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「弟を殺した彼と、僕。」

2006.8.31

「弟を殺した彼と、僕。」(原田正治/ポプラ社)

→考えさせられたノンフィクション。
著者の原田正治は、20年前長谷川という男に弟を殺される。
いま流行の(失礼!)犯罪被害者遺族というやつである。
この原田正治は工業高校卒。
無学な人間が、警察や司法に翻弄されるすがたはなんともリアルである。
かれは述懐する。

「殺人事件など、小説かドラマの中だけのことと思っていたのに、
僕もまた、知らないうちに、平穏で幸せな生活から、
その渦中に放り込まれていたのでした」(P44)


殺人犯の長谷川もおもしろい。かれは合計3人殺したわけである。
死刑判決が出る。この裁判を担当した国選弁護人がクリスチャン。
長谷川に聖書を渡して教育しようとする。
意外だった。人間なんてこんなものか~。
悪の限りを尽くした長谷川が聖書を読んで改悛。なんと獄中で洗礼を受ける。
日本各地にいるクリスチャンボランティアと文通を交わし、人間のこころを取り戻す。
ひとつの疑問がある。
この長谷川の犯罪はとても悪質で、人間とは思えぬ身勝手なもの。
この犯罪者を真人間にすることが果たしていいのだろうか。
罪悪感を感じさせるのは適切かどうかをいま問題にしている。
悪人のまま(死刑なのだから)死んでいったほうが幸福ではないか。
クリスチャンというのはとんでもないことをする。
この本で知ったのだが、獄中というのは聖書や仏教経典がよく読まれているらしい。

長谷川は著者へ、せっせと謝罪の手紙を送る。
原田正治は愕然とする。弟を殺されたじぶんはひとりも支援者がいない。
それなのにこの長谷川のほうには、支援するクリスチャンのグループができている。
じぶんの周囲といえば――。

「『済んでしまったことは早く忘れて、静かに元の生活に戻れ』
というのが、あらゆる人の僕への助言でした。
けれど僕こそが誰よりも忘れたいのです。
一九八三年一月二十四日、明男(弟)の死んだ日以前に戻りたいのです」(P86)


原田正治は長谷川からの謝罪の手紙をいつしか読むようになる。
そこになんとも、こころ慰められるものを感じる。
ついに刑務所の長谷川に原田正治は会いにいく。劇的である。
著者は死刑囚と何度も接見を繰り返す。
罪とはなにか。赦すとはどういうことか。救いとはどこにあるのか。
学のない原田正治がこれらの問いと真摯に向き合う態度には懸命なものがある。
犯罪被害者遺族のみならず犯罪者家族というのもたいへんなようである。
「ニュース、その後で」とでもいおうか。
我われはニュースまでしか見ない。
だが、関係者はえんえんとその犯罪とつきあわざるをえないのである。
まず長谷川の姉が自殺。原因はいうまでもなく弟の犯罪。
長谷川の死刑が最高審で確定してからのこと。
今度は長谷川の息子が自殺をする。呪われた悪業とでもいおうか。
ひとを殺した長谷川は、身をもって肉親を失う痛みを知るのである。
直後、原田正治は長谷川に会いにいく。かれは死刑囚に言い放つのである。

「長谷川、息子さんを殺したのはおまえだ!」

地獄絵図というほかない世界である。
原田正治は、こんな長谷川を見ることに救いを見いだすようになる。
長谷川が生きて罪をつぐなうことこそ、じぶんの救いにもなると思うようになる。
弟を殺した長谷川が死刑で死んでも、それは救いにはならない。
かえって、じぶんがかれを死刑に追い込んだような罪悪感が残る。
犯罪被害者遺族の原田正治は、異例の嘆願をする。長谷川の死刑中止である。
日本の刑法は間違えている。
遺族のために死刑にするというのは、おかしい。
現に遺族のじぶんは、犯人の死刑を望んでいない。
世にいる死刑肯定論者は、遺族の気持を考えろと主張する。
だが、と原田正治はいう。死刑肯定論者はちっとも遺族の気持を理解していない。

こうして原田正治は死刑反対の団体に加わるようになる。
にもかかわらず、長谷川の死刑は実行される。
原田は絶叫する。国は間違っている!
後半からこの著作は、パワーダウンする。
原田のような存在は、死刑廃止を訴えるグループから見ると貴重。
遺族なのに死刑廃止を主張している。格好の宣伝塔になるのだ。
原田は仕事を退職。妻子を離縁。プロ市民(死刑廃止活動家)になる。
工業高校卒の無学な原田が、とうとう原田センセイになったわけである。
英語もできやしないのに、世界各国の死刑廃止シンポジウムに参加。
文化人になった原田センセイは、日本でも講演会にひっぱりだこ。
テレビ出演も数知れず。ニュースステーションにも出演した。
高卒の無名の男が、法務大臣を名指しで非難できる身分まで登りつめたわけだ。
殺人事件。犯人逮捕。刑務所でのキリスト教入信。
被害者遺族の苦悩。犯罪者家族の相次ぐ自殺。死刑執行。文化人誕生――。
ノンフィクションの醍醐味を堪能したというほか言葉がない。

COMMENT

ミニスたん URL @
09/01 22:49
. いわば一種の教養小説仕立てなんでぷかね?wwww純文学から絶滅したジャンルがノンフィクションで生き残ってるって言うw
Yonda? URL @
09/01 23:53
ミニスたんへ. 

むかし文学を志したタイプは、現在、フリーライターを志望しているようです。
まだ食べられるということなのでしょう。それでも狭き難関ですが。








 

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