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「二十歳の火影」

「二十歳の火影」(宮本輝/講談社文庫) *再読

→宮本輝の初期エッセイ集。何度も読んだのでボロボロになっている。
結局、男にとって命のありかたとは理想女性像で、それが宮本輝と、
宮本輝がもっとも尊敬している文学者の井上靖とおなじなのである。
宮本輝は創価学会で、創価学会は日蓮で、日蓮は法華経で、
法華経とは病んだ子どものためなら父は嘘をついてもいいという大乗仏典で、
このためどこまで本当か嘘かはわからないが宮本輝は高校時代、
ある少女を好きだったという。
友人のTと屋根裏で大人ぶってウイスキーを飲んでいた宮本輝少年。
Tくんが階下の仕立屋を指しながら恥ずかし気に告白する。
「俺、あの娘(こ)、好きやねん」

「そこには整った顔立ちの、だが少々生意気そうな娘が住んでいた。
私たちと同い齢の、たしかにぱっと人目を魅く娘だったか、とかくの噂があった。
その、とかくの噂のあらましを、私は酔った勢いでTに教えた。
「嘘つくな! あいつにかぎって、そんなことする筈ないわい」
むきになって否定するTに私はいつのまにか自分の勝手な空想を織り混ぜ、
淫靡(いんび)な風聞に幾つかの尾ひれをつけ足して話しつづけた。
話している私の体が、激しい酔いと一緒にぎらついてきた」(P77)


そのとき、その少女の薄着の姿がちらりと見えた。美しかった。
少女のことを好きだと告白したTが、大声で叫んだという。
「おい、こいつ(宮本輝)おまえのことを好きだと言うてるぞお」
果たして少女には大人ぶってウイスキーを飲む少年二人が見えていたのかどうか。
大学生になってから、その娘を見かけた。
大きな外車に乗っていた。ヤクザっぽい男と一緒だった。
少女も少年に気づき、にやっと笑ったという。
そのとき宮本輝は零落した父親と一緒にいた。お父さまもその光景を見ていた。
19歳の大学生は父親に言う。俺はあの子のことを真剣に好きだった時期があったと。
父は息子になんと言ったか。
「これからはもっと上等の女に惚れるんやなァ」
「そない言うても、性悪女ほどおいしいもんやけどなァ」
これは名作青春小説「青が散る」の夏子のモデルのひとりだろう。
宮本輝のなかにいたひとりの少女は井上靖のそれとおそらくおなじで、
たぶんわたしにもおなじ原型がある。

紙が擦り切れるほど繰り返し読んだ本書収録のエッセイが
「聖教新聞」に掲載された「宿命という名の物語」。いまでも読み返すとぞくっとする。
人間は、文学は、宿命という名の孤独に敗れ去るだけだったが、
自分は連帯の希望を書きたいという決意表明である。
わたしは宮本輝は宗教に入っていないと思っていたが、
当時、関西の創価学園だかの先生だった女性が、宮本輝は学会員だと教えてくれた。
証拠まで郵送して下さった。
わたしは生意気にも反論した。根拠としてあげたのはここである。

「私は、なぜ人間は生まれながらに差がついているのかという命題に、
深くかかわっていこうと思う。それはもはや宗教の領域だが、
私は、どこかの誰かさんがあなたをそのようにお作りたもうたのだ、
などという宗教を信じるわけにはいかない。
そうした説得に応じるには、少々すれっからしになってしまったし、
いささか残酷な現実につき合いすぎてきたからである」(P169)


創価学園の女性教師は困ったのかご返答をいただけなかった。
いまから考えれば、掲載紙の「聖教新聞」を見て「空気を読めよ」という話なのだが。
「なぜ人間は生まれながらに差がついているのか」
わたしは宮本輝のファンになって20年以上だが、まだこの答えが出せない。
それは宿命なのだろうが、宿命的に創価学会に入ることはできないようだ。
青年に向けて、こんないいエッセイ集はないだろう。

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