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「英雄児」

「英雄児」(司馬遼太郎/新潮文庫)

→英雄は英雄であって英雌ではないのである。
女は英雄になれないし、男もなかなか英雄にはなれないから、
男女ともに英雄を好んで描いた司馬遼太郎の小説に惚れるのだろう。
男がなぜみな英雄になれないのかというと大人になるからである。
英雄は大人の男でありながら、なお子どもでなければならない。
英雄は女のように目先の損得勘定や世間の規範にしがたってせこせこ生きるのではなく、
少年のように野望、大志がなければならない。
天下のもとに生まれたのならば天下を取らんと欲しなければならぬ。
先日、ある女性から司馬遼太郎が好きという意外なことを教えてもらい、
理由を問うたら「だって(小説の登場人物が)男らしくて格好いいじゃない」――。
現実にはそういう男はなかなかいないが、司馬遼太郎の小説のなかにはいる。
天下を取るのをあきらめるのではなく、
虎視眈々と天命さえも逆らおうとおのれの宿命を華々しく開花させんと狙うやから。
彼が「英雄児」である。
先ごろ死刑が執行された麻原彰晃は司馬遼太郎のいうところの「英雄児」だ。
男は生まれてくる時代が悪かった。
もし生まれてくる天地人が異なっていたら彼は「英雄児」ではなく英雄になっていただろう。
仏教観的には司馬は創価学会が大嫌いで踊り念仏の一遍を絶賛していたが、
それは池田大作が天地人に恵まれた英雄であり、
天命に逆らおうと欲するも天下を取れず、
歴史という運命の奔流に巻き込まれ敗れ去る「英雄児」ではなかったからではないか。

司馬が名作短編「英雄児」で描くのは河合継之助である。
継之助は越前長岡藩の男で幕末のころ官軍に壮大な戦いを挑み敗れ去る。
この短編を読んで歴史小説、時代小説を読めないわけがようやくわかった。
わたしは河合継之助を知らないし、
そもそも当時の地名や幕藩体制といった基礎知識がないから理解できないのだ。
歴史小説、時代小説の旨(うま)みを味わえない。
しかし、司馬が「英雄児」を愛したように河合継之助を愛することならばできる。
「英雄児」はいいおっさんになってもぷらぷら遊び歩いているのがいい。
なぜそういう非常識なことができるかといえば、おのれを大物と信じるがゆえだ。
学校(私塾)に行っても、まったく当時でいう(流行の)学問をしない。
講師の指導にもまったく耳を貸さない。このため――。

「学問は、おそろしく出来ない。
出来ないというより、自己流に興味のある特別な学問に熱中しているようであった」(P11)


学校の宿題(漢詩文)など自分を慕う若年の後輩に焼き芋をおごってやらせてしまう。
劣等生であった「英雄児」を師匠と目した新米坊主の慧眼も見事である。
学校という領域では劣等生の「英雄児」は若い男に本当のことを教えてやる。

「詩だの文章だのということがいくら拙(つたな)くても、人間の価値にかかわりはない。
大体、漢学者などは、詩文がうまければそれでりっぱな学者だと
世間も自分も心得ている。そんなもので天下の事が成るか」(P12)


優等生の学友であるはるか年下の新米坊主はなるほどと理解する。

「この男の学問観は、
学問とは自分の行動の力になるものでなければならない、
というものであった」(P13)


上記の引用の「学問」を「小説」に言い換えたら司馬の小説観になるのではないか。
司馬遼太郎の小説観は、
小説とは自分の行動の力になるものでなければならない、
というものであったのではないか。
学問的理論を支柱とした純文学など小説であってたまるか。
人を揺り動かすのが本当の小説で学問高尚遊戯は小説ではない。
「英雄児」がなぜこの学校に通っていたかといえば、
たまたま図書館で発見した「李忠定(りちゅうてい)公集」を筆写するためである。
李忠定はほとんどの学者が名前も知らないような無名の中国の政治家。
「宋朝末期の名臣」らしいが、中国史はよくわからない。
「英雄児」の継之助は李忠定に惚れ込む。男が男に惚れるのである。

「ときに継之助は、幕末の物情騒然たる時勢に生きている。
――おれの生涯は李忠定だ。
と、ひそかに心を決するところがあった。
この男は自分の気質にあう書物以外はよまなかったが、
この「李忠定公集」ほど感銘したものはなかったらしい」(P17)


