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「法然 消息文」

「消息文」(法然/大橋俊雄校注/「原典 日本仏教の思想 5」岩波書店)

→ご存じでしょうが、消息文とは手紙のこと。
手紙ってけっこう本性が現われるって聞くし、
借金を頼む手紙とラブレターほどおもしろものはないという説もなくはない。
このため法然の手紙集はかなり楽しみにしていたのだが、権威にこだわるのか岩波書店。
どうしてかわからないがカタカナと漢字のみの手紙が多く、読みにくいったらありゃしない。
何回も読んだら意味は取れなくもないが、そんな暇人ばかりではないのでないか。
法然の手紙は、日蓮や蓮如のそれと比べると情味はあまりなくあくまでも理知的である。
しかしさ、いまの話、歴史の話、
どうして浄土宗系と日蓮宗系はこんなに仲が悪いのだろう。
仏教に興味がない人は知らないのだが、
南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経は犬猿の仲でしょう。どちらも根っこは天台宗。
しかるがゆえに、「観音経」と踊り念仏の一遍が大好きだという瀬戸内寂聴の天台宗が
いちばん包容力があるのかもしれない。
関係ない話をすると、寂聴さんが田舎の寺の住職をやっていたとき、
無料で戒名をつけていたというのはクソババアの彼女が嫌いな人も驚くだろう美談。
それは原稿料収入が多額にあったからで、他の天台宗僧侶は戒名で稼いでいる。
知っている人は知っている話だが、坊主にも軍隊のような僧位があって、
位が高い坊さんに格式の高い戒名をつけてもらうほど値が張る。
我われ庶民には信じられない、とんでもない額になる。しかも無税というね。

さて、日蓮宗系の法華経と犬猿の仲の浄土三部経はどちらがいわゆる上なのか。
答えは、おそらくたぶん法華経。
それはなぜかといえば、歴史ある天台宗の根本経典は法華経だし、
実在したかいまでは疑問視されている聖徳太子も法華経を重んじていたし、
平安初期に書かれたという日本最古の説話集「日本霊異記」にも
下層民の物語として法華経(法花経)ばかり出てくるからである。
かなりまえに読んだのでそこまで絶対の記憶ではないが、
「日本霊異記」には浄土三部経なんて一度も登場しなかった。
どこまで客観的にわたしがなれるかは不安だが、
まあ客観的にいえば浄土三部経よりは法華経のほうが物語になっているためおもしろい。
法華経はヤクザみたいな教えで、
自分に逆らうと仏罰が当たるぞというようなことが平気で書かれている。
実在したインドの釈迦なんて、
おれさま法華経に比べたら大したことがないね、というのが法華経とも言える。
わたしも含めて偉い(偉そう?)な人には、なびくというのが人間というもの。
平安末期に密教と並んで法華経が王さまだったと思うゆえんである。
そこに天台宗に後足で砂をかける形で飛び出した法然が現われ、
法華経よりも浄土三部経のほうがいわゆる上とやったわけである。
根拠は善導という中国のマイナーな田舎坊主。相当な波乱を巻き起こしたと思う。

消息文に、念仏といっしょに法華経も唱えちゃダメですかという問いがある。
これに法然がどう答えたか。引用してもいいのだが、カタカナ書き下し文で、
4、5回読まないと(バカな当方だからか)わからないので趣旨を書く。
天台宗出身の法然だからか、
あの智者の法然でさえ異常なほど法華経にびくついているのである。
これは違う宗のことなのでよくわからない。間違ったことは恐れ多くて言えない。
そう厳重に断っておいて、善導に逃げるのである。
自分はわからないがと責任逃れをして、善導はこう言っていたとやる。
善導は念仏以外では往生できないと書いている。
善導は念仏の人はみな往生できるが、他の行ないでは百人に1、2人、
千人に4、5人しか極楽浄土に生まれないと言っている。
確率では最大2%、最低0.4%は法華経を唱えても往生できるとのことである。
奉公先の母校である天台宗に媚びを売っているとも言えなくもない。
そのくらい法華経は強く、浄土三部経は弱かったのである。

読者層がわからないので失礼なことを書くと北条政子。
ごめんねさい、わかりますよね北条政子。
鎌倉幕府の北条政子。源頼朝夫人の北条政子。
北条政子から来た手紙の法然による返事が(本物か偽物かわからぬが)ある(P188)。
繰り返し読んだら、法然がけっこう政治をできるやつだったことがわかる。
当時出家していたのかどうかはわからないが、
いまは残っていないだろう北条政子の出した手紙の内容も推測がつかないわけではない。
最初に法然はやたら功徳うんぬんについて説明していたが、
それは北条政子が念仏には功徳があるのかどうかを中心に質問してきたのだろう。
それが女性のいいところとも言えるのだが、女性は損になることをやらない。
このゆえに問題は功徳に終結される。
男性はバカだから功徳とか考えずに、
損得度外視でたとえば一国の王子だった釈迦のように家出する。
損得や功徳なんか考えていたら本来は仏教はできないのだが、
そこは法然も法然で、
念仏の功徳はあるということを釈迦の弟子発言を権威として引用後、
念仏の功徳(損は致しません)を強力アピールしている。
もうひとつ、この手紙からわかるのは北条政子の尊大さ。
法然が念仏は無智のものばかりではなく、
有智のものも往生させますと書いていることから、
北条政子がかなり高飛車な智者女、インテリ女めいた手紙を送ってきたことがわかる。
これに対して、法然は貴女のような学識あるお偉い方でも往生できます、
と丁寧に政治を考え返答した手紙がこれだとも言うことができるのではないか。
法然が師事する善導は女人を見なかったというが、
こういう女性のいやらしさを知っていたのだろう(「七箇条制誡」校注による)。

日蓮系の創価学会といえば宿命転換だが、
実は法華経にはあまり宿命や宿業について書かれていない。
もっとも人間の宿命、宿業を禍々しく差別的に描いているのは、
浄土三部経の大無量寿経である。
貧乏なのも片輪なのも難病になったのも、
すべては前世の悪業のせいだとあからさまに断言しているのが、
法然が念仏信心、念仏布教の典拠にした大無量寿経。
法華経にも不具者になったのは、
過去世でこのお経を誹謗したからだと書いてあることはあるが、
大無量寿経ほど露骨に差別心丸出しでは書いていない。
法然からしたら、法華経は自力の聖道門で大無量寿経は他力の浄土門だが、
そこには法然の無力の自覚があったのだと思う。無力。だから、他力をたのむ。
法然の父親は少年期に殺害されたのだが(これが出家の機縁となった)、
父が死ぬ直前にこれは宿業だから仕返しするなと言ったという伝記が残っている。
法然には、どうしようもない今生への諦念があったのではないか。
現世のこの世は宿業、宿命、宿善、宿悪でどうしようもないが、無力ではあるけれど、
せめて念仏くらいならできるのではないかというのは絶望であり希望である。
この世で恵まれるのは宿善で、辛い思いをするのもいまの自分が悪いせいではなく、
過去世の悪業だが、そういうのはすべて南無阿弥陀仏で消せる。
嘘かもしれないが、希望であるならば、それが人間の真実である。
宿命の善し悪しにかかわらず念仏で往生できると説いたのが法然である。

「宿善によりて[宿命のおかげで]往生すべし人の申(もうし)候らん、
ひが事[間違い]にては候はず。
かりそめのこの世の果報[幸福]だにも、さきの世の罪、功徳によりて、
よくもあしくもむ[生]まるゝ事にて候へば、まして往生程の大事、
かならず宿善によるべしと聖教[大無量寿経]にも候やらん。
たゞし念仏往生は宿善のなきにもより[助け]候はぬやらん」(P220)


法然の弟子であったとして有名なのは熊谷直実だが、またここで読者層がわからない。
熊谷直実は「平家物語」の「敦盛最期」で出て来たあの人である。
源平(源氏と平氏)の「一ノ谷の合戦」で、
源義経は卑怯とも無謀とも天才とも思える奇襲を仕掛けた。
そのとき、義経の部下として活躍したのが熊谷直実である。
海上に向けて逃げる平氏の若い武士を熊谷直実は追った。
「武士なら逃げるな。おれと戦え」
若者は応じて交戦したが、熊谷直実にはかなわず、押し倒され、あとは首を切るだけ。
熊谷直実が若武者の顔を見たら、
自分の17歳の息子とおなじくらいの年齢だったのでためらう。
自分は田舎侍だと名乗る。
若武者は名乗らず、自分の首を見せたら、だれもがわかるだろうと言う。
どうして息子のような青年を殺さなければならないのか熊谷直実は迷う。
いっそのこと逃がしてしまってもいいのではないか。逃がそうと思う。
しかし、後ろからが源氏の大群が迫ってきている。どうせ逃がしても殺されてしまう。
ならばと断腸の思いで息子のような青年を切ったという。
若武者は平敦盛という平氏の貴公子だった。
熊谷直実は無念の思いから法然の仏門に入った。
これはフィクションの「平家物語」に書いてあることで、事実ではないかもしれず、
いわば伝説の類なのだが「平家物語」には南無妙法蓮華経ではなく、
南無阿弥陀仏が底にあるのは読んだから、そして好きだからわかる。

どうしようもなかったことがある。
それはもうどうしようもない。
しかし、南無阿弥陀仏ならば――。
以下は法然が熊谷直実に書いた返信の手紙より。
当時の武士だから仕方がないのだが、
いまでいえば殺人鬼の熊谷直実は何べんも繰り返し念仏を唱えたという。

「まめやかに一心に三万・五万、念仏をつとめさせたまはゞ、
せうせうの戎行[ルール]やぶれさせおはしまし候とも、
往生はそれにはより候まじきことに候」(P166)


法然は念仏は多くすればすればするほどいいという思想で、
親鸞のような一念往生義(1回の念仏で救われる)は認めていなかったようだが、
そういう立場は熊谷直実のような出家した武士の信徒がいたからかもしれない。
最後にいちばん好きな法然の手紙を紹介した。

COMMENT

RK URL @
06/09 08:11
. 俺の父親も君のお母さんと同様に自殺したが、作家だったから、俺は父の記事をウィキペディアに立項することで冥土への餞とした。

戒名をつけるより、そちらのほうが遥かに意味があると自分は思っている。
Yonda? URL @
06/25 16:12
RKさんへ. 

とてもいい心がけではないでしょうか?








 

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