あと2回、北戸田に行けば終わりかあ。
いましみじみ思うのは、別離のよろしさ。
もうあの人ともこの人とも逢うことはないと思うと、
どの人にもいまから懐かしい思いを抱ける。
この生別からわかるのは、死別も決してマイナスだけではないということ。
いつか死ぬんだと思うと、世界の小さな美しさに気づくよねえ。
なんかガンで余命を告知された患者のようなことを言っているけれど。
いままで自分のことを善人だと思ったことはない。
しかし、「土屋さんは人がいいから」と今年に入ってから何度か複数の人から言われた。
たしかに今後、電話で「北戸田に行ってください」と派遣の人からお願いされたら、
わたくしごときに(お願いなんて)という思いから断れない変な人のよさがある。
あさってからは自由の身。さて、なにをしよう。
長らくできなかった好きなことをしばらくしたいなあ。好きなことがあって本当によかった。
ああ、別れっていいなあ。そういえば卒業式の歌には好きなものが多い。
人が出逢う理由って別れるためかもね。人は死ぬために生まれてくる。
あはっ、日雇い派遣が哲学をしてみました。あと2日かあ。いいなあ、この感じ。
長いあいだおなじ職場で働いているとヌシになるわけだ。
一部のヌシにとってはヌシという身分が重要なのである(全員ではない)。
ほかに給料や待遇のいい仕事があっても、ヌシといういまの身分を手ばなしがたい。
ヌシにはかなりのことが許される。ヌシの特徴はヌシアピールである。
もうひとつの特徴は「人のミスには厳しく、自分のミスには甘い」。
わたしはいま現在は「人のミスにも甘く、自分のミスにも甘い」。
わたしがスポット派遣さんに厳しい注意をした報告例なんて一度もないでしょう?
なぜなら自分もミスをするから。このため人のミスにも甘い。
ヌシのミスもかなり見てきたが、みなさんご自分のミスには非常にお甘くいらっしゃる。
しかし、ヌシのなかには人のミスに異常なほど厳しく当たる人がいる。
ヌシたちだってほかの職場へ行けば、そこの(一部の)ヌシたちから総攻撃される。
それを無意識的にわかっているから、
経験年数から仕事に慣れたヌシさまはいわば給料外報酬として新米のミスを
見た瞬間に喜々としておのがアイデンティティの叫び声として偉ぶるのだろう。
世の中そんなもんだ。まったくまったくめんどうくさい。
今日は「目つきが悪い」とお叱りを受けたが、
ヌシさまはさぞかしいいお目をしていらっしゃるのでしょう。
このヌシからはもう4、5回からまれているので、
あさってが最後でわたしは消えるのでさぞかしお喜びのことでしょう。
いきなりぶつかってきて「女に暴力を振るうの!」と言われたのが最初だった。
もう疲れました。あとはお好きなようになさってください。
いちおうあと3日働いて、いまの職場はフィニッシュと聞いている。
12日(水)、13日(木)、14日(金)でお菓子倉庫は終わりと
いまはスポット派遣なのでシフト表をもらっていない。
このため、いつだれと最後のお別れとなるか当方にはわからない。
あんがい、そのほうが湿っぽくならないでいいのかもしれない。
去年の12月末に急に入れていただけると派遣会社からご連絡があり、
年末年始だけかと思っていたらいろいろなことがあり、
3月で終わりという話だったが、4月14日まで伸びた。
いま振り返ると、おもしろかったなあ。
まえの仕事より給与も待遇もダウンしたけれど、おもしろさはこちらのほうが上。
いま振り返ればまえの仕事の給与とか待遇(有給等)とか奇跡的ホワイトだったんだなあ。
いまの職場がブラックというわけでは断じてないけれど。
ちなみに疲労度も前職よりも、
なぜか軽作業しかしていないのにいまのほうが高い(疲れる)。
あと3日だからいえるのだが、
この3ヶ月強は金銭的にどうだかはわからないが(もらいすぎか安すぎか)、
とにかくいろいろな発見がありおもしろかった。
ここに10年勤めろと言われたら、うーん、だから(早起き辛いよ……)、
期間限定というのがよかったのだろう。
いやなこともあったけれど、そういうこともふくめて、新たな人生体験が増えてよかった。
パート女性の思考法、発話形式、行動様式などいくら本を読んでもわかるはずがない。

終わりだからいえることだが、本当にいまの職場で働いた期間はおもしろかった。
18歳男女とおしゃべりしたり、そのほかいろいろもろもろ。
あと3日かあ。わたしを嫌いな人もいただろうけれど、そこは消えるから許してよ。
わたしはいまの北戸田の職場には現在、なんの不満もない。
よくしてもらったと思うし、じつにいいタイミングでフィニッシュを迎えたと思う。
これは派遣切りとかではなくて、
単に職場の仕事量が時期によって変わるため、どうしようもないこと。
派遣会社さんにも派遣先会社さんにも不満はない。
ちょうどこのあたりで去りたかったという当方の事情もあり、
しかしそれを申し上げたわけではなく、自然に成り行きでそうなったのである。
かなり自然にうまくいったなあ、という感慨がある。
わたしみたいのといっしょに働くのがいやな人でも期間限定だったら許せるでしょう?
わたしだって聖者ではないから苦手な人もいるけれど、
それも終わりがあるならばむしろそのマイナスがいとおしくなるといえなくもない。
カウントダウン。あと3日かあ。みんな元気でね。
まだまだこの3日のうちにいろいろあるのかもしれないけれど。
とにかくおもしろかった。プランタニエでありました。
15日(土)からのことはまったく決めていない。完全な白紙。そのとき考える。
というか、母の突然の自殺以降ずっとそうなのだが、
わたしは明日自分が生きているという実感が希薄だ。
老後どころか1年後、3日後に生きている自分というのも想像できない。
本当に終わりの14日が来るのかおそらく当日まで信じられないだろう。

*まさかとは思うがスポットでまた呼ばれたら、どうするのかはわからない。
別れって劇的ですてきなところがございませんか?
すぐに再会するのもどうかなあと。いや、べつにそれでもいいのですが。
というか、15日以降、自分がなにをするかはいまのわたしにはわからない。
おなじ職場のAさん男性57歳はおもしろすぎる。
ほら、あのサイゼリヤでふたりでワイン3リットルをのんだというAさん。
彼女を紹介してくれるという。なんのことだかわからなかった。
これは以前にも書いたから書いてもいいと思うが、
Aさん57歳にはなぜか23、4歳の婚約者がいるというのである。
わたしは人生体験からどんな不思議なことでも起こりうることは知っている。
だから、そういうこともありうると思っている。
しかし、今年に入ってから一度も逢っていないという。
おなじ街に住んでいるのに、今年になってから一度も逢わない婚約者ってなんだ?
写真を見せてくださいとお願いしたら、
携帯電話で撮った隠し撮り動画のようなもので、顔が映っていない。
しかし、そういうこともありうると思うのである。
なぜなら、わたしは醜形恐怖症気味なところがあり、
写真を撮られるのがなにより嫌いだし、
当方以外にも写真撮影を異常なほど嫌う人を幾人か知っている。
果たしてAさんに20代前半の婚約者はいるのか?
わたしは本人がそう言っているのだから、それは真実だと思っている。
好奇心からその彼女と逢わせてください、ひと目見たいとずっと言っていた。
わざわざそのために大宮に行ってもいいくらい興味があります。

Aさんが彼女を紹介してくれるという。
てっきりその婚約者をひと目でも拝ませてくれるのかと思った。
昼休み中の話である。どうやらそうではないらしい。
喫煙所でAさんはしきりに携帯電話をいじっている。これがそうだという。
「飲みにいきませんか 笑」
と書かれたスパムメール(無差別大量送信迷惑メール)である。
この女性にメールをしてつきあえばいいのではないかと57歳のAさんはおっしゃるのだ。

