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「真言宗のお経」

「真言宗のお経 CD付き」(双葉社)

→お経のCDが目当てで買い、
ひさびさに高校生のころからあるラジカセに入れたら作動せず、
パソコンでもいいの? と思いながら東芝のパソコンにおうかがいを立てたら、
見事お見事、聞くことがかないましたというお話。
唐の時代、(恵果の師匠の)不空が創作したという「舎利礼文」の一節が気になった。
それは――。

「入我我入」

本書の読み下し文では「入我我入したもう」だった。
大学受験時代、漢文はなぜか好きでよくやったけれど、
「入我我入」を「我に入り我が入る」と読むのが「正しい」のかどうかはわからない。
「我に入り」はいわゆる「他力」と言えなくもないだろう。
そうだとしたら「我が入る」は「自力」と言うことになる。
世界の秘密めいた宿命や運命は向こうから来るものであり、
しかしそういった目に見えない言葉にならない世界に自分から入っていくこともできる。
というか、むしろ「入我」と「我入」がイコールである。
世界の秘密たる偶然を宿命と観ずるときに(「入我」)、
自分はその見えない必然の世界に入っている(「我入」)。
「それが来たときにそこに入れ」
「それをみずから受けとめて、あえてそこに入っていこう」
「入ってくるのも入っていくのも我なんだよ」

☆   ☆   ☆

本書には葬式や法事の手順がこと細かく記されていた。
お経目的ではなく、葬式や法事のマニュアルとして有用なのかもしれない。
父にはむかしから聞いていたが2年まえあたまをやってしまったので、
先日とりあえず最新版を聞いておこうと葬式はどうしてほしいのか問うた。
やはり坊さんはいらないらしい。祖母は新興宗教の「生長の家」である。
父は墓へのこだわりが強く、ここには書けないが、いろいろめんどうくさかった。
父の葬式ってだれが来るんだろう?
母の葬式は無宗教でやって、母の友人と思しき人ふたりに声をかけたが、
あとから伝え聞いた話だと迷惑に感じていたという(香典、時間)。
精神病の母が友人と思っていた人は、みな母を迷惑に思っていたという笑い話。

わたしは母が死んだ52歳くらいを寿命として設定している。
呼ぶ人はいないから(だれもシステム上わたしの死を知りえない)葬式不要。
いちばん安いところで焼却していただき、骨はどうしてもらっても構わない。
孤独死、無縁死と聞くとみじめだが、あんがいいいものだよ。
叔父は孤独死で腐乱死体で発見されたが、いさぎよいとも思える。
ひとりとして友人はいなく血縁からも嫌われ、あっぱれ孤独死を完遂した。
この叔父は、母の味方をして、母は精神病ではないと大騒ぎをしたが、
のちには母と不仲になり、姉は精神病だからとあちこちで言い回った。
わたしは葬式で叔父を殴ろうとしたが、みじめにもぜんぶ交わされた。

しょぼい人生で終わりそうだぜ、と生まれてきたