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久間十義先生の思い出

僕の卒論指導教授は、
道産子三島賞作家で推理小説家の久間十義先生なのだが、あの人はよかった。
とにかく適当なのである。
あの人は出席を取らなかったし、来たくなかったら来なくていいよってスタンスだったし、
そのためか生意気でかわいい女子部もほとんどおしゃべりをしなかった。
だって、べつに出席しなくてもいいわけですから。
文芸専修の授業は柄谷行人「日本近代文学の起源」や須賀敦子「ミラノ霧の風景」
を読まされ、たまたま順番で偶然に選ばれた担当学生が
なんでもいいから感想を発表するというものだったが、
いまでも覚えているのは、久間十義先生は、
学生の発表後になんの指導もしなかったこと。
「いまは柄谷行人なんて流行らないよねえ」
「須賀敦子もあれだからねえ」
そんなことを言うときもございました。

いま思えば、主任専任古株教授で精神病の江中直紀に合わせただけだったのだろう。
僕は柄谷行人も須賀敦子も当時からいままで大嫌い。
早稲田の文には吃音文化があり久間十義先生も重松清教授もどもり。
卒業論文は私小説で自分のどもりのことを正直に書いたら、
久間十義先生はなにもおっしゃらず「いいね、よかったよ」と流し卒業させてくれた。
あの人おもしろくて、本当に適当で、
今日は二日酔いで休講にしちゃおうかと思ったとか言うわけ。
あのころは書いた大衆小説がテレビドラマ化もされていたし潤っていたからかもしれない。
いい先生で、いい時代でした。まわりもかわいい女の子ばかりだった。あたまもいいし。

COMMENT

小森龍邦は前科者でエタヒニン URL @
04/14 09:54
. きみは大学卒業直後に大きな不幸に見舞われて精神崩壊しているから、そうなる前の日々、まだ幸せだった時代が懐かしくて仕方がないんだろう。その気持、よくわかる。
Yonda? URL @
04/14 11:47
エタヒニンさんへ. 

それは当たっているような気がします。








 

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