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スキャナーが壊れる

ピッキングをしているとスキャナーが動かなくなることがある。
とくに10個、20個の商品をピックしているときに、それはよく起こる。
完全にスキャナーの画像が動かなくなるのである。
何度もトレーナーを呼んだが(人手不足でなかなか来てくれません)、
来たら来たで「あなたが悪いんでしょう」と一方的に責められる。
そのくせトレーナーにも解決できず、どこかに行っている。
詰め所に行っても、原因はわからないで狼狽される。
今日は20を取って、数字入力の画面に行かず、動かなくなった。
何度もこういうことはあったので、
商品をもう一度スキャンしたら数字入力の画面に行き、
20と入力した。これでひと安心。
仕事、覚えたかも。
なんて思っていたら、またスキャナーが動かなくなる。
トレーナーを呼んでも、10分以上来ないし、
説明しても常に疑われて(あなたが変なことをしたんでしょう)
わかってもらえる自信はないし、
どうせこのまま通して間違っていても最後の検品でミスが発覚して、
それを係りのものが取りに来るほうが生産性(スピード)は高い。
そう判断して、あるときのトレーナーの真似をして再起動したら、うまく動いた。
あの20枚がどうなったか知りたいが(F502でピックしたやつ)、
上はそういうことを教えてくれない。
スポットのミスを指摘しない優良会社とも言えよう。

スキャナー(機械)は間違わないという前提が間違えている。
機械は人間とおなじように壊れる。
しかし、スキャナーが正しいことになるのが、
人間が排除された近未来の大企業、ア○ゾン世界。悪くない。

COMMENT

『ふぞろい』脚本家・山田太一が音信不通に…「高級老人ホーム」で送っていた孤独な生活 URL @
01/03 14:19
. 1/3(金) 11:00配信週刊女性PRIME

 2019年10月24日に女優・八千草薫さんが亡くなり、ゆかりの人々が悲しみの声を寄せた。……あの人を除いて。

【写真】『ふぞろいの林檎』制作会見に集まった懐かしの豪華キャストたち

「なぜか、脚本家の山田太一さんのコメントがなかったんです。八千草さんは、山田さんの代表作といわれるドラマ『岸辺のアルバム』や『シャツの店』に出演した長年の“盟友”ですから、ひと言も追悼の言葉がないのはあまりにも不自然でした」(全国紙記者)

 山田といえば、『男たちの旅路』(NHK)や『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)などのドラマや、'90年公開の映画『少年時代』など数々の名作を手がけた脚本界の重鎮。同時代に活躍して切磋琢磨した倉本聰は、10月31日付の朝日新聞に八千草さんを追悼する談話を寄せていた。

《山田太一さんのドラマ『岸辺のアルバム』('77年)で、ヤチさんが不倫する主婦を演じて好評だった時は、「やられた!」と。あの人とはどちらがヤチさんに近くなれるか、競ってたんです》

 倉本と山田は、八千草さんをめぐって“よきライバル”の関係だった。八千草さんの訃報が流れると、マスコミ各社はもちろん、山田にもコンタクトをとろうとした。が、どうしても連絡がつかない。

脚本家として原稿を書ける状態にない
「事務所でもある自宅に電話をしても誰も出ない。手紙を送ると“山田はいないので、今後は送ってこないでください”というメッセージだけが返ってきました。あれほどの大作家が、こんなかたちで音信不通になるなんて聞いたことがありません」(前出・全国紙記者)

 実は、今年の春ごろから山田とは、多くの関係者が連絡をとれなくなっていた。

「元号が変わるタイミングで、ある雑誌が“平成の名作映画とドラマを振り返る”という特集を組んだんです。“脚本界の巨人”と呼ばれる山田先生にもインタビューしようとしましたが連絡がつかない。ドラマスタッフやテレビ局関係者に聞くと、誰もが“最近連絡がとれなくて”と言うんです」(文芸誌編集者)

