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「百年小説」パート2

「百年小説 全1冊で読む日本の名短編」(ポプラ社)

→このアンソロジーは発表年代順になっているそうだが、
もうこのくらいの時代になると現代日本語とそう変わらず、
そうなると作品の質が明確に現われる。
有島武郎の「小さき者へ」は妙な思い出があってね。
大学時代、社会学ライフコースの大久保教授が授業中にこれを朗読しながら、
ひとり悦に入ったように涙をポロポロこぼしたのね。
早稲女なんかみんな純粋だから大久保先生ステキ♪ みたいに評価が上がった。
少なくとも、社会学の授業中におまえ、なにやってんだ? という声も視線もなかった。
文学史を調べちゃうと、こんな自己陶酔フル満タンの文章を書いたやつがさ、
最後は子どもなんかすべて捨てて人妻と心中しちゃうわけで、
そのガチンコが文学なんだな。よおく見ると、この自己陶酔文にも「なま」が入っている。

「何故(なぜ)二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬのか。
家庭の建立に費やす労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか」(P341)


有島武郎ってどう考えてもマジキチというかガチの文学野郎だと思う。
正宗白鳥の「死者生者」は会話も多く読みやすい。
旦那が病気で倒れた貧乏長屋の生活をうまく描いているが今一歩リアリティーがない。
しかし当時、正宗白鳥の小説を読めたのはインテリだけだったわけで、
「本当のこと」よりも「本当っぽいこと」のほうが価値が高かったのだろう。
病気になっても医者を呼ぶ金も薬もない時代から比べたら、いまは本当にいい時代。
男と女がいっしょになったらすぐにゲスなことを考える下層民の生態をうまく描いている。
病人の介護はもういやだ、とか現代にも通じかねない本音を描いている。
かといって、傑作かと問われたらそれはわからない。

永井荷風の「勲章」はよかった。
よくさ、下層民にセンチメンタルに同情しちゃう人がいるじゃないですか?
永井荷風は下層民がただただおもしろいから下層民と分け隔てなく付き合い、
そのおもしろさをより深く知ったうえで、そのおもしろさを描いているようなところがある。
永井荷風の「勲章」は、下層民っておもしろいでしょう! 
という作者の感動が伝わってくる佳作。
志賀直哉の「真鶴」は志賀直哉。志賀直哉って三浦哲郎に似ている(順番は逆だが)。
加能作次郎の「恭三の父」は文盲の義父(?)が息子にガミガミいう話。
国民皆兵のまえはみんな文盲だったのではないか。
いくら江戸の寺子屋はあったとはいえ、そんなのに通えるのは一部だけだっただろう。
昭和に入ってからもいわゆる「路地」とか「朝鮮部落」では文盲がいたと聞く。
そのとき書き言葉っていったいなんなのだろう?
武者小路実篤の「久米仙人」は正直な話である。
殿上人、貴族のような仙人が下層民の生態に涙して落下するというね、それリアル。

中勘助の「妹の死」は不謹慎な小説で、死にゆく妹の様子を、
ほほう、人は死ぬときこういう状態になるのかと手帳にメモしながら書いた小説。
肉親の情よりもなによりも観察に重きを置いている。こんなことをしていいのかなあ。
谷崎潤一郎の「刺青」は新しい女性像を創りたいという願望の現われだろう。
良妻賢母とか文学少女のみならず文学青年から見てもおもしろくないわけである。
氷のように冷たい女性から、
「あたしのこと好きなの?」
と意地悪く笑われたいという願望を谷崎は持っていたはずだし、
なぜならと根拠を申せばわたしがそうだからで、しかし、実際はおねえさんに甘えたく、
だからどうしようもなく谷崎は「刺青」を書いたのだと思う。
ちなみに元スジモンの人から聞いたけれど、刺青はその世界ではモンモンというらしい。
里見トンの「椿」はよくわからなかった。

岡本かの子の「鮨」はめったにない大傑作である。
その証拠というか、ほかのアンソロジーでも取られていた。
これはすごいものを書く人だが、岡本太郎の母だったのか。
人間の細かな気持の綾を見逃さず、少女らしい冷たさ、母親らしい暖かさで描いている。
ちょっとこの人には参る。
過不足のない言葉で、この短さで、こんな冷たい暖かい話を書かれたら後続は困る。
内田百聞の「サラサーテの盤」は難しくて当方の頭脳では理解できません。

室生犀星の「生涯の垣根」は身辺雑記ながら味のある物語になっている。
文学新人賞にこういうのを出したら下読みはたまげるだろう。
作者が室生犀星というのが前提の話なのである。
定年を迎えた老人が趣味の庭造りの話とか書いてぜひ新人賞に応募してもらいたい。
文学は書かれている内容ではなく、作者が勝負なのかもしれない。
久米正雄の「虎」は私小説風味で物語がないが、
振り返ってみれば、いままで読んできた日本近代文学もみんなこんな感じだったな。
でもまあ退屈させなかったから、そこは評価する。
芥川龍之介の「お富の貞操」はどこからどう考えてもエロ小説。
乞食ふうの身なりの男が処女に飼い猫を殺されたくなかったら、おまえの体を貸せ。
そういうシーンの男の冷たさと女の生き身の複雑さをうまく言葉で描写しているから、
これはいわゆる文学あつかいなのであって、設定はポルノ小説と変わらない。
で、好きか嫌いかと問われたら、芥川の「お富の貞操」は、うん好きよ。
文学少女とかまず芥川から入るけれど、あれは作者がイケメンで、
読みやすい短編が多く、物語構造が単純で、
善悪美醜貴賤がはっきりしているからではないか?

COMMENT

コーヒー URL @
04/11 00:53
. 批評とても面白かったです

大将は時々ご母堂のこと書かれてるけど
俺の母親は岡本かの子みたいな女でねえ
これまた大変なんだ
名作家なんだけど重なって見えて好きになれない

明日も元気で
Yonda? URL @
04/14 11:42
コーヒーさんへ. 

それはご大変でありました。

明日よりも「今日も元気で」のほうがいいですね。








 

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