【ご報告】11月5日に買った本

毎月1回の荻窪行脚。
引越しするなら荻窪しかないと思っていますが、調べてみたら家賃が高い〜。
さっそうと、ささま書店へ。名物の百円棚をチェック。
あらまあ、なんとも間が悪いといいましょうか。
かつてじぶんがそれなりの価格で買った本が多数105円(税込)で並んでいる。
かなり落ち込む。たとえば――。
「バーナード・ショー名作集」「モリエール名作集」「モリエール笑劇集」。
このほかにも所持している戯曲が複数、かわいそうに百円でさらされている。
購入してだれかへプレゼントしようとも思ったが、もらった本ほど迷惑なものはありません。
あきらめる。見なかったことにする。
今日はどうも古本の相性がよくない。
ほしい本はあるにはあるのだが、どれもあたまの悪そうな線引きがなされている。
売ったのは、まちがいなく同一人物でしょう。
線引き本(ライン本)、書き込み本は、よほどのものではないと買いません。
ええ、百にひとつも買わないのですから。
けれども、やむなく1冊購入。

「中国の思想」(溝口雄三/放送大学教育振興会)絶版 105円

ぱらぱらめくると、いま知りたいことが書かれている。
中国の思想の変遷のみならず、それが日本へどのように受容されたかが、
詳述されているのです。
勉強をするのなら、もうあと1、2年しかないと思っている。
これを逃したらもうなにかを学習する機会はないのではないでしょうか。
生涯学習がうたわれている。だけど、まあ、あんなものを本気にするものはいません。
60歳を過ぎた人間が虚心にものを学べるはずがない。
どうしてもじぶんの(取るに足らない)人生経験を引き合いにだしてしまう。
読書をしながらも、どこかで実人生はこんなものではないと思ってしまう。
この態度をまちがえているとはいいません。これがただしいのです。
読書などというものは、実際、なんの役にも立たない。
ある程度の年齢になれば、生活体験を積めば、おのずから明らかになる。
人生を知らないものだけが、命がけで書物と向き合えるということです。
今現在、大作家とされている人物も、だれとはいいませんけれども、そのたいがいが、
青年期の読書体験を老年になってもひきずっていることに気がつきませんか。
若いうちにしか読書はできない。
作家デビューしてしまったら、対談やら雑文やらで忙しい。
当然、驕(おご)りも生じるでしょう。
勉強をする目的がなくなるわけです。売れれば、なおさらのこと。
なにがいいたいかというと、作家でさえも、年をとると読書をしなくなる。
いましかないとわたしがあせって読書をしているのはこのためです。
線引き本を、そうと知りながら買った理由も同様。

ささま書店での収穫はこの1冊のみで、さみしいかぎり。
来月に期待するよりほかない。つづいてブックオフ荻窪店へ。
いつもはバランスが取れているのです。
ささま書店で不漁のときはブックオフで帳尻があう。
ところが本日はブックオフのほうも不調。わずか3冊でした。

「オウムをやめた私たち」(カナリアの会/岩波書店)品切れ 105円
「現代無作法読本」(高橋義孝/文春文庫)絶版 105円
「フェンス」(オ−ガスト・ウィルソン/桑原文子訳/而立書房) 105円

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