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「悲しくてやりきれない」

「悲しくてやりきれない」(山田太一/「月刊ドラマ」92年12月号/映人社)絶版

→テレビドラマシナリオ。平成4年放送作品。
山田太一の書く庶民の哀感こもるせりふというのは、なにをヒントにしているのだろう。
山田太一には、かたぎの会社での社会人経験がない。
大学を卒業後にすぐさま松竹の大船撮影所に配属されている。
映画会社。こういうのは語弊もあろうが、毎日がお祭りの世界である。
木下恵介組へ誘われ、監督の助手をしながらシナリオを学んでいる。
映画監督・木下恵介は高卒で、当時は監督にはなれないとされていた。
結局、首尾よく監督にはなったものの、終生、高学歴を嫌っていたという。
いっぽうで弟子の山田太一は早稲田卒。
大学時代の寺山修司との往復書簡からもわかるように、インテリとでもいおうか。
感情よりも、知性や論理を重んじる青年というイメージがある。
この青年がのちのシナリオ作家・山田太一になる過程でなにがあったのか。
木下恵介監督に鍛えられたという、ただそれだけなのだろうか。

「悲しくてやりきれない」から。
40手前だが独身で銀行勤務の名取裕子は、小さな本屋を開業したいと思っている。
開業資金は貯金。詩や絵本をあつかう小さな本屋。採算度外視。
とんとんでいい。食べていければいいという店。たったひとつの夢である。
そんな名取裕子のまえに現われるのが柄本明と役所広司である。

たとえばファミレスで店長をしている役所広司。

「金、金じゃなく、なにかしたかったって。
ほんというと、よく分るの。
レストランが、チェーンをどんどん増やしている時期に入社してね。
もう夢中でね。新婚旅行も二泊、京都だけ。
娘が生まれた時も、厚木の開店で泊り込み。
それでも、幼稚園の父の日とか、運動会とか、出たこともあったんだけど、
結局、ほっときすぎでね。
浮気ならともかく、仕事のしすぎで(女房子供に)愛想つかされるなんて、
情けないったらない。フフ。
それでもやめられない。
いまの店のテコ入れ頼まれて、またヒーヒーいってる。
われながら、どう仕様もない」(P139)


たとえば小さな印刷工場を経営している柄本明。

「金儲けじゃない、むしろ金儲けにさからうような、そういう店を持ちたかった。
ずっと、その気だった。
十日ほど前、取引のあった紙問屋が倒産して、
うちが振り出した手形が、他所へ回ってね。
月曜日までに落さないと、うちも危なくなる。金がない。
高利の金はもうこれ以上は無理なんです。
なんとか、そうでなく、当座五百万あれば、きりぬけられる。
あなたに、借りられないか、と思ったけど、
そんなもん、あなたが貸すわけがない。
だましました」(P141)


このふたりの男に翻弄される名取裕子というのが、おおまかなストーリー。
山田シナリオの特徴である、このリアルな生活者感覚は、どこから生じたのか。
山本周五郎や木下恵介のような庶民バンザイはやらない。
庶民のこすからさをあてつけるようなさめた知性も持ちあわせている。
情緒もふんだんに備えている。社会派というだけではない。
たとえば、こんなところ。最高である。
柄本明は共同出資者のふりをして名取裕子から開業資金をだましとろうとしている。

○列車の中
柄本「ぼくはまるでちがって――」
名取「え?」
柄本「いえ、詩。フフ」
名取「詩?」
柄本「急に思い出した」
名取「詩を?」
柄本「これでも、詩集と絵本の店を出そうとしているんです(と自分を指す)」
名取「どんな詩?」
柄本「黒田三郎の詩で」
名取「ええ」
柄本「ぼくは、まるでちがってしまったのだ、というんです」
名取「知らない」
柄本「ぼくは、まるでちがってしまった」
名取「ええ」
柄本「ぼくは昨日と同じネクタイをして、昨日と同じ服を着て、
不器用に、この世を生きているけれど」
名取「ええ」
柄本「それでも僕はまるでちがってしまったのだ」
名取「どうして?」
柄本「あなたと、こっそり、あの店をひらくと決めたからです」
名取「黒田三郎の詩でしょう?」
柄本「私のことでもあるんです。妻にも黙ってこっそり、夢みたいな小さな店を持つ」
名取「(うなずく)」
柄本「それだけで、世界が変わったみたいに胸がふくらんでいたんです」
(P127)


ぞくぞくするようなせりふのやりとりである。
この詩をたまたまわたしが知っていたせいもあるが、うなるほかない。
けれども、このせりふをスマップのだれかと、
そこいらのおねえちゃんでやれるわけもなく――。

(参考)
このドラマのタイトルは同名の曲があり、そこから取っている。
「悲しくてやりきれない」はこのドラマの主題歌でもある。
しみじみいい曲だと思う。いまは流行らないのだろうが。
下記のリンク先で聴くことができます。便利な時代になったものです。

http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/kanashikute_yarikirenai.htm


「僕はまるでちがって」(「ひとりの女に」黒田三郎)

僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じネクタイをして
昨日と同じように貧乏で
昨日と同じように何も取柄がない
それでも僕はまるで違ってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じ服を着て
昨日と同じように飲んだくれて
昨日と同じように不器用にこの世を生きている
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
ああ
薄笑いやニヤニヤ笑い
口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで
僕はじっと眼をつぶる
すると
僕のなかを明日の方へとぶ
白い美しい蝶がいるのだ

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