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「ニッポン国VS泉南石綿村」

8月11日、原一男監督「ニッポン国VS泉南石綿村」を鑑賞する。1800円。
アスベスト被害訴訟をあつかった3時間半にわたるドキュメンタリー映画だ。
終了後、質疑応答があったので恩師の原先生に質問する。
当り前だが、大勢の教え子を持つ大学教授はわたしのことを覚えていなかった。

わたし「土屋と申します。3つ質問があります。簡潔で結構ですのでお答えください」
原先生「私の話は長いからねえ。ひとつひとつ頼むよ」
わたし「この映画は退屈で上映期間中、早く終われとそればかり考えていました」
原先生「――」
わたし「これはわたしの人生観、映画観、芸術観がおかしいのでしょうか?」
原先生「そうだね。それはあなたがおかしい」
わたし「わたしが間違っていると?」
原先生「そう、あなたが間違えている」
わたし「――」
原先生「あなたは事前に思い込みやなにか既成概念があってこの映画を観たのでは?」
わたし「――」
原先生「全身をすみやかにして、そのままこの映画を観たら楽しめないはずがない」
わたし「わたしが間違えている」
原先生「そう。あなたが間違えている」
わたし「――」
原先生「どうして帰らなかったの?」
わたし「――」
原先生「つまらなかったら帰ればいいじゃない?」
わたし「――(1800円がもったいない)」
原先生「帰ったほうがよかったと思うね」

原先生「ふたつめの質問は?」
わたし「この映画は原教授と小林教授がおつくりになった」
原先生「はい」
わたし「大阪芸大の教授といえば権力サイドの人間でしょう」
原先生「――」
わたし「そういう権力サイドの人が反権力のサイドにまわって映画を撮るのは、
 おかしいというか、(勇気を出して)ええかっこしいが過ぎるのではないでしょうか」
原先生「あなたはね、知らないでしょうが、教授の仕事というのはね、
 カリキュラムにそって教えるとかで、権力とかぜんぜんそういうものではない。
 だから、権力とかそういう考えはぜんぜんなかったね。
 それは撮影しているときにそういうことを感じることはあったけれども、
 あなたの意見は的外れだ」
わたし「――」
原先生「みっつめの質問は?」
わたし「下品な話で恐縮ですが、
 (国に勝訴した)原告団の分配金はひとりいくらだったのでしょうか」
原先生「これは私ではなく(トークショー相手の原告団代表のひとりに話を振る)」
代表「900万円ですね。(あとは長いので割愛させていただきます)」

あとで同行したSさんから何度も、あの場でああいう質問をしちゃいけませんよ、
と指摘され、そういうものなのなのかとみずからを恥じた。
Sさんいわく、個人的に一対一の関係で言えばよかったじゃないですか?
「場の空気」があの瞬間に壊れましたよ。
そうそういったん質問が終了したあと、原先生からつけたしのように聞かれた。
「なら、あなたはどんな映画が好きなの?」
「……山田……太一作品です。……テレビドラマですが」
そのとき、こいつはバカじゃないか、
と見下した国際的受賞歴華やかな原教授の一瞬の表情の変化を見逃さなかった。
これは当方の錯覚や被害妄想だったのかもしれない。

ひとつ恩師から17年ぶりに学んだことは、自己愛をいかに高めるかの重要性だ。
自作を1800円支払って観てくれた客に「つまらない」と言われても、
「それはあなたが間違えている」と返す強烈なまでの自信、自己信頼、自己愛。
自作をわからないほうがおかしい。
こういうプライドは大学教授を数十年やっていないと持てない気もするが、どうだか。
わたしも今年、金銭的必要から短編小説をひとつ書くが、
売れるとも思っていないし(それでいいとおっしゃっていただいている)、
「つまらない」と言われたら「ごめんなさい」と謝ってしまいそうだ。
しかし、師匠の原先生いわく、そういう姿勢ではよろしくない。表現者として勉強になった。
最終講義がこの日に終了したのかもしれない。ようやく卒業式を迎えた。

「ニッポン国VS泉南石綿村」の感想は「つまらん」のひと言に尽きるが、
生産性のない言葉を残しておこう。
なぜかネットには絶賛記事しかないので、わずかながら意味もあろう。
まず3時間半は長すぎる。
あれは金銭を徴収する作品ではなく、金品を与えて観ていただく類のプロパガンダ映画。
前半はアスベスト被害者の悲惨なインタビューと死がワンパターンに繰り返される。
国家公害に苦しまされている自分たちってなんてかわいそうなんだろう。
そういう被害感情演技がわざとらしく見ていられない。
それを撮影して国家権力と闘っている自分って格好よくないかという、
撮影者の原一男監督のケチな英雄根性が透けて見え恥ずかしい。恥ずかしくないのか?
ときに被害者の庶民くさい思い出話(飲む打つ買うをやったとか)が挿入されるが、
これまた映画監督の計算が丸わかりで、こんなシーンに計算通りに笑えるかと白ける。
被害老婆のお風呂シーンとか、これで「真実」を撮影しているつもりなら認識が甘い。
障害者(脳性マヒ)の青年を路上で全裸にさせた青年時代から、
原一男の表現者根性は成長していない。
そんなものは反権力でも表現でもないと個人的には思う。
前半は被害者のインタビューばかりで、それぞれの人生があるのはわかるが、
ワンパターンで興ざめした。
横(A2)で泣いていた若い女性がいたが、あたまがおかしいんじゃないかと思った。
もしくはいまの原一男さんの愛人のひとりなのかもしれない。

休憩をはさんだあとの後半は――。
前半で長々と被害者意識を観客に植えつけておいたうえでの原告団の活躍である。
国家権力に戦いを挑んでいる国家権力の恩恵をこうむる原教授は格好いいなあ。
反権力、反体制の闘う表現者・原一男(しかし大学教授先生)。
わたしが確認できたのは1回だけだが、被害者も原さんのことを先生と言っていたから。
原一男は裁判を有利に運ぶための大学教授という権威を持った助力者だったのである。
アスベスト被害者たちが傲慢に被害者ぶり、
群れて集団で無力な少数の下っ端公務員を取り囲み詰問するシーンは、
いじめを助長する意思でもあったのか?
ふたりのまじめそうな若い役人に
連日集団で罵声を浴びせるシーンは見ていられなかった。
アスベスト被害の責任はいまの公務員にはないだろう。
それをわかっているはずなのに(わからないほどバカなのか?)、
無力で少数の決して自分たちに逆らえない公務員をいびる原告団は、
あたかも正義の仮面をかぶった悪鬼の群れのようであった。
正義のためならなにをしてもいいという阿修羅集団の面相を喜々として原は撮る。

原告の代表のひとりが弁護士と衝突するシーンは、
映画にするため(「絵」をつくるため)に
わざと原が双方をあおって(仕掛けの結果)撮影したのではないか。
弁護士とは法律の枠内において正義を実現させることを考える。
しかし、それではラチがあかない場合もある。
ならば、法律を超えて(たとえば奥崎謙三のいうような)
「天の法」に従ってもいいのではないか。
単純思考しかできない原一男はこの映画でも、
(結果的に彼を成功者(映画賞、教授、有名人)にした「ゆきゆきて、神軍」の)
奥崎謙三役を引き受けてくれる人を必要としたらしく、
原告団の代表のひとりをキャメラであおり、弁護士や警察に逆らい、
どこかの官邸(首相官邸?)に単独侵入させようとするが、自作の焼き直し感は否めない。
しかし、こういうシーンを評価するものも多いらしく、バカじゃないかと思う。
A1の席にいた美少女は原の新しい愛人か、
トークショーではやたら監督といちゃいちゃしていたが、
この少女が奥崎もどきの原告を英雄視しているようで、
若者は変なハシカにかかるときがあるのだと苦々しく思った。

たまたまそういう仕事に携わりアスベスト被害に遭うのは運が悪いとも言える。
ほかにも偶然のたまたまで運悪く難病にかかるものも大勢いる。
そういう人たちは国家からの賠償を受けられないが、
アスベスト被害者は正義面をして被害者意識を全面に出して国に抗議できる。
後半もまた退屈で仕方がなかったが、金の話がまったく出て来ないからだと気づく。
治療中の人はどこから医療費が出ているのだろう。
働けず食べていけない人はどの金で生活していたのか。
最後の最後で金の話が出てくるが、そこまでは一切出て来なかったから、
これは表現者を自称する原一男自主映画監督の生活能力の欠如の問題だろう。
結局勝訴して、原告たちはひとり約900万を手に入れるのだが、
金額に不満を持ったものもいたという。
ときの厚生大臣が公式謝罪したり、遺族を訪問する。
そのときの生活者(庶民)の無邪気な喜びを、
原はわざとらしく批判的なコメントを入れながらインタビューするが、
下層民出身の原一男は、
数十年にわたる大学教授生活でこころから生活者意識が消失したのだと思われる。