「英雄児」は「英雄児」に惚れ込むのである。男が男に惚れる。
田中英光は太宰治に惚れ殉死したし、西村賢太は藤澤清造に惚れ込んだし、
遠藤周作がイエスを慕ったように宮本輝は池田大作(日蓮)に惚れたし、
この理屈でいえばこの文章の書き手は一遍、
ストリンドベリ、ユージン・オニールにただならぬ影響を受けている。
司馬遼太郎は河合継之助に惚れ込み「英雄児」を書き、
のちには長編小説「峠」のモデルにするほどこの男を愛した。
女流の柳美里も太宰治に惚れたとうそぶいているが、
40過ぎまで生きて先ごろ50歳の誕生日をブログで自分で祝っていたから、
このあたりが女郎(めろう)の限界であり、その堅実な生活観は長所でもあろう。
女は英雄にも「英雄児」にもなれず、老いてババアになるだけなのだが、
そこが女のかわいさであり愛らしさであり、
男にはない女ならではの、はかなき美々しさであろう。
英雄色を好むではないが「英雄児」は足しげく商売女のもとに通ったと小説では語られる。
劣等生のフーゾク好きの中年男「英雄児」は新米小僧に女を語る。
新米坊主は朋輩にフーゾクに連れて行かれそうになり逃げ帰ってきた。
「英雄児」ならそうするだろうと思ったからである。
しかし、このあと「英雄児」がいちばんのフーゾク好きだったことを知る。
「英雄児」は15歳年下の若僧に女を語る。
自分は女を知るためにフーゾクに通い詰め、お嬢を△○◎の3つに分けた。

「これだけ買いはしたさ。しかし◎の者になると、
これは男子にとって容易な敵ではない。
おれはかねてから女におぼれるのは惰弱(だじゃく)な男だけかと思っていた。
しかしそうではない。
惰弱なのはあるいは○△におぼれるかもしれぬ。
しかし◎には、英雄豪傑ほど溺(おぼ)れるものだと思った。
溺れる、といっても、羽織を着せられて、
背中をポンとたたかれるからどうこうというのではない。
その情には、一種名状しがたい消息があり、
知らず知らずのうちに男子の鉄腸が溶けてゆく。
むしろ英雄豪傑ほど溶けやすい。(……)
だから試してみたのさ。
そのあげくの果てのつまるところが、女はよいものだ、と思った。
心ノ臓の慄(ふる)えるほどに思った。いまもおもっている」(P29)


英雄豪傑を自認する男がおぼれるのは女なのか同性たる「英雄児」なのか。
「女の敵は女」だから、女が女に惚れるということはないが、
男は男色という意味合いをまったく抜きにしておなじ男に惚れることができる。
英雄は男に惚れるべきか女に惚れるべきか「英雄児」は悩み結論づける。

「おれという人間は、自分の一生というものの大体の算段をつけて生きている。
なるほどおれの家は小禄(しょうろく)だし、おれの藩は小藩だが、
小藩なだけに将来、藩はおれにたよって来ることになるだろう。
なるほど同じ一生を送るにしても、婦女に鉄腸を溶かして生きるのも一興かもしれぬ。
しかし人間、ふた通りの生きかたはできぬものだ。
おれはおれの算段どおりに生きねばならん」(P29)


むろん、人間だれしも算段どおりに生きられるわけもなく、
そこらへんがファイナンシャル・プランナーとかいう大馬鹿どもが嫌いなゆえんだが、
「英雄児」は英雄のように算段どおりに生きられぬ、
そのところをもって男は「英雄児」になりうるのである。
英雄豪傑たらんと欲する「英雄児」たる男は女におぼれるのもいいが男におぼれろ。
大学教授とかいうステータスを用いて、
男にも女にもおぼれず(人に惚れる才能がない無血漢!)、
そのくせていよく若き女学生を毎度まいど
こまそうとする早稲田の渡部直己なんぞという卑劣漢は早く切腹しろ。
恥を知れ馬鹿者が。芸術はテクスト読解するものではなく惚れるものだ。
芸術は、人間は、人生は、批評対象ではなく、惚れ込んでこそである。
わたしが渡部直己の教え子だったら、
「じゃあ教授が小説を書いてくださいよ」といびり殺してやったことだろう。
似たような存在の江中直紀教授は大学外で喧嘩したら勝てる、と在学中は我慢して、
卒業後はつまらない人間だからすぐに忘れてしまっていたのだが、そうしたら天罰覿面。
みじめにもなんの業績もなく早死にして無名のまま犬のようにおっ死(ち)んだ。
江中直紀は男からも女からも惚れられない、すなわち行動がない、
いかにもいかにもなシャレオツなおフランス学者であった。
詩だの文章だのということがいくら拙くても、人間の価値にかかわりはない。
大体、仏文学者などは、詩文がうまければそれでりっぱな学者だと
世間も自分も心得ている。そんなもので天下の事が成るか――。
小説家の司馬遼太郎は「英雄児」河合継之助を上杉謙信に比している。