わたし「だって、それは……」
Aさん「女性だよ」
わたし「え?」
Aさん「よくメールが来るんだよ」
わたし「変なアダルトサイトかなんかに登録したんじゃないんですか?」
Aさん「一度、アダルトサイトみたいのを見ちゃったけれど、それで?」
わたし「いえ、そのくらいで(携帯電話の)メールアドレスはばれないと思いますが」
Aさん「ものはためし。彼女とメールしてみたら?」
わたし「だって女じゃないかもしれないじゃないですか?」
Aさん「うん?」
わたし「どうせこの口座にお金を振り込んでくれとか言われるんでしょう」
Aさん「そんなことやってみなければ、わからないじゃないですか」
わたし「それはちょっと……」
Aさん「彼女は女性ですよ」
わたし「どうして?」
Aさん「まえに絵文字を使っていたから」
わたし「だから女だって?」
Aさん「うん」
わたし「わたし、むかしネットで女を装っていたことがありますよ」
Aさん「ツッチーが?」
わたし「はい。引っかかった男もいましたね」
Aさん「悪いなあ」
わたし「……はい(テヘヘ、舌ペロ♪)」

むかしネカマをやっていたというのは、ディープな「本の山」ファンならご存じでしょうが、
2ちゃんねる文学板の伝説くそコテハン「美香」のことである。
ちなみにネットにはデマが書き込まれているが、文学板以外の「美香」は別人である。
何度か情報を修正しようとしたが、即座に編集しなおされるのであきらめた。
それと文学板の「美香」は偽物も複数いたことを書いておく。
どれがわたしの書き込みかはライブでいた人しか識別できないだろう。
たしかに「美香」はわたしだったが、だれかに経済的損害を与えたことはない。
最後の最後まで「美香」は実在すると信じていたある関西大富豪の御曹司もいた。
わたしとしては、みんなの心のなかに「美香」はいるんだよ♪ と言うしかなかった。
「美香」は女よりも女らしいと、ある「美香」経由で逢った女性から言われたこともある。

ネカマ経験があるわたしは「飲みにいきませんか 笑」なんて書かれた、
自称女性からのメールはとてもとても信じられないのである。
わたし「なんで見ず知らずの人がAさんにそんなメールを送ってくるんですか?」
Aさん「……」
わたし「それ詐欺ですよ」
Aさん「やってみなくちゃわからないと思うんですが」
たしかにそれはそうだが、それは常識的にリスクが大きすぎる。
そこまで女に飢えているわけではないと強がった(のかしら?)。
これは非常におもしろい問題でAさんの婚約者は実在するのか、とおなじだ。
Aさんがいるという以上、本人のなかでは23、4際の美しい彼女は存在するのだ。
そのことが生きる励みになっているのなら、とてもいいことだと思う。
客観的に実在するかどうかではなく、主観的に存在すると思っているものは存在する。
57歳と20代前半の美しい婚約者は想像しにくいが、
現実にはどういうことも起こりうることを本当にわたしは人生体験から深く知っているのだ。
どうせ書いても信じてもらえないだろうから書かないけれど。

もう時効だと思ってひとつ書いちゃおうかな。
3年まえさあ、うちのブログの熱心なファンだという18、9歳の女子からメールが来た。
名前どころか顔写真も添付されていて、それがまたかわいいの。
友だちになってみてくださいみたいな感じ。
そんなことありえないって思うでしょう。わたしもありえないと思う。
その子の顔写真は去年のパソコン崩壊のときに消えてしまったから証拠はない。
わたしもあれは嘘ではないかと思っている。
このレベルでも本当だと信じてもらえないでしょう?
わたしはもっとレベルの高い嘘としか思えない本当のことをいくつも味わっている。
Aさんとは携帯番号も交換したから(おなじAUだからCメールが使える)、
今後どんなことが起こるのだろう。いちおうもう一度酒を飲む約束を交わしたけれど。
読者のみなさまとしたら、
そもそもこの話が本当かどうか信じられないのではありませんか?
わたしが本当にそういう職場で働いているのか?
Aさんのような57歳の男性が実在するのか? 
そのような方とわたくしごときが本当に仲良くペラペラしゃべっているのか?
Aさんいわく、「ぼくは本当のことしか言ったことがありません」。
ううう、それはかぎりなく詐欺師の発言に近い。
なんでこういうおもしろい人に人生で逢えるのだろう。運がいいとしか思えない。

