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「医療格差の時代」

「医療格差の時代」(米山公啓/ちくま新書)

→わたしは医者の著者の本を過去に何冊も読んでいて、
医療ミスの罪は問えないのではないかという立場に賛同していたが、
いざ自分が明らかに点滴の過誤で
左手の親指に強い痛みが発生しちゃうとそうも言っていられない。
病院に電話したら、こういう問題を相談する部署がないって言われて。
それからどうしても「証拠はあるのか?」になっちゃうよね。
本当にうちのナースのミスか、それは証明できるのか。
しかし、痛みが始まったのは入院中だし、
病院にいたときはほとんど本を読んでいるか寝ているかだったから、
本人の感覚としては原因は点滴以外考えられない。
一回、深夜、手のひらに点滴を刺され、痛みで絶叫した記憶がよみがえる。
ああいう田舎の病院だとすべては「先生(医者)に相談して」になっちゃうみたい。
わたしは経営責任者とリアルな責任の問題の話をしたかったのだが。

点滴も難しい問題をはらんでいて、
わたしはベテランのナースにやってほしいと頼んだが、してくれないわけ。
というのも、新人の修行にならないから。まあ、実験台だ。
今回、たぶんあのナースがやったと思っているけれど、1、2年目。
わたしの経験だと3年でもまだダメで、
個人差はあるが5年経つと点滴がうまくなる。
で、外来で医者に聞いたら、
「点滴はだれがやってもこういうことは起こりうる」と。
いちおう「証拠はあるのか?」ではなく「点滴が原因説」を認めてはくれているわけ。
さんざんわたし、ナースに点滴問題で騒いだから、
聞き取り調査の結果、みんなの記憶に残っていたのでしょう。
それでも「証拠はあるのか?」でも行けたけれど、
そうすると敵対関係しかなくなっちゃう。
病院にも医者にも正直に言ったけれど、「痛み」は自己申告。
痛いっていえば痛いの世界で、客観的証拠がない。
でもまあ、痛いんだけれど。

今度、大腸に内視鏡を入れる検査をしたいらしく、
点滴の件もあるから、医者は繰り返し強調していた。
この検査の結果として、お腹の痛みがさらに悪化することもある。
それはやってみないとわからない。
いまの医療としては、検査をしてみないと診断はつかない。
「ほっといたらよくなりませんか」と聞いたら、
「放置してよくなることは絶対にない」。
なぜ1ヶ月後に検査をするのか聞いたら、
「そのころには腸の穴が閉じているかもしれない。
ほら、人間って自然治癒力があるんだよ」
矛盾しているのだが、外科ってそういうところがある。
とにかく医者がほとんど懇願するように言っていたのは、
姉に説明させてくれ。一緒に来てくれ。
「いやだ」と答えたら、自分から姉に電話するって。
その理由が本書を読んでわかった。 

本書には林寛之「日常診療よろずお助けQ&A」から
「医療過誤を避ける方法」が引用されている。それによると――。
1.患者家族を味方につけろ
2.帰す際は「悪ければいつでもまたすぐに来てください」
3.患者のニーズをしっかりさせる
4.患者に質問させる
5.過剰なくらい説明せよ
6.患者満足度は最初の1分間は口をはさまない
7.正直に勝る武器はない

あの医者もこのマニュアルを忠実に守っていたのである。
その日の晩に姉に電話したっていうし(笑)。
「死んでもいい」というわたしの患者ニーズが困るのだろう。
大腸検査も「長生きしたいならやるほうが得」みたいな感じだし。
わたしは長生きしたくもなく、とりあえずの痛みが取れれば、
べつに診断(病名)がつかなくても、そんなに気にならない。
著者や精神科医の春日武彦さんの影響で、
この10年くらいで医者の権威がわたしのなかで失墜した。
医者というか医学をあまり信じていない。
医学を宗教の一派くらいにしか考えられなくなってしまった。
この本を書いた米山公啓氏の名著「医学は科学ではない」の影響も強い。

「医学が絶対的なものではなく、
曖昧な科学であると拙著『医学は科学ではない』で指摘したところ、
その反響はさまざまだった。
臨床医からはその通りだという意見が多く、
いわゆる理系の方からは、当たり前ではないかという指摘もあった。
しかし、重要なことはいまだに多くの患者が
「医学は絶対的なもので、医者の答えは誰に聞いても同じものである」
と信じているところだ。
患者はあまりにも医学に対して
大きな期待を寄せすぎているとしか思えない」(P190)


指の痛みに対して出された最初の薬は「リリカ」。
効かなかったですと言ったら、やっぱりねって感じ。
処方したときに「効かないかもしれない」とか言うんだもん。
そんなことを言われたら効くものも効かない。
「先生、嘘でもいいから、これは効くって言って薬を出してください。
痛みなんて主観的なものなんだから、それでよくなることもあります」
「でも、嘘はいけないじゃない」
「嘘でも効けばいいんです。痛みが取れれば」
そうしたら医者はこちらの要望に応えて、巧みな演技をしてくれた。
「特別に薬剤部に聞いてみる」って。
結局、もったいぶって出そうとしたのがメチコバールで、
ごめん、それ知っている。
顔面神経麻痺のときにも橈骨神経麻痺のときにも出されて、
神経の外科医からも内科医からも
「しょせん気休めのビタミン剤」と言われた経験があるから効きっこない。
薬剤部に電話するような演技だけは感心したが、メチコバールの不運よ。
医者は患者をうまく騙す宗教家の才能が必要かもしれない。
いまの先生は脅しのようなムチは好きだけれど、
アメを処方するのがお嫌いなようである。

(関連記事)
「医学は科学ではない」(米山公啓/ちくま新書)

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