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「文豪の探偵小説」

「文豪の探偵小説」(山前護:編/集英社文庫)

→いわゆる文豪の探偵短編小説を集めたアンソロジー。
さあ、行くぞ。
人の読んだ小説の感想なんて
みなさんご興味ないのことを知らないわけではないが、
よしスタート。
みな探偵小説というよりもミステリー。
そもそも人生自体がミステリアス(不可思議)なのだから、
ほとんどの小説がミステリーとも言える。

谷崎潤一郎の「途上」はむかしながらの探偵が登場して、
ある病死を殺人事件だと推理する。
偶然に女は死んだように見えるが、それは夫が
もっとも死ぬ確率が高い境遇に妻を追いやったからだろうと名推理。
これは数学の応用で新しい手法と乱歩が絶賛したらしいが、
文系は理系にコンプレックスがあるから点が甘くなる。
確率統計の論理で言えば、すべての殺人事件は数学的必然である。
数学的に殺人事件も交通事故も決してゼロにはならない。
おなじ論理で日本にたくさん巨大倉庫を持ち、
そこで大勢の作業員が働いていたら確率統計的に死者は出てしまう。
アマゾンがことさら劣悪な労働環境とは言い切れない。

佐藤春夫の「オカアサン」はどこが探偵小説という話で、
人語の真似をする鳥のまえの所有者を空想する物語である。
センチメンタルでとてもよかった。
芥川龍之介の「報恩記」は人情噺で読み物としておもしろい。
こんなにたくさん短編小説を読んだのは、
自分なんかに期待をかけてくれる八王子の人のためにいい小説を書いて、
せめて恩を返そうとのいわば報恩の思いからだったのだが、
それが向こうからの刑事告訴になってしまう人生はミステリー。
あるいは向こうは恩返しが足らないと不満だったのかもしれない。
芥川龍之介のストリンドベリからの影響が見られる一節を抜く。
盗っ人は人の不幸をあざ笑う。

「わたしのように四十年間、悪名ばかり負っているものには、
他人の、――殊に幸福らしい他人の不幸は、自然と微笑を浮ばせるのです。
(残酷な表情) その時もわたしは夫婦の歎(なげ)きが、
歌舞伎を見るように愉快だったのです。
(皮肉な微笑) しかしこれはわたし一人に、限った事ではありますまい。
誰にも好まれる草紙[読み物]といえば、悲しい話にきまっているようです」(P105)


まあ、人の不幸っておもしろいよねえ。
武蔵小杉のタワマンとかお悔やみ申し上げるのが世間の建前だが、
本音の「ざまあ!」を隠して隠して隠すのが世間というもの。
建前をあたかも本音のように思ってしまうのは二種類。
シナセンの女社長のような、苦労知らずの善人ぶりたがり屋さん。
それからブラック企業の社員や、新興宗教に洗脳された人たち。
ホワイトかブラックではなく、
トイレに行けないなんてかわいそうだなあと思いながら、
ざまあ! とこっそり舌ペロするのがアダルト。芥川がそう言っている。
芥川がそう言っているだけで、わたしはお気の毒でしょうがなかった。

川端康成の「死体紹介人」は気持の悪い小説。
睡眠薬中毒でガス自殺した川端康成は、
ほんものの変質者だったことがよくわかる。
制服を着てバスの車掌さんをやっていたまじめな乙女、
まだ男を知らない天涯孤独の少女の
(献体のための)全裸死体写真に欲情する話。
倒錯趣味にもほどがあるが、それがわかるわたしはいったい?
いまは女性の裸の価値が暴落したのではないか。
わたしはいまヌードを見たい女性タレントは思い浮かばない。
川端康成「死体紹介人」は女性へのロマンがある。ただし倒錯した。
まじめで内向的で健全で薄幸、若死にした少女の裸はエロいって、
そんな本音を川端は言うのだから。川端康成は「世間を知らない」(笑)。
八王子の怖いおじさんに怒鳴られたほうがいい。
小説は商品なんだから、世間(おれ)のルールを守れ。刑事告訴するぞ。

太宰治の「犯人」は心中する直前に書かれた読み物。
最近、自分はとても不安が強いという認識を得たが、
決して文豪と自分を同列に並べるわけではないが、
太宰もまた不安感に悩まされた人だったのではないか。
小さなこと、些事を針小棒大にも大きな不安に変えてしまう。
ふつうの人なら笑い飛ばすことを真剣に深く悩んでしまう。
太宰の「犯人」は金ほしさに姉をナイフで切りつけた男が、
これで姉を殺した自分の人生は終わったと思いつめ自殺する話である。
実際は姉は軽い怪我で、それほど怒っていなかったというオチである。
うちうちに(警察にはいわず)処理しようと思っていたら、
弟が自殺してしまったことを姉は嘆く。
小さなミスをして、それは小さなことなのに、
大事件を起こしてしまったと先の不安に押しつぶされ、絶望にかられ、
パニックになったあげくに自滅していく人間というものがいて、
それが太宰やわたしである。
宮本輝も不安神経症だったが、男は創価学会で不安を克服した。
不安は宗教か酒、ドラッグに行きつく。異性という人もいるかも。
太宰は「犯人」でおのれの不安をうまく読み物にしている。
ひとつの読解をすれば、この事件の「犯人」は不安である。
些事を大げさに考えすぎた不安。

「もはや、それこそ蜘蛛(くも)の巣のように、
自分をつかまえる網が行く先、
行く先に張りめぐらされているのかも知れぬ。
しかし、自分にはまだ金がある。
金さえあれば、つかのまでも、恐怖を忘れて遊ぶ事が出来る。
逃げられるところまでは、逃げてみたい。
どうにもならなくなったときは、自殺。(中略)
この不安。
スパイが無言で自分の背後に立っているような不安。
いまに、ドカンと致命的な爆発が起りそうな不安」(P216)


太宰って精神科系統の病気を寄せ集めたような人だよな。
すべてを「よかたい」とか「ええがや」で豪快に笑い飛ばせる下品な
お西のほうのおっさんになっていたらよかったが、
津軽の太宰にそれは無理で、もし関西の商売人のようになってしまったら
いまでも少年少女をだますような小説は書けなかっただろう。
先行きの不安におびえながら強がる少女の精神の美しさを太宰は描けた。

志賀直哉「范(はん)の犯罪」は、
事件の真相が「わからない」ことを描いた字義通りのミステリー。
すべての殺人事件がよくわからないでしょう?
殺意の有無とか裁判で問われるけれど、そんなもの、わからないじゃない。
ほとんどの殺傷事件が偶然とも言えなくはない。
ちょっとしたきっかけで殺しちゃったり、殺さなかったりするわけ。
なぜそれをしたのかと問われても自分でもわからない。
ただし世間に通用するストーリーをつくることならできる。
供述調書とか裁判は、
世間さまに通用するストーリーを複数人で作成しているだけとも言える。
なぜミスをしたのか? そんなことはだれにもわからないが、
それでは世間が許さないので、
世間が納得する因果関係(物語)を捏造する。
八王子の人なんかも、なぜ自分がわたしなんかに小説を依頼したのか、
そしてその後に怒り狂って刑事告訴をすると、
よりによって姉に大量のメールを送りつけたのか「わからない」と思う。
わからない。不可思議。それがミステリー。

自分も他人も真相も「わからない」。
法華経でいう唯仏与仏(ゆいぶつよぶつ)。
森鴎外の「高瀬舟」は、まず他人がわからない。
名家でエリート、医者の森鴎外は底辺庶民がわからない。
「高瀬舟」で、
いまでいう役所の中間管理職みたいなことをしている語り手は、
弟殺しの罪で島に流される貧乏人のことがわからない。
なぜなら、それほど不幸そうではないからである。
それどころか旅行を楽しんでいるかのように見える。

「喜助[罪人]は世間で為事(仕事)を見つけるのに苦んだ。
それを見つけさえすれば、骨を惜しまずに働いて、
ようよう口を糊(のり)することのできるだけで滿足した。
そこで牢(ろう)に入ってからは、今まで得がたかった食が、
ほとんど天から授けられるように、働かずに得られるのに驚いて、
生れてから知らぬ滿足を覚えたのである」(P250)


いっぽうで下級役人の自分は定職があるにもかかわらず、
ちっとも生活に満足を感じず、将来の不安にたえずおびえている。
不満と不安だらけである。
どうしてこの罪人はこんなに幸福そうなのだろう。
他人のみならず、話を聞くと真相もわからない。
罪人は弟を殺した罪に問われているが、いまでいう安楽死だったのである。
弟は死病にかかり、貧乏な兄の世話になるのが申し訳ない。
そこで兄のために自殺をはかるのだが、うまくカミソリで喉を切れず苦しい。
苦しみのさなか、兄に見つかってしまう。
弟は兄にカミソリを抜いて、この苦しみから解放してほしいと頼む。
そういうわけで弟思いの兄は願いをかなえてやったら弟殺しの罪人。
これは果たして悪なのだろうか? わからない。
とりあえず世間的に上の人が決めたことなのだろうから、
そうなのだろうと下級役人は自分をごまかす。
わからないのは不安にかられるからである。
本当は自分も他人も世界も真相も、なにもかもわからない。
しかし、そういった本当のことに気づくと不安が生じパニックになる。
このため、世間法が流通しているが、それも怪しいものだ。

最後に正解がないことから生じる不安を克服する言葉を教えます。
それは大丈夫。大丈夫だから。絶対大丈夫。
毎朝、大丈夫! 
という声で起こしてくれる目覚まし時計があったら売れると思うので、
企画立案発注制作してアマゾンで売ってみようかしら。
失敗したらどうするのかって。

絶対大丈夫♪

COMMENT

ヤモリビト URL @
11/25 10:22
. >八王子の人なんかも、なぜ自分がわたしなんかに小説を依頼したのか

無名人が自費出版本を書評ブログで取り上げてもらって嬉しかったからだろう。








 

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