 山田は'17年に脳出血を発症し、6か月の入院生活を送った。当時、『週刊ポスト』に、

《もう脚本家として原稿が書ける状態ではありませんが、後悔はしていません。これが僕の限界なんです》

 と告白し、“引退宣言か”と騒がれた。しかし、直後の朝日新聞のインタビューでは、

《もう1本くらい、(脚本を)書けるかもしれない》

 と自ら引退を否定している。

 神奈川県内にある山田の自宅近くで近所の住民に話を聞くと、最近は姿を見かけていないという。

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親友・八千草薫さんへの思い入れ
「2年ぐらい前かしら。ご病気をされた後で、娘さんに付き添われてお散歩しているのをお見かけし、“これからも頑張って書いてくださいね”と声をかけたら“俺はもう書けないよ”っておっしゃっていました。その後パタッと姿を見ることがなくなりました。お宅も雨戸が閉まっていて、夜には電気がついているのも見かけません。もう誰も住んでいないと思います。それに奥さんも体調を崩されてしまって、都内の病院に入られたとか……」

 山田は2年ほど前から別の場所で生活をしていた。

「山田先生は、もう自宅にはいらっしゃらないんです。老人ホームに入られて、そこでひとりで暮らしていると聞いています」(テレビ局関係者)

 自宅からそう遠くない川崎市内にある有料老人ホーム。そこが、山田の新しい住まいだった。山田の年齢だと入居には2000万円以上は必要になる。部屋の広さは20平方メートルほど。室内はテレビや電話、ベッドやイスなどが備え付けられ生活が不自由なく送れるようになっている。一方で、ナースコールも完備。万が一の場合にも24時間対応している。

「復帰に向けてリハビリにも懸命に励んでいたそうなのですが……。やはり病気になってしまってから、以前のように自由がきかなくなってしまったのがショックだったんじゃないですかね。最近では“脚本家の僕を知っている人たちとは、もう会いたくない……”とご家族や近しい方々に伝えているそうです」(前出・テレビ局関係者)

 老人ホームを通じ、山田にインタビューを申し込んだが、

「個人情報のため、こちらにその方が入居しているのかどうかは、お答えすることができません」との返答だった。

 改めて神奈川県内の自宅を訪ねると、たまたま荷物を取りに来ていたという山田の次女が丁寧に話をしてくれた。

─山田先生が最近は執筆されていないようですね。

「元気ではいるんですけど……。この前は『ラジオ深夜便』に出演していますし……」

─ご病気をされていたが、麻痺などの後遺症は?

「(麻痺は)ないです。言葉もうまく話せるようになりました」

─過去にはもう執筆できないと話していましたが……。

「今は仕事をしたいという感じじゃないんです。他のことをやったりという感じです」

─八千草さんが亡くなられたときに、コメントがなかったのはなぜ?

「……ちょっと不在にしていたので……、電話に出られなかったんですよ……」

─八千草さんについて何かお話をされていましたか?

「本人は思い入れも強かったのではないかと思います」

─老人ホームで暮らしてるとうかがいましたが?

「……今は別の場所にいます。私の家とか、姉の家とかを行ったり来たりです」

 次女の話にあった『ラジオ深夜便』への出演は、くしくも八千草さんが亡くなった直後の10月26日のこと。

「収録はもっと前です。番組スタッフが粘り強く何度も手紙でオファーし続けたところ、出演してくださったと聞いています」(NHK関係者)

 この中で、山田は死生観についても語っていた。

《気がつくと、いつ死ぬかわからない。それが人間の最後の物足りなさということに気がついたことがありまして、それが自分で1番大きな問題になってしまいました。いつ死ぬかわからないというのは、非常にあいまいで、いつ死ぬかわからないというのが、今いちばんの悩みです》

 インタビュアーから「これから書きたいテーマ」を尋ねられると、山田は、

《それは今、本当に自分本位に考えれば、死を待っているわけですから、死ぬということがどういうことかということを、ワッと書けたら素晴らしいと思いますけどね》

 人間の弱さや愚かさを描いてきた山田が、最後に選んだテーマは“死”について。盟友の訃報を、いま噛みしめているのか。








 

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