「謙信という人物は、軍神に誓って生涯女色を絶ち、その代償として常勝を願った。
ほとんど奇人といえるほど領土的野心が乏しく、
むしろ芸術的意欲といっていいような衝動から戦さをし、常に勝った。
謙信は戦争を芸術か宗教のように考えていた男だが、
河合継之助にも、気質的には多分にそういうところがあったにちがいない」(P48)


「英雄児」は英雄ではない。永遠に「ひのき」になれない「あすなろ」のようなものである。
いかに算段をつけ野望をいだいても人生はままならぬ。
しかし、そこに人ならぬ神仏の創作の手が入っているのではないか。
しかるがゆえに最後には敗北する「英雄児」は雄々しくも美々しいのではないか。
「英雄児」にして独裁者の河合継之助は強力な私兵団をつくり大勢の人を殺した。
オウム真理教の麻原彰晃なんぞの比ではないたくさんの人間を「英雄児」は殺している。
が、男は殺人鬼ではなく「英雄児」である。
男たちに告ぐ、老いも若きも男性諸君、英雄を目指す「英雄児」にならないか。
天下を取ろうという誇大妄想的な野心をせっかく男として生まれたのになぜ持たぬか。
女のご機嫌うかがいなぞしている暇があったら男は英雄を目指し、そして挫折しろ。
人生、どうせこんなもんだと思うな。ふざけんな、いまにみておれと臥薪嘗胆せよ。
十人や百人、千人だって殺してみせると不敵に不逞に不敬におのれを狂信してみないか。
殺していい理由は自分が天下のもとに殺されてもいいからである。
小市民的な女性的価値観にうんざりしているのは男性ばかりではないのだろう。
「男には男のふるさとがあるという」(中島みゆき「旅人のうた」)。

(関連記事)
「宗教と日本人 司馬遼太郎対話選集8」(司馬遼太郎/文春文庫)
「人間というもの」(司馬遼太郎/PHP文庫)

COMMENT

兜蟲ジュース URL @
07/11 09:41
. 江中直紀に何をされたんだ? 検索してみると、いい評判ばかり見つかるが。グーグルのサジェストキーワードは「江 中 直紀 天才」。何の業績もない教師が天才と呼ばれるわけはあるまい。

>「彼を専任にしないなら自分は辞めます」とまで平岡先生に云はしめた

>江中直紀という先生で、この方は文学界では天才と言われるこれまたすごい教授でした

>フランス文学者の江中直紀先生ご逝去のお知らせを聞き、涙が止まらない。厳しい厳しい方だったが、その根底には透徹した理知と高い文学への理想があるのが近くでみていてひしひしと感じ取れる、私の憧れの人だった

>江中さんは天才肌の人で、すべてを自分の価値観で対処する人だった。敵も多かった。頭の回転の早い人で

>彼は一種の天才として人々の記憶に残っていた

というか、14年前のネカマ時代から土屋くんは江中を執拗に誹謗しているな。この熱意は何だ。

「江中は殺したい。
わたしが有名になったら、
どのような権力を使っても彼を無職にしてみせる。
彼は口だけ。
労働も恋愛も感動もしたことがない。
こんなバカに給料を払っている大学のレベルが知れる(w 」
兜蟲ジュース URL @
07/11 10:01
. 単著が一冊しかない一介の教師がなんで「天才」なのか、いくら調べてもさっぱりわからん。しっかし、それはそれとして、14年前の土屋くんの発言を掘り返すと面白いね。

「たぶんそのうちわたしは世に出る」とか「彼を無職にしてみせる」とか吠えてる。14年経っても土屋くんは世に出られないし、無職になったのは土屋くんのほうだ。ワッハッハ。
Yonda? URL @
07/14 14:34
兜蟲ジュースさんへ. 

楽しそうでうらやましいです。それに一役買っている当方もまんざら無価値ではないのかもしれません。








 

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