思っている。
ふたりはテレビ局の塔の上にいた。これはよくないとあわてて下界におりる紺野。
それから行くあてもなく街中を歩くふたりである。

「紺野さんは、一体塔の上で何をお考えになってらっしゃいましたの」
「僕ですか」
紺野はちょっと考えるようにしたが、
「天竜ダムの建設所長の大木田博士のことを、ふと思い出していましたね」
と言った。これは本当であった。紺野は苑子の話を聞いている時、
ふと大木田博士の短い言葉を突然思い出したのであった。
――僕は大抵のことは知っていますが、ただ一つだけ知らないことがありますよ。
いつだったかよくは覚えていないが、とにかく天龍ダムの事務所で、
大木田博士は紺野とふたりだけになった時、こんなことを言ったことがある。
紺野には、その時、彼が何を言い出すかまったく見当がつかなかった。
――一体、何です?
紺野が訊くと、大木田博士はまじめな顔で、
――それは恋愛です。恥ずかしい話だが、僕はまだ恋愛というものを知らない。
ダムのことばかり考えていて、
恋愛というものを経験する暇がなかったんでしょうかね。
大木田博士はちょっと照れたような顔をして、大きく肩をゆさぶって笑った。
紺野はこの時ほど自分の恩人であり、
大先輩であるこのエンジニーアを畏敬の目で眺めたことはなかった。
紺野はテレビ塔の上で、どういうものか、
この大木田博士の言葉を思い出したのだった。
しかし、紺野は大木田博士の名は口にしたが、このことは苑子には話さなかった」(P330)


手塚治虫氏も、恋愛をしたことがないともらしていたという。
突然、へんなことを思い出した。

では、恋愛とはいかなるものか。
人妻恋しの紺野さんに聞いてみよう。

「しかし、これだけは許されぬ。世の中に女は多いのに、
他人の細君に惚れるというのは何ということであるか。
しかし、何回、繰り返しても、いっこうに紺野の事件は解決しなかった。
瓜生苑子と一緒に、
もう一度同じ時間を持ちたいという欲望はいささかも衰えなかった」(P244)


ふうむ。単純明快である。井上靖先生によると、恋愛とは一緒にいたいと思うこと。
今現在、わたしの周辺に、だれか一緒にいたいという異性は存在していない。
ということは、恋愛をしていないということか。
恋愛をしたいと思う。それから振られたい。失恋したいのである。
ストーカーまでやれたら最高だが、わたしにそこまでできるかは自信がない。
しかし、やらねばばらぬ。すべては美を求めんがためである(言い放つ)。
「崖」(井上靖/文春文庫)絶版

→病院の待合室で読み始めた。昭和36年東京新聞に連載されたもの。
上下巻あわせると全911ページ。
若者に人気らしい保坂和志という作家が、
「小説にストーリーしか求めていないバカは死んでください」(荒い要約)
といったようなことをどこかで書いていたけれども、真っ向から反対します。
小説の愉(たの)しみは、あらすじを追うことにあるのでしょう。違いますか。

これなんか退屈しない読み物だったけれどもな。
読みやすい文体で書かれた、
先が気になる小説のあらすじを追う愉悦はそんなバカにされるもの?
ある程度のスピードで読め、かつ美しい文章を書くのは至難のわざと思いますがね。
読者をひきつける物語を構築するのもかんたんではないのでは?
先が見えるうそ臭いストーリーならすぐ読者に捨てられてしまいますよ。

中間小説「崖」は事故で記憶を喪失した青年が快癒するまでを描く。
神経質なわたしが電車や待合室のなかでも読めたのはうれしかった。
家ではお酒をのみながら読んだ。
なんで読むかと聞かれたら、先を知りたいからと答えるほかない。
この先どうなるのか見てみたい。これはそんなにバカにされる欲望なの?

では、なんで井上靖はこのようなおもしろい物語を書けるのか。
もしかしたら仏教と関係あるのかと思ったけれども、
井上靖の場合はどうやら生まれ持った資質と思われる。
「わが文学の軌跡」を読んで了解した。
たとえば高校生のころにこんなことがあったという。
仲間と映画を見る。
そのあと井上青年は仲間に続編はこうしたらおもしろいのではと語る。
すると、ほかのひとはまったくそういうことを考えていない。
青年・井上靖だけがこの先のストーリーを想像していた。
仲間は井上靖の話をおもしろがる。

ここからは、くだらない自分語り。
この懐旧談から考えると、ストーリーテーリングの能力は天性のものなのか。
わたしなんかも、書きたいのはおもしろいものである。
少しでも大きなものを書きたいと思っている。
けれども、どうやら才能がないように思われるのである。
ウソでひとを楽しませたような経験がほとんどない。
(と思ったら、ひとつ思い出したが、2ちゃんねる、そうか、あれが物語か)
いっぽうで人生上の切実な問題がある。
これを小説を書くことでなんとかしたいが、エンターテイメントとは結びつかない。
かといって、私小説を書こうという気にも……。
まあ、おもしろい物語が好きなんだ。
けれども、それを自分が書けるかとなったら話は別で。
……わかりません。