この映画を観て感動するとはどういうことだろう。
被害者の悲惨な様子を観て泣けば感動したことになるのか?
勝訴して大臣の謝罪を受け、無邪気に喜ぶ無学で素朴な庶民の姿を、
嘲笑あるいは共感すれば、この映画に感動したことになるのか?
映画評論家は挙国一致体制でこの映画をほめているし称賛の嵐は増すばかりだが、
50人しか入らない観客席にいたのは多くカウントしても30人で、
いびきをかいているものもいた。
トークショーでバカな庶民が大学教授の映画監督に「おもしろくない」と言ったら、
巨匠は「それはあなたが間違っている」と怒った。
わたしはべつに怒られているとは感じなかったが、
同行したSさんによると、
「原さんあのとき怒っていましたよ。もうああいうことはしないほうがいいと思います」

わたしがなにを言おうとだれも耳を貸さず(アクセス数なんてゼロに近い無名ブログ)、
かわいそうなアスベスト被害者を大学教授が撮影した「ニッポン国VS泉南石綿村」は、
反体制的で反権力的なマスコミ受けする名作映画で、
いままでも多くの映画賞を受賞しているが、
これからももっともっと世界中から映画賞を奪取し、作者である原一男の名前を高め、
新作を要望するファンもいや増しに膨れ上がることであろう。

原一男「この映画のよさをわからない人は間違っている」

(関連サイト)
「挑発するアクション・ドキュメンタリー 原一男」
↑現在絶賛上映中↑

COMMENT

神軍平等兵 URL @
08/13 21:56
. >当り前だが、大勢の教え子を持つ大学教授はわたしのことを覚えていなかった

これは土屋くんの勘違い。原さんは長年ツチヤケンジを忘れていたにせよ、8月11日の上映会の前にはきみのことを思い出していた。

なぜなら、あらかじめ私がこのブログの存在を原さんに教えていたからだ。

原さんは、きみのいうレイプ未遂の記事も読んでいた。「ニッポン国VS泉南石綿村」を観もせずにこき下ろす記事も読んでいた。だからこそ「あなたは事前に思い込みやなにか既成概念があってこの映画を観たのでは?」と、原さんは言ったわけだ。

きみが不躾な質問をする前から、原さんが怒っていたのは間違いない。
K園田 URL @
08/15 00:22
. あなたと原監督のやりとりがどれだけ真実かわからないけど、とても面白い!

でもまあ、その場でもっとしっかり批評を伝えないと単に喧嘩を売っただけになるよ。つまらないって言うだけじゃ喧嘩を売ってるだけだし。
自己愛とか関係なく、つまらなかったんですと言われたら、いや面白いと言い返して終わりよ。

あなたと監督のやりとりで一番の正論は「つまらなかったら帰ればいいじゃない?」だな。笑
Yonda? URL @
08/15 18:55
神軍平等兵さんへ. 

> なぜなら、あらかじめ私がこのブログの存在を原さんに教えていたからだ。

そんなことを貴方様がなさるから、事態がおもしろくなったとも言えなくもなく……ありがとうございます。

> 原さんは、きみのいうレイプ未遂の記事も読んでいた。

原先生どんな顔をしていました? あれが弟子にばれていて、揉み消してもらっていたと知って。

コメント欄って一方的で、こちらから質問しても返ってこないことが大半ですが、貴方様は違うと信じております。

コメントありがとうございます。ああ、そうだったのか、とわかりました。原さんも役者だなあ。
Yonda? URL @
08/15 18:59
K園田さんへ. 


コメントありがとうございます。
「つまらなかったら帰ればいいじゃない?」って1800円払っているんですよ。プラス往復交通費600円。
わたしのような底辺は2時間汗水流して働いても稼げない額です。
計2400円払っていたら、つまらなくても最後まで観ちゃいますよ。最後になんかあるのかもって。実際、映画のラストで知りたかったお金の話が出てきたわけです。それに最後まで観ないで感想を書くのは失礼でしょう?

まあ原一男教授のような高収入の人には1800円なんてゴミみたいなものなのでしょう。








 

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