※あれ、あの子の写真はどっかにあるから証明可能かな? べつに嘘でもいいけれど。
ちなみにその子がいちばん気に入ってくれたのがこの↓記事とのこと。
「方丈記」(鴨長明/浅見和彦 校訂・訳/ちくま学芸文庫)
クリックしたらお読みになれますから、どうかひと勉強なさってくださいよ。
これが若い女の子に顔写真を送る気にさせた読書感想文であります。
もうすぐ去っていく職場には同世代(アラフォー)男性が3人いる。
「俺たちの時代」ってあったのかなあ。
ぼくのおれのわたしのいちばん好きなテレビドラマは野島伸司の「高校教師」。
高校生のときにリアルタイムであれを見たからだろう。
山田太一ファンが野島伸司のドラマをほめてはいけないのかもしれないけれど。
同世代っていいいよねえ。
「高校教師」の想い出を語り合って、酔って、女の子のまえで泣いたこともある。
高校生のときはわからなかったが、
中年になったいまわかるのは、女子高生と堕ちていきたいというのは男の本能か。
べつに女子高生でなくても、異性とこの世間からグッバイおさらばしたい。
そういえばかつてはテレビドラマに夢やあこがれを持っていた時代もありました。

欲望がないのが悩み。欲望するものは、おのが欲望のわたしわたしわたし。
欲望がほしいというのは最高にぜいたくで不遜な欲望なのかもしれない。
わたしはわたしと縁あって関係をもった人たちに影響を受けたいし影響を与えたい。
あなたはどんな感性で人生を生きているのか知りたいなあ。
わたしはエゴのかたまりできちがいエゴイストだから、周囲はぞっとするわけでしょう?
なにをしたって許されるとどこかで思っているし、なにをされても根幹の部分では許せる。
自己を解放しろ! とか言っちゃうとむかしの変な人みたいだなあ。
寝た子を起こすのがいいのか悪いのかわからないけれど。
このまえスポット派遣さん(いまのわたしもそう)がラインで、
たかがクッキー1枚を落としてたいそう反省していたところに、
お若い社員さんが、いやいいんです、
といったようなことを言って床に落ちたクッキーを蹴っ飛ばしていたけれど、
それでいいし、むしろ見込みがあるし、なにかの希望を見たような気さえした。
クッキーがなんだ? マドレーヌがなんだ? それが人生かよ!?
しかし、それが、それこそが人生だという見方もできよう。
しかし、それでおもしろいか? もっとおもしろいことはわんさかあるんじゃないか?
いや、ないなあ。いまどこに熱っぽい世界があるんだろう。
いまは海外をバックパック旅行をしても、
日本人のみならず世界中の旅人がスマホみたいなものを案内図としている。
どこが安いか、どこがうまいか、どこが安全か、どこか観光スポットか。

11年まえ、30歳になるのがいやで、
ああ、もう終わりでいいやと思って3ヶ月インドを旅したことがある。
ガイドブックにない未知の街を歩くことがどれほどおもしろかったか。
しかし、いまはそういう旅ができないだろう。
ネットにすべて情報が出ている。不確実性が薄まっている。
もうすぐフリーの身になるけれど、極論をいえば、
いつ死んでもいいと思っているし、30どころか40まで生きられたのだから、
どこにでも行くことができる。けれど、いまさらインドを再訪してもなあ。
支持政党の言うように希望は安定ならば、
時給百円単位で少しでも高収入の安定性の高いところで黙々と働けばいいのか。
ミャンマー(ビルマ)にでも行って仏教レベルを高めて(下げて)こようかとも思うが、
どうしても行きたいわけではないし、そこまでの情熱はないし、
ネットによるとヤンゴンのホテルは非常に高額らしい。
経験から言うと、行ってみないとわからないことはわかっている。
もう7、8年まえになるのか。
タイ、カンボジアを経てベトナムから中国に入るとき、情報がなにもなかった。
いや、情報はあるにはあるのだが、
それによると中国では外国人は外国人専用の高額ホテルしか宿泊できない。
しかし、いざ中国に入ってみたら、
現実は外国人の泊まれる安い宿泊所がいくらでもあるのである。
一度昆明(クンミン)で別件で公安(ポリス)のがさ入れに遭遇したことがあるけれど、
恐るおそるパスポートを差し出したら無問題(メイウェンティ)だった。
昆明(クンミン)は懐かしい場所でいつだったか、
飛行機乗り換えで立ち寄ったときは胸躍った。
そのせいであやうく目的の飛行機に乗り遅れるところであった。

リスク許容度が高い。危ないところに飛び込んでいきたいところがある。
いままでも不思議となんとかなってきたのだから、これからもなんとかなるような気がする。
経験としてブラック企業に勤めてもみたいが、そもそも採用されないからなあ。
死という最大のリスクを受容できたら、けっこうどんな冒険もできるのだろうが、
いまはそんな雄々しい探索ができる未開拓地がないのかもしれない。
いや、いまもいまたとえばラインの横にいる人がいまのわたしにとって、
もっとも未知なる新世界なのかもしれない。つぎはどこへ行くのだろう。
40といえば、もうおっさんだよね。
わたしは一度死んでよみがえってきたようなところがあるから(自殺未遂とかじゃなくて)、
いまの若い子がなにを考えているのかとても興味がある。
少子化、老人天国(大国)のいまの日本で現在を生きる若い男の子には、
「どうせ大した未来はない」わけでしょう? いまの若い女の子もそうでしょうけれど。
一部のエリート以外、どこへ勤めたって手取りで20万もらえたら万々歳(これは当方も)。
大半はそこまでは届かず、正社員になるとこれでもかときつい環境が待っている。

