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「終りの一日」

「終りの一日」(山田太一/「月刊ドラマ」83年6月号/映人社)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和50年放送作品。
ためしに「終りの一日 山田太一」でグーグル検索をすると、ヒットするのはわずか2件。
これほどの名作が残念でならない。
講談社文芸文庫から出版されても、読者はまったく違和感がないと思われる。
それにしても、テレビは損である。
たしかに放送時は多くのひとに見てもらえよう。
しかしテレビドラマは残らない(当時)。
シナリオはこうして残るが、この国でシナリオを楽しむものは少ない。
山田太一は、時代からジャンルから選ばれた稀有な存在なのだ。
漫画の勃興時に手塚治虫が登場したのとおなじ関係が、
テレビ業界と山田太一のあいだにもあるのではないか。
ジャンルの成長と、作家の成長が、相互に好影響をおよぼした。
もう漫画界に手塚治虫は現われない。テレビドラマに第二の山田太一は登場しない。
この日本を代表するドラマ作家は、わが国で正当な評価を受けているとは言いがたい。

このドラマの主人公は戦争未亡人。夫も子どももいない。
さびれた漁港のある町で教師をしている。
だが、その教職も校長の嫌がらせでやめざるをえない状況におちいる。
ドラマが描くのは、この女先生の「終りの一日」である。
学校を退職した女先生のもとへ、かつての教え子が現われる。
また仕事が続かず故郷へ帰ってきたのである。といって、家からも追い出された。
青年はかつての恩師の下宿を訪ねる。酒がある。ウイスキー。
のみませんかと教え子はいう。女先生は答える。
「こんな時、酒のむ男は、先生、好かんよ」
今日は特別な一日である。「終りの一日」だ。

「もらおう。ウイスキイ、もらおう(とコップをとり、
お膳へ行き、祐司の傍へ座って)先生に注いどくれ。
お酒でものみたい時は、何遍でもあった。でものまなかった。
そのあげくが、なんだ。辞めろ辞めろといわれて、古くさいといわれて、
時代に合わんといわれて、誰にも感謝されんで、
通り一遍の挨拶だけでやめさせられちまった。早く注がんか。
退職の日が、こんなもんだとは思わなかった。
こんなひとりぼっちのもんとは思わなかった(とのむ。むせて咳込む)」(P108)


「終りの一日」にはじめて酒をのんだ女先生は激変する。
波風が立たぬよう、おとなしく我慢、我慢で生きてきた。そのあげくが、なんだ。
アルコールをきっかけに(酔ったわけでない)先生は変わってゆく。
いまあるじぶんではなく、かくありたいと思うじぶんになろうとする。
かくありたいと欲する。変身を望む。これが演戯というものである。
先生は教え子に、じぶんの半生を語る。徹夜で語る。
早朝、おもてへでる。
一度くらい酔っぱらって早朝におもてを歩いてみたかったというのである。
99回なら我慢もしよう。けれども、最後の1回はちがうぞ。
「終りの一日」なんだからな。先生はかつての教え子を連れまわす。
校長の家へ行く。まだ夜も明けぬ早朝である。
校長をたたき起こす。殴りかかる。ふざけるなという。なめるなという。
学校へ行く。だれもいない教室にたたずむ。
海岸へ行く。夫の戦死の知らせがあった日に、走って来て泣いた場所だ。
夜が明ける。「無人の町なみ。廃屋。海、校庭などが夜明けを告げる」(P114)
教え子が、電車で札幌へ行く。先生は故郷へ残る決心をする。
電車は遠ざかっていく。ホームで見送る先生。もう電車は見えない。

「元気出さなくちゃ。元気出して、
愚痴なんかいわないタクマシーイッお婆さんにならなくちゃ。
イチニ、イチニ、イチニ(と悲しみをふりはらうように両手をあげる)」(P117)

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