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「家族の絆」

「家族の絆」(椎名誠:選/光文社文庫)

→選者となっているが名義貸しで、
実際に選んだのは椎名誠ではないだろう。
「家族の絆」をテーマにした日本文学(やや現代より)アンソロジー。
腸に穴が開いて、深々と考えさせられたのは「家族の絆」である。
入院患者みんな、ほぼ毎日のようにだれかしら見舞客が来るのである。
会社同僚、友人、とりわけ多いのは家族だ。
6人の大部屋で会話は筒抜けで、病床は数日で変わるので、
大勢の患者の家族模様を聞きたくなくても聞いてしまった。
みんな本当に俗っぽくて、家族は
本音のつきあいができる限られた空間であると再認識した次第である。
わたしは入院翌日に姉が携帯電話の充電器と着替え、
タオルを持ってきてくれ本当に助かった。
救急車で入院したから、もしひとりっ子だったら終わっていただろう。
入院13日間でお見舞いに来てくれたのは姉ひとりで1回のみ。
病棟で自分で洗濯をしているのはわたしだけで、
点滴を打ちながら寒空の下、
屋上で洗濯ものを干しているとき深い孤独感を味わったものである。

べつに入院のための保険というわけではないが、
男性の若者へアドバイスしたいのは、
結婚できるのならしておいたほうがいいぞ。
このアンソロジーで、
わたしが選ぶのは三浦哲郎「恥の譜」、高井有一「海の幸」である。
三浦哲郎と高井有一といえば、自死遺族文学の両巨頭。
三浦哲郎は姉ふたりが自殺、兄ふたりが失踪(蒸発、逐電)している。
高井有一は母が自殺している。
「恥の譜」も「海の幸」も私小説めいた回想である。
ただし「海の幸」は虚構も入っており、母は病死したことになっている。
高井有一の母が少年の作者を捨てて米兵と駆け落ちして、
その後戻って来たというエピソードが書かれているが、
これが事実か虚構かはわからない。
三浦哲郎と高井有一が
どのように自殺した家族からの呪いを乗り越えたかというと、
奇しくもそれはふたりに共通していて20代中頃での妻との結婚である。

三浦哲郎は「滅びの血」から逃れようとした。
自滅していった姉ふたり、兄ふたりに逆らおうとした。
具体的にはどうしたか。

「私は、ことごとに、彼ら[兄や姉]ならこんな場合
おそらくこう考えただろうと思う逆のことを考え、
こんな場合たぶんこうしただろうと思われる反対の行為をした。
そうして、その生き方が身についたと自覚したとき、
父に出費を願って、ふたたび大学へ入りなおした。
私は、在学中、寮の近くの料理屋で
はたらいている志乃という女としりあった。
好きあって、郷里へつれて帰って、結婚した。
私のきょうだいたちは、愛を罪だと考えたようである。
しかし、私は、それを単純な歓びとした。
家ではみんな、よろこんでくれた。
誰も虚勢をはらなかったし、私自身も悪びれなかった。
これでいいのだと思った」(P64)


太宰治によって文学開眼した三浦哲郎は、
先人の逆を行くことにしたのである。
なお、べつの私小説では、琴かなんかの師匠をしている白子症の姉の
経済援助を受けたことになっている。
おなじ自死遺族の高井有一も似たようなことを書いている。

「二十七歳で今の妻と結婚したとき、
私は、ようやく自分の過去に一区切りが付けられたと感じた。
それでもまだ、母の<事件>について、
私は妻に打明けてゐない。(中略)
今、四十代の終りに近くなつた私は、
むろん、感情に動かされて声を挙げたりはしない。
妻との間に二人の子が生れ、長女は既に嫁いだ。
都心からずっと離れた場所にではあるが、家を手に入れた。
人は、私がつましく穏やかな生活を楽しんでゐると見るだらう。
私自身にも、よくここまで這ひ上がって来られたといふ感慨がある。
母はまだ私の心の深い所に棲(す)みついてゐる。
普段は何事もないが、ふと何のきつかけもなく、
母への想ひがこみ上げて来る事がある。
昔のように、情欲に彩られた生なましさは褪(あ)せたが、
代りに哀しみは深くなつて、今の人並みの生活は、
母の犠牲の上に築かれたものではないかといふ意識に脅かされる。
母だけが私にとつての実在であつて、
今の生活なんかは架空のものに過ぎないやうに見えて来る。
さうした時、私は、私と母が最も緊密に結ばれ合つてゐた時代に
一緒に啜(すす)つた雑炊の味わひが恋しくなるのである」(P270)


入院翌日にわたしは退院したいと医者に言った。
当方より3歳年下の外科医のS先生は、
「このまま家に帰ったら死にますよ」と言った。
「死にたいというなら止めません」
わたしは死んでもいいと思ったが、
それを説明するのが40代の孤独中年にはめんどうくさすぎた。
もう20代どころか30代にも戻れない。
わたしは三浦哲郎や高井有一とはべつの道を行くのだろう。
それもいまやもう長い道のりではないはずである。

COMMENT

藤本稔和 URL @
12/24 14:27
. メリークリスマス!またきますね!
URL @
12/24 16:04
. 結婚していれば入院時には配偶者から面倒を見てもらえる。ただしそれは、配偶者が入院したとき逆に面倒を見る側になることでもある。土屋くんにその能力があるかね。








 

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