「どうせ大した未来はない」

ということをいちばん実感しているのはいまの若者ではないか?
必死になって仕事にこだわりを持とうが、それほど評価されるわけでもない。
結婚するといっても、コミュ力のないものには、
その前段階の恋愛とやらがめんどうくさすぎるでしょう?
毎日働いてゲームをするくらいが人生なんだろうか?
あそこのラーメン屋はうまかったと満足することだけが生きる味わいなんだろうか?
寝た子を起こすなって話をしているのかもしれない。
日々の退屈、鬱屈、倦怠、鬱積をたとえばゲームで敵を殺すことで発散させる。
それがいまの若い男の子の生き方なのかもしれない。
余暇のゲームでレベルアップすれば、少しは「終わりなき日常」から変化を見いだせる。
未婚の女性とかもさ、
毎日おなじようにお菓子の箱を検品していてうんざりげんなりしないのかなあ?
かといって、どうしようもないのはわかる。
べつにやりたい仕事があるわけでもなく、特別な能力なんてあるはずないし、
資格の勉強をするのはめんどうくさいし、なにより疲れてそんな気にならないし、
資格を取っても実務経験がないと雇ってもらえないし、
いくら男女平等といっても女では出世できないから。
まじめに生きてもさほどいいこことはないのはわかっているが、
しかし周囲からの「白い目」が気になっていいかげんなことはできない。
そうして自分もだれかに「白い目」をする周囲のひとりにいつしかなっている。
いちばんわからない人たちは自分の経済と会社のそれを同一視している人。
会社のわずかな電気代でも必死になって節約しようとしている人ってなんなの?
たとえ会社の利益が電気代節約のおかげで数百円上がろうが、
あなたのお給料は変わりません。
どれだけ会社のためを考えて人から恨まれるようなことをしても、
あなたのお給料はおなじです。
おなじ職場で働く労働者(同僚)よりも会社を優先する人ってなんなのだろう?
どこでおかしな洗脳を受けて、どうしていまもってそれがとけないのかしら?
いったい労働者は会社の利益をあげることでだれが儲かるの?
大企業になると社長=経営者ではないでしょう?
派遣のぶんざいで「担当」という役職を任されているせいか、
やたら派遣先会社のことを考えている人がいるけれど、派遣は派遣でしょう?
有給も社会保障もなにもない派遣が会社のことを真剣に考えるって、
どれだけあれなの? 会社よりも自分ではありませんか?
会社よりも自分の周囲の人のほうがたいせつではありませんか?
正社員だからといって、非正規に無理難題を押しつけてくる人を見ると、
わかっていないなあと思う。会社の利益はあなたの利益ですか?
シナリオ・センターとかいうシナリオを書いたことがない親子ふたりが経営のみならず、
講義まで日本各地でしているおかしな学校がある。
そこでバカのひとつ覚えのように教えられたのは、ドラマは葛藤。
葛藤がないシナリオはダメ。
このドラマ(シナリオ)は葛藤があるからいい。
このシナリオはこうすれば葛藤が強くなりよくなる。もっと葛藤を強くしろ。
ドラマは葛藤だとアリストテレスも言っている(じつは言っていないのだが)。
山田太一作品が好きなわたしはドラマは葛藤だけではないと何度も主張したが、
アリストテレスが言っているんだぞ(だから言っていないって)、
お偉い新井親子三代が間違っているはずがない、と押し切られた。

シナリオ・センターの言い分も一理あるのである。
難しいことは理解できない労働で疲弊した多数の大衆は、
わかりやすい葛藤ドラマを求める。
ほら、「正義は勝つ」、みたいなさ。「犯人はだれか?」とか、そういうの。
生活の細かな味わいを描いた山田太一ドラマよりも、
そちらのほうが視聴率が取れてしまうという現実がある。
「ドラマは葛藤」を無意識的に実行しようとしたのか、
シナリオ・センターとは壮絶な大喧嘩をやらかして強制退学処分となった。
これはとてもわかりやすいドラマでしょう?
シナリオ・センターは正義で、悪魔の犯人は土屋で、そいつを追放してドラマ終了。

あれから10年近く経ったし、もうそういうドラマはいやなんだよねえ。
ちなみに創価学会へ入信すると、そういう大衆的なドラマを体験できるわけ。
学会は正義で、池田先生はヒーローで、裏切り者はたとえば矢野絢也。
われわれ善人みんなで連帯して悪人を打ち負かし大勝利した、みたいなあれよ。
最近の学会作家・宮本輝の小説のテーマは「善き人たちの連帯」らしいけれど。
「正義が悪を打ち負かし大勝利する物語」とか、もうそういうのは生きたくない。
わたしはもうすぐいまの職場を去るが、
葛藤(対立)とかわかりやすい大衆ドラマを味わいたいわけではない。
わたしが正義で職場が悪だとか、わたしが悪魔的犯人で、
当方が去ることにより職場が改善したとか。
先日、ロッカールームでダメ元で若僧が10歳以上年上のSさんにあいさつしたんだよ。
そうしたら「おはようございます」ってきちんとあいさつを返してくれて、
「えええ? Sさんからそんなあいさつをもらえるなんて!」
とふざけて言ったらその場にいた数人はみんな笑っていた。
こういうのも立派なドラマでしょう?

わたしとSさんはもう最初から相性がダメで、
おかげで数々のおもしろい体験をできたのだが。
いまでもSさんはダメだけれど、好きな部分もあるわけよ。
そういうのは無言でも伝わると思うけれど。
人間って善とか悪とか、好きとか嫌いとか、敵とか味方とか、単純に割り切れないよねえ。
長期間、ある人といっしょに働くと、
その人のびっくりするくらいのよさも発見することがあるのだろう。
いい人だと思っていた人の腹黒さを見てしまいがっかりすることもあるだろうが、
そういう生活の小さな発見を巧みに描いたのが山田太一ドラマであった。

ラブコメディーなんてどうだろう?
じつはツッチー(わたし)は職場の女性だれかにひそかな思いを寄せていた。
しかし、それを伝えられず失恋して職場を離れていくみたいなドラマ。
これは(たぶん)「男はつらいよ」パターンなのだが、あれもまた大衆ドラマでしょう?
わたしは申し訳ないが、(一作しか観ていないが))「男はつらいよ」シリーズは苦手。
でも、山田太一ドラマのシナリオは難しすぎて、名優ではないものには演じられない。
あれ? 考えてみれば、なんかおかしくない。
なんでわたしが通勤に1時間近くかかるところに毎朝7時半に家を出て行っているの?
そのあいだに近場の高時給アルバイトがいくつもあったのにどうしてスルーしたの?
もしかしたらわたしは無意識的にだれかに恋心をいだいているのではないだろうか?
小心者の当方は当人に声をかけられないのではないだろうか?

学会員とメンタリティが似ていて噂話とか大好きだから。
○○さんが○○さんのことを好きって言っていましたよ(これは事実)、
と当人に伝え、いまの職場でラブコメディーを起こそうとしたこともある。
いまの職場でいちばん感謝しているのは数々の噂話を供給してくれたAさんかもなあ。
職場に貼りだされたシフト表を見たら、わたしが抜けたあと、
Aさんに5日連続できつい力仕事の「供給」が入っていた。
いまの時期はゼリーが入ってくるらしい。
ゼリーの重さは今日冗談半分で持ってみて知ったが、あれは人を壊しかねない。
じつは先月でお別れだと思って、
Aさんと北戸田のサイゼリヤで赤ワインをふたりで3リットルのんだ。
そのときタイミングが悪く、当方のベルトが壊れたら、
Aさんが自分のしているものをくれた。
返さなくてもいいと言ってくれるので、いまでもたいせつに使っている。
葛藤ばかりがドラマではない。
今日社会科見学に川口にあるとあるケーキ工場に行きました。
みんなが知っているあの会社のスイーツの仕組みを少しだけ理解しました。
おとなのみなさんは子どものぼくに仕事を丁寧親切に説明してくれました。
中学生のぼくは小学生のときに行ったパン工場の社会科見学を思い出しました。
工場で一生懸命働くおとなはかっこういいと思いました。
ぼくもいいおとなにならなきゃなあ(明日の学校はいやだけれど)。
お小遣いで工場直営店からお土産を買いました。
お礼をしなければならないとおとなの人は言いますから。
春のお楽しみ袋とジャンボシュー。
それから7、8割引だという売れ残ったバレンタインチョコを買いました。
ぼくはバレンタインにチョコを女の子からもらったことはあったっけ?
まだ中学生だもの。
お楽しみ袋にはマドレーヌのほかにクッキーのセットがありました。
長いあいだ食べたいとサンタさんにお願いしていたものがいまこうして。
しかし、ピスターチが割れていました。
だから、どうだという話ではありません。
このビニール袋にクッキーをあんなに入れるのは、
中学生のぼくの小さな手でも無理です。そもそもどこで割れたのかわかりません。
ぼくのお腹に入ればみんなおんなじだし。
クッキーの入れる順番が違っているような気がするぼくは超能力者でしょうか?
でも、気にしません。お口に入ればみんなおんなじ。
フランポワーズとかショコラとかチェックとか、ああ、みんなある。
食べたいものが食べ(ら)れるぼくはほんとうにしあわせ。
今日引率してくださったS先生にありがとうございますと言いたいです。
ぼくも立派なおとなになりたいなあ。