「イスラーム文化」

「イスラーム文化」(井筒俊彦/岩波文庫)

→内容をじぶんなりにわかりやすくまとめる。
著者によると、イスラームが砂漠の宗教というのは誤り。
商人ムハンマドによって起こった宗教で、
それまでの砂漠的な生きかたへ都市商業的な考えを導入したものである。
イスラームといえば、ユダヤ教、キリスト教と続いた最後に
登場した宗教というイメージが強い。
おなじ旧約聖書を聖典としているというのがその理由である。
たしかにイスラームは時代的にはもっとも新しいが、
イスラーム内部の感覚ではわれらこそ最古の宗教だという自覚がある。
イスラームは旧約聖書における「信仰の父」アブラハムを重視する。
わが子イサクを神の命令で犠牲として殺そうとした、あの信仰に篤いアブラハムである。
アブラハムはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなかった。
ユダヤ教もキリスト教もアブラハムの純粋な信仰心を受け継いではいない。
イスラームの教えこそアブラハムの直系だというのが「コーラン」の言い分である。

ユダヤ教の選民思想はイスラームのそれと一見、相通じるように感じられる。
だが、イスラームはユダヤ教ほど民族的・閉鎖的・陶酔的ではなく、
だれでもイスラームの一員になれるといった意味で、より開放的だといえる。
イスラームが、キリスト教、仏教とならんで世界宗教となったゆえんである。

キリスト教との比較をする。
イスラームは生活全般にゆきわたっている。
イスラームでは生活のすべてが宗教を基盤としてなされている。
すなわち、キリスト教的な聖俗分離が行なわれていない。
教会と世俗国家といった二元論的支配はイスラームにない。
なぜならイスラームは聖典「コーラン」を絶対とするからである。
「コーラン」が聖俗ふくめて最高位に存する。
この聖典をどう解釈するかで政治も生活様式も決まるのである。
よってイスラームの歴史は「コーラン」と「ハディース」(ムハンマドの言行録)の
解釈をめぐっての争論の積み重ねといっても過言ではない。

キリスト教との教義の相違はどこにあるのか。
イスラームはキリスト教の三位一体説を否定する。
(イスラームが聖霊をマリアと錯誤した経緯はここでは触れない)
キリスト教の三位一体説とは、
父なる唯一神、子たるイエス・キリスト、聖霊、この三者で表わされる信仰形態。
キリストを神の子とみなす、この神と人間との親愛的関係こそ、
イスラームの認めなかったものである。
神と人間は、親と子のような関係ではないというのがイスラームの主張である。
では、イスラームは神と人間の関係をどのように見るか。
主人と奴隷である。人間は神の奴隷である。
ここで本文から引用する。イスラームの信仰とはどのようなものか。

「それ(イスラーム)が人間の神に対する無条件的自己委託、
自分をすっかり相手に任せきること、
奴隷のように、奴隷が主人に対するように、何をどうされても、
ただひたすら向うの思いのままという絶対他力信仰的な態度を意味するということ、
そしてそれがイスラームという宗教の実存体験的中核をなすということであります。
人間が自分で主体的に努力して己れの救済に至ろうとする、
いわゆる自力的態度は、ここではまったく成立する余地がありません」(P62)


そのためイスラームの信者、ムスリムは、絶対帰依者を意味する。ムスリムとは――。

「自分自身の意思や意欲をあますところなく放棄して、すべてを神の心に任せきり、
神にどう扱われようとも、敢て己れの好悪は問わぬ、
絶対無条件的な神への依属、
依存の態度をいつでもどこでも堅持して放さない人のことです」(P65)


この自由意志の拒絶は、因果律を否定することにもなり、
後代には論争の原因ともなったらしいが、この小著では詳述されていない。

ここからは大きく話をかえて、イスラーム内部の話題にうつす。
「コーラン」はムハンマドが20年にわたって神から啓示を受けた証である。
著者は「コーラン」を、その執筆年代から前期と後期に分類する。
前期は、ムハンマドのメッカ期に相応する。
まだイスラームが広まっていない時期である。
この前期のコーランの特徴は怖れにある。
神は終末ののち人間を裁く、恐ろしい存在として啓示される。
いうなれば現世よりも来世を! 現世否定的な面が強かった。
これが「コーラン」成立の後期となるとどうか。
ムハンマドがメディナにいた時期である。
ムハンマドを頂点にしたイスラーム共同体(ウンマ)が始動する。
この時期の神は人間へ慈悲、慈愛をもたらすものと「コーラン」には描かれる。
神は怖れの対象から、感謝する対象へと変化したのである。
現世否定から現世肯定へ転じたといってもよい。
著者はこれをタテからヨコへの移行と説明する。
イスラーム勃興期は怖れる神と人間の関係を説いて信者を集める(タテ重視)。
ある程度、共同体ができあがったら、内部の連帯を強めていく(ヨコ重視)。
宗教家ムハンマドが、政治家の才能をも発揮したということである。

いま書いてきたのは、イスラームにおける「タテ→ヨコ」の推移である。
このヨコ(共同体=ウンマ)の関係を強化することで、
イスラーム世界は爆発的な広がりを見せる。
ヨコの強化とは、イスラーム法の整備を意味する。
ムハンマドが登場するまでは、どのアラブ共同体も血縁を基盤としていた。
信仰をもって共同体となすイスラームが当時、革命的だったのは言うまでもない。
信仰共同体の結束を強めるにはイスラーム法(シャーリア)の完成が必要とされた。
著者は、この拡大していくイスラームを「外面への道」と名づける。
この一派こそ、現在のイスラーム主流派のスンニー派である。

いっぽうでイスラームには「内面への道」を追求した一派が入る。
これはふたつに分かれる。シーア派と、スーフィー派である。
主流派がヨコを重んじたのとは対照的に、こちらはタテを重んじた。
タテ。神との直接的な交流である。
余談だが、キリスト教の歴史は、教会(保守派)と預言者(革新派)の対立。
イスラームにも通じるところがあるではないか。
スンニー派がキリスト教でいうところの教会的保守派。
するとシーア派、スーフィー派が預言者サイドになる。
用語の解説をすると、スンニー派が支柱としたのがシャーリア(イスラム法)。
シーア派、スーフィー派が絶対視したのがハキーカ(内的真理、信仰的実存)。

「内面への道」を進んだ二派を比較する。
シーア派は、まあ、ピュアなんだな。
ムハンマドと血のつながりのあるものだけを指導者と認めるという方針。
この宗教的指導者がイマームと呼ばれている。
スンニー派が預言者をムハンマドしか認めないのに対して、
シーア派は歴史上のイマームも追加する。
いきおい聖俗分離的な方向へ進まざるをえない。
宗教の指導者と政治的統治者を分ける考えかたである。
どちらが宗教的な狂熱が強いかといえば、いうまでもなくシーア派である。

スーフィーというのは、イスラーム共同体(ウンマ)へ背を向けるもの。
イスラームの世捨て人、隠者である。現世否定の最たるものである。
スーフィズムは神秘主義的な傾向をもつ。
スーフィーという派閥があるのではなく、個々のイスラームの態度である。
修行をするのも、このスーフィーだけである。
かれらは修行による神との近接をめざす。
これをヒンドゥー教修行者の最高目標「梵我一如」と関連づけて論じていたのは、
著者の卓見である(P223)。

このイスラーム学者は親切にも、丁寧なまとめを用意してくれている。
感謝しながら引用して、この記事を終わりにしたい。

「以上、私がお話しいたしましたイスラーム文化の三つの代表者、すなわち、
第一にシャーリア、宗教法に全面的に依拠するスンニー派の共同体的イスラーム、
第二に、イマーム(指導者)によって解釈され、イマームによって体現された形での
ハキーカ(内的真理)に基づくシーア的イスラーム、
そして第三に、
ハーキカそのものから発出する光の照射のうちに成立するスーフィズム、
この三つのうちのどれが一体、真のイスラーム、真のイスラーム的一神教なのか。
それぞれ自分こそ真のイスラーム的一神教を代表するものだと主張して、
一歩も譲りません。イスラーム文化の歴史は、
ある意味ではこれら三つの潮流の闘争の歴史なのであります」(P224)

COMMENT

kounit URL @
10/24 18:44
. 興味深く拝読しました。若い頃から本は好きで読んだ方だと思いますが、近頃、〔70才近くなって〕読み返したいという本が本当に少なくなったことに我がことながら驚いています。次の世紀の古典となるような本は出版されないものでしょうか。
Yonda? URL @
10/24 23:03
kounitさんへ. 

ごほっ、ごほっ、げぼっ!
す、すみませんです。し、失礼しました。
緊張して、なにを申し上げればいいのか。
汗あせ。拭くふく。はあはあ。ぜいぜい。
いまはkounitさんのようなご高齢のかたがブログをなされているのですね。
しかもブログを拝見しますと山奥から……。
若輩の駄文でお目を汚してしまい、恥ずかしいばかりであります。
若造の暴言ゆえ、間違いも多々あるかと存じます。
どうかご容赦ください。

次世紀の古典となるような本ですか……。
さっぱり見当がつきません。
書物という形態は決してなくならないように思いますが。
ええ、いくらパソコンが普及してもです。

そうそう。
いまはネット古書店のおかげで、
小金があれば、どんな絶版本でも楽々入手できますね。
ありがたいことです。








 

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