04/06/21 09:47
「道頓堀川」(宮本輝/新潮文庫)*再読
→これを最初に読んだのはたぶん高校生のとき。
それからもう何度読んだのか。今回で4度目かな。
作品は変わることがないが、読み手は変わる。
数年前は宮本輝の小説から生きる希望をもらっていたけど、
いま氏の小説を読むと絶望してしまう。生きていくのがいやになる。
むかしは宮本輝の小説が「ほんとうのようなウソ」に見えた。
よくもこの残酷な現実から美しい造花を作るものかと感嘆、感動した。
でもいまは宮本輝の小説が「真っ赤なウソ」にしか見えない。
少しもほんとうらしく見えない。
もっと言ってしまえば、それは「南無妙法蓮華経」(創価学会)の世界でしょと。
わたしの住むところとは別世界に思えてしまう。
かといって「南無妙法蓮華経」とはいえない。いえないことに絶望する。
相変わらず宮本輝の小説は読み物として十分おもしろい。
才能に畏怖するのはいまも同じである。
しかし、読後、小説と現実の落差に絶望してしまう。
小説が美しいものであればこそ、それに反比例して醜くなる「こちら側の現実」。
するとひたすら「現世利益」をのぞむ小説内の人物にも距離感を覚えるようになる。
「南無妙法蓮華経」といえぬものはどうしたらいいのか。
混乱した文章でごめんなさい。うまく整理できませんでした
04/06/21 09:22
「螢川・泥の河」(宮本輝/新潮文庫)*再読
→山頭火の句を思い出した。
「生死の中の雪ふりしきる」
この句の前書きに「生を明(あか)らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」という
「修証義」からの引用がある。生とは何か、死とは何か。
山頭火の歩いたこの道を宮本輝も歩いたのだと思う。
その歩みは、どこへ向かうのか。
今回、宮本輝のデビュー作ふたつを久しぶりに再読してそぼくに感じたのは、
「よくひとが死ぬなぁ」ということ。
短編にもかかわらず二作とも二人の人間が小説内で死ぬ。
「泥の河」にいたっては、いきなり死の描写からはじまるくらいである。
「死」から小説をスタートさせた宮本輝は「性」に行き着く。
「泥の河」では盗み見る性交、「螢川」では螢が踊り狂うなかできらめく思春期の性。
のちに展開する宮本文学の枠組みがこの「螢川・泥の河」にしっかりと凝縮している。
そんなことを思いました。
04/06/21 08:51
「青が散る」(宮本輝/文藝春秋)*再読
→まいったなと思った。かなわないなと思った。
もう五度目か六度目の再読だけれども、いっこうに色あせない。
こんな美しい小説を一作でも書いた作家なら、
たとえ創価学会信者だろうが、
芥川賞選考でお茶目な選評をだそうが、
いまは説教マシーンに成り果てようが、
そんなことはすべて帳消しになると思うのである。
ただこの「青が散る」一作で。
こんな美しい小説を書けるひとがいるなんて。
宮本輝は誰がどういおうが天才である。
中上、龍、春樹など宮本輝のまえにでたらなんと軽く見えることか。
文庫には解説がつく。宮本輝の文庫本の解説を見てください。
ひとつとして「まともな」解説がない。どういうことか。
宮本輝の小説は批評できないのである。分析できない、他と比較できない。
ただ美しいと感嘆するほかないのである。
また宮本輝自身もそれ以外は読者に求めていないでしょう。
批評ではなく感嘆符を要求する小説、
そんな小説を書ける作家は宮本輝のほかにいません。
昭和22年3月6日、生まれる。本名は宮本正仁。
→中学生の宮本少年、父の浮気癖、それによる母のアル中に悩む。
→読書に逃避。母から10冊の古本を買ってもらい耽読する。
→母が自殺未遂。その日、井上靖の『あすなろ物語』を読み感銘を受ける。
→母のアル中は治らず、苦しむ母はさまざまな新興宗教に手を出すようになる。
→母、創価学会に入会。
→高校生になった宮本はそんな母を憎悪し、学会も嫌悪する。
→宮本、大学受験に失敗。
→予備校には通わず、図書館で世界の文学作品(主に仏、露)を耽読。
→無名の新設大学、追手門学院文学部英米語学文学科に一期生として入学。
→テニス部に入る。読書からテニスに関心を移す。
→1学年下に在学していた、現在の妻、大山妙子と交際を開始。初エッチ。いやん。
→父、逝去。宮本母子は借金取りに追われるようになる。
→なんとか大学を卒業。小さな広告代理店(サンケイ広告社)に就職。競馬にハマる。
→紆余曲折はあったものの、大山妙子との結婚にこぎつける。
→突然「不安神経症」を発症する。勤務もままならなくなる。
→病気を治すために、母のすすめで創価学会に入会。
→折伏に走り回る。同僚の女性事務員の勧誘に成功。
→創価学会中等部を担当。中等部主催の演劇会で脚本を書く。処女作。
→池田大作の次の言葉にインスピレーションを受ける。
→「サルトルは言った。文学はアフリカの飢えた子供に何ができるのか?」
→宮本、自分が小説で素晴らしい学会の教えを広めようと決意する。
→会社に辞表をだす。タイを舞台にした小説(「無限への羽根」)を書き始める。落選。
→作家デビューするまでの無職の3年間は老母の収入のみで生活していた。
→創価学会文芸部の要職にいた、池上義一と知り合う。
→池上の主催する同人誌「わが仲間」に加わる。池上の仕事を手伝うことも。
→池上の指導のもと『泥の河』『蛍川』と書きつぐ。
→『蛍川』で芥川賞。『泥の河』で太宰治賞。文壇デビュー。
→不運にも結核を発病。入院生活を余儀なくされる。
→病床、池田大作から励ましの手紙をもらい、いたく感動する。
→真摯に自身と他者の「貧・病・苦」へ目を向け、人間観・人生観を深める。
→名作『青が散る』『錦繍』『優駿』を次々と発表する。
→学会員の援助もあり流行作家となる。
→収入の大幅アップ。名声と社会的地位の獲得。
→宮本「やはりオレは正しかった」と盲信。
→以降、自我肥大が無限に進行していく。
→一代で成り上がった、中小企業の社長状態。とほほ。
→駄作を連発するも、学会員のおかげか売上は好調。年収1億円を突破。
→平穏で安定した家庭生活。ふたりの息子(陽平・大介)も順調に成長する。
→芥川賞選考委員に就任。いまや文壇(あるのか?)の権威となる。
→息子の大介を幻冬舎へ入れる。
→人間苦を忘れ、書くのは学会員しか信じられないような絵空事ばかり。
→突如、テルニストなるHPに独裁者として降臨。
→ネット上に宮本王国を建設し、国民(信者)の救済のため説教を繰り返す。
→還暦を迎え講演会で断言。「人生は勝利しなければ駄目だ」
→たとえば家族の不慮の死といった、
人生観を揺るがすような突然の不運がないかぎり、
宮本輝はおのが勝利を誇りながら説教小説を書き続けることだろう。
めでたし、めでたし。