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「21歳~家族、そして私~」

ドキュメンタリーを見る。
8月18日放送。NHK総合。「7年ごとの成長記録 21歳~家族、そして私~」。
7歳、14歳、21歳――。
14年前、日本各地にいる8人の子どもを取材したことからこの番組は始まった。
そしてまた7年後。14歳になった子どもたちを番組は追いかける。
インタビュー内容は「家族とわたしについて」。
14年後。今年である。彼らは21歳になっていた。もう子どもではない。
そう、7歳のあどけない少年少女が、21歳になったのである。

ぞっとするほどいい番組だと思った。感動した。勉強になった。
いろいろな角度から、この番組は楽しめるわけである。
まず、そぼくな感想をいえば映像の魅力である。
7歳、14歳、21歳。成長していく顔を見ているだけでおもしろい。
顔だけ見ていると、やはり人間は変わらない。
そして、どうかなと思う。人間は変わるものか。変わらぬものか。
人間に着目する見方である。「三つ子の魂百まで」は真実なのか。

もうひとつの着眼点は背景である。
登場人物の背景もこの14年間で変わっている。
14年前といえば、まだバブルの余波があったころか。
日本各地の風景が印象深い。日本は変わったのか。変わっていないのか。
背景に注目する視聴である。

社会学の専門領域にライフコース論というものがある。
この学問はなにを研究するのかというと、個人と社会の関係である。
大久保孝治は「ライフコース論」(放送大学教育振興会)でいう。

「ライフコース研究は社会学的想像力を豊かなものにしてくれます。
個人の人生に起こる出来事と全体社会の変動との間に存在する
目に見えない因果連鎖をはっきりと認識できるようになります」(P7)


もっと我われに身近な言葉で説明すると、ライフコースの研究目的はこうなる。

「なぜこの人はこうした人生を歩み、別の人生を歩まなかったのだろう」(同著P41)

今回のテレビ番組はライフコース論では「追跡法」とよばれるもっともダイナミックなもの。
格好の研究対象であろう。
ちなみにライフコースの調査方法は、ほかに「回想法」「復元法」がある。
「回想法」は字のごとく、ある人間に過去を思い出してもらうもの。
思い出を語ってもらうため、正確性に疑問が生じるケースもある。
「復元法」は調査対象が死亡しているのが前提。
史料などを使って故人の全人生を探ろうという調査方法である。
「追跡法」はもっとも正確だがやっかいなことが多い。
時間がかかる。おカネもかかる。調査対象者と連絡を取る困難がある。
天下のNHKでなければできぬ大調査である。
「21歳~家族、そして私~」。これほど良質な番組はめったに見られるものではない。
今回、見逃したかたはじきに再放送されるでしょうから、ぜひご視聴ください。

番組出演者を整理する。年齢は全員21歳。

1.健太くん。実家は宮城県の農家。
米価は下がるいっぽうで、農業で食べていくのはもう無理。
高校卒業後、職を転々。現在は派遣社員。現状に満足していない。顔は普通。
「(結婚はと問われ)いや、ないんじゃないですかね。しないと思いますよ」

2.貴子さん。実家は東京都のサラリーマン。
短大から大学へ編入。現在は念願の航空会社へ就職内定。キャビンアテンダント。
美人。現状に満足している。
「ほんとうにこれまでたいへんだったけど、やっと第一志望のところへ入れて(泣く)」

3.康平くん。実家は佐賀県の焼き物業(不況のあおりで工場は閉鎖)。
高校入学後不登校になる。退学。寮のある高校へ。そこも逃げ出す。
現在は親の手伝い。仏像制作。顔は大仏顔とでもいうのか。雰囲気が暗い。
「仏さまの顔っておもしろいんです。作者と似てしまうというのか(ぼそぼそ)」

4.良男くん。東京都。中国残留孤児の帰国家族。
彼をのぞく家族は、みな中国へ引き揚げた。原因は言葉の問題。
うどん屋でバイトをしながら大学の二部へ通学中。現代風イケメン。
「なにをすればいいのか、わからないんですね(ため息)」

5.孝枝さん。愛媛県の離島。両親は連絡船で働いている。
高校卒業後、自由な暮らしへあこがれ、離島をはなれ松山市へ。
介護福祉士の資格を取得。現在は特別養護老人ホームで勤務。
顔は現代風美人。性格が良さそう。「早くお母さんになりたいんです」

6.麻希さん。沖縄県。父親は米軍基地内で勤務。
高校卒業後にすぐ結婚。娘を出産。夫は逃亡。東京へ。各地を転々。
実家でパートをしながら娘を養育している。器量に難あり。
「娘を産んではじめてお母さんの苦労がわかりました。この子が私の命です」

7.恵理さん。麻希の幼なじみ。沖縄県。父親は米軍基地内で勤務。
一浪後、県内の私立大学へ入学。学費は父親。生活費はバイトでひとり暮らし。
高校時代は友人関係で悩んだが、大学では宝物のような親友ができる。
器量に難あるも化粧で塗りつぶす。
「(7年前との違いを問われ)自信がなくなりましたね。
あのころはなんでもできるような気がしたけど、ああ、できないこともあるんだなって」

8.松也くん。所在地不明。父親は尾上松介。歌舞伎役者。
幼少時から歌舞伎の英才教育を受ける。現在は女形で活躍している。
昨年、父親が死亡。若くして、弟子を3人もつ一門の長になる。
イケメン。性格は傲慢そう。
「裸一貫で歌舞伎の世界に入った父は生涯脇役だったけれども、
歌舞伎の世界で育った僕はもっと上を目指せる。
そういう意味では、恵まれているのかもしれません」

これだけ多様な同世代を集めたNHKの努力にまずは拍手を送りたい。
みなさまはこれを見てどう思われましたか。わたしは――。
まだ21歳の段階で、けっこうな差が生じていることに愕然とするというのか。
すべての子どもに無限大の可能性があるという論調は、
少なくともこの番組を見る限り……。

子は決定的に親に支配される。

番組を見ながらずっと思っていたことである。
8人のうち、今現在輝いているのは、2の貴子さんと8の松也くん。
キャビンアテンダントと歌舞伎役者。
両者ともに幼いころから資本が投下されているのは偶然か。
貴子さんは7歳のときから週に2回通塾。ほかピアノ、水泳、剣道も。
松也くんは、父親からの歌舞伎英才教育である。

ほかの6人を見てみよう。
まずは男性から――。
1の健太くんは8人のなかでもっとも社会環境に影響されている。
米作の現在である。
いかにもな農家の長男である健太くんの、へんな夢を見ないところに好感をもつ。
8の歌舞伎役者のような華やかな職業は、農家の息子とは無縁だとわかっている。
3の康平くんは遺伝子のちからを感じさせる。
あの自閉的な性格は、父親ゆずりと思われる。
8人のうち、もっとも表情が暗かったのは彼である。
いまは沈んでいるが、かえって将来、花開くのではないかとも思う。
4の良男くんは歴史的影響が強い。中国残留孤児の家系。
彼の人生はまだ始まっていないという感じである。
ライフコース論は、就職と結婚を重視する。
就職で人生の半分が決定し、残り半分は結婚――。
男性の結婚は職業(収入)に左右される。
職業は学歴(教育費=親の収入)の影響下にある。
以上は社会学的事実である。

つぎは女性を見てみる。
社会学的に見ると、女性は男性とはことなり、二度成功のチャンスがある。
男性における社会的成功への道のりはただひとつなのに対して、
女性は就職で失敗しても、2度目の機会が与えられている。結婚である。
低学歴でも、低収入でも、結婚で成功すれば一発逆転が可能。
結果、女性は容姿が男性以上に重視されることになる。
この前提をふまえて、残り3人の女性を見てみる。
5の孝枝さんからは地理的因子の強大な影響を感じる。
子どもが少ない離島で、島民からかわいがられて育ったのがよくわかる。
故郷の島は老人ばかりだから、将来何かの役に立てばと老人ホームで働く孝枝さんは、
NHK的というのか、模範的な若者である。
6の麻希さんは、なんともリアリティがある。沖縄を感じさせるというのか。
いやらしい言い方を許してもらえるなら、あの顔で、やり逃げされて――。
8人のなかで唯一、結婚育児の経験者である。
この時点でライフコースはなかば閉じているが、本人にその自覚がないのが救いである。
7の恵理さんは、上記のヤンママ麻希さんの幼なじみ。
対照的だという光の当て方しか、番組ではしていない。
麻希さんと比較して、恵理さんは就職も結婚も未経験。
どちらも父親は米軍基地内で勤務。収入もおなじくらいと思われる。
それなのにこの差はどこから来たのだろうか。番組からはわからなかった。

21歳。まだまだ若い。興味は8人の青年の将来に移る。
つぎに番組が放送されるのは7年後。そのときどうなっているか。
みなさまも予想してください。
(どうかな。ひとりくらい自殺者は出るか)
今現在の順位を、一般的な社会的価値観に則して判定するとこうなる。

Aグループ(貴子さん、松也くん)
Bグループ(孝枝さん、健太くん)
Cグループ(良男くん、恵理さん)
Dグループ(康平くん、麻希さん)


ここで疑問を感じるかたがいるだろう。当然である。

幸福ってなんだろう。

社会的価値のほかに、個人の満足度というものがある。
いまのじぶんに満足しているかどうかである。この尺度で見るとこうなる。

Aグループ(貴子さん、麻希さん、恵理さん)
Bグループ(松也くん、康平くん、孝枝さん)
Cグループ(健太くん、良男くん)


注目したいのは、出産したら亭主に逃げられた沖縄の麻希さん。
本人は、そう不幸とは思っていない様子。娘がかわいくて仕方がない。
むしろ8人の中でいちばん幸福そうにも見えるのがふしぎである。
もうひとつ。歌舞伎役者の松也くんは果たして幸福か。
たしかにひとからちやほやされる花形の職業ではある。
だが、本人が希望してなったというわけではない。これしかなかったのである。
二種類の尺度があるということである。外的価値と内的価値。社会と個人である。

8人のうち、まだ7人が結婚をしていない。
これこそこの番組の見どころである。
あの7人はどんな異性と結ばれるのだろうか(麻希さんの再婚もありうる)。
望むらくは、その結婚が、容易に社会学的な説明がつかないものであってほしい。
信じられないことが起こってほしいのである。
社会学など、つまらない学問ではないか。
この程度の家に生まれた子は、この程度の学歴で、
この程度の就職をして、この程度の結婚をする。
これが社会学的思考というものである。そんなもの、

ぶち壊してやれ!

8人の青年に発破をかけたい。じぶんにも、である。
さて、7年後のわたしはどんな環境でこの番組の続編を見るのだろうか。
そして、7年後のあなたは――。
この番組をご覧になったかたがいらしたら、ぜひご感想をお聞かせください。

COMMENT

ミニスたん URL @
08/19 15:41
. 所謂旧来のビルドゥングスロマンでは、支配からの逃亡・自立を元にしている訳であり、その為には親殺しと言うファクターが時には必要だったんでぷかね?
例えば教養小説の信奉者である福田和也は現代の小説の傾向として、天童荒太(だったと思いまぷ)の小説を例に挙げて、幼少期のトラウマがその後の人生行路を決定すると言う傾向が顕著になっているということを指摘し、これは幼少期の出来事がその後の人生を決定すると言う悪い傾向の現れである、と言う風に悲観的に述べ、また別のところではRPGとゲーテその他の小説を引き比べ、現代では教養小説的成長ではなく、RPG的なスキル・情報の獲得が「人生」となり、真実やら人生そのものの意味やらが問われるとはないみたいなことを言ってたんでふが、この例を見てみるとそれもうなずけるところがありまぷ。
技術や学歴を入手してしてしまえば(それをずっと続けられるかは、今のこの国じゃ分からないでふけど)一応いい職業に就け、またそのためには幼少期からのスキル磨きが必要で、それをするのは親である、と言うことになるんでぷかね。即ちRPG的人生と。3がちょっと例外っぽいでふけどwwwwww
でもそのまま仏像製作を続けられるか、といえばそうとは言えないでふからね。
昔ならば、昔も今も変わらん人間はいると思いまふけど、やがて親からの脱出、親殺しと言うテーマを経なければならなくなり、そういう主題が文学で書かれた。出も今はそういうものが無い故に親の影響下に留まり、そこから脱出を図ることの無い人間が増えたんでふね。働くこと=自立と言う訳でもないでふ。もうちょっと親殺し、というか反権威、反社会的な文学はないんでふかね。文学じゃなくてもいいでふが。
まぁニート予備軍の駄文でふたけどwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
Yonda? URL @
08/19 23:12
ミニスたんへ. 

ごめん。意味不明。
まあ、こういうことでしょう。
「親の因果が子に報いる」
たしかにそのとおりだと思います。
ナイスなご指摘、感謝です。
NiceAmigo URL @
08/20 04:02
こんばんは. 私です。文学板でお世話になった。Ron先生やFukudaさんの件ではわらかせてもらいました。
さて久しぶりに拝読しましたがあなたの書いたもので、いままでで唯一関心しました。番組はみていません。しかしエッセンスが浮かんできます。つつしみ深い理解の元のよい文章なのでしょう。ブログのほかの浮薄で傲慢な駄文は本当に吐き気を催しますが。
ミニスの悩みふかい文章もよい。ニート予備軍の申し子と自嘲する彼も、近代社会の悩める嫡男子なのでしょうか。 
さて私は、例によって悪魔に袖をひかれ両親も神様も殺して家をでて、畜生の身にやつした一人ですが、私の唯一の幸運は、私をそそのかした悪魔がちんけなペテン師ではなく、モノホンの極道モンだったことでしょうか。そのために、めったな人は行き方をしらない桃源郷から一番強烈でもって、ありきたりな畜生道まで案内されましたが。神が一匹の猫に姿を変えて鳴くこともあるのです。
さて、近代ビルドゥングス・ロマンの中にも光を差し込ませ、ダイナミックなシルエットをストーリーに生ませる福音(教義的な意味だけではありません)からいったん逃れるにはどうするか。悪魔はこう言うでしょう。文学を読めと。たとえば、16、17世紀のスペイン文学、ピカレスク・ロマン。朝に産み落とされ、鼻くそ食べて、冬に死んでいくニワトリ並みのピカロには、しかしAやBやCやDの村にだって、いったりきたり忍び込み、女たちとセックスをし、ごちそうをくすねる知恵や獣性がある。非業のなげきも文学的英雄死もありませんが、実ににうっとりさせられます。お天道様はつねに天から、汗水たらして獣の営みに励むピカロの足元にくっきり間抜けな影をつくるだけw  
自分の足下をみれず、顔をあげてうろうろする人たち向けの福音なんて、けなげで饒舌すぎた書き割りばかりだった時代。ペテンがほとんどすべて。しかしごくわずか胸を打つ、書き割りの美しさにも圧倒されるのですが。
Yonda? URL @
08/20 22:59
NiceAmigoさんへ. 

こんばんは。はじめまして。
失礼ですが、なにか勘違いをしておられるのでは?
当方、NiceAmigoさんを存じません。

意味不明の長文コメント、ありがとうございます。
立派なものです。
何度も削除しようかと迷いましたから。
よほどのことがないかぎり削除をしない「本の山」。
NiceAmigoさんは名誉なことと誇ってください。

>ブログのほかの浮薄で傲慢な駄文は本当に吐き気を催しますが。

これは偶然です。
わたしもNiceAmigoさんの示唆に富む名文を拝読して、
吐き気を催しました。
いえ、吐きました。吐瀉物を保存しています。
いつかNiceAmigoさんのご尊顔にぶっかけたいからです。
ぜひご連絡ください。メールアドレスはプロフィール欄。
今後同様の香ばしきコメントは削除させていただくかもしれません。
ありがとうございます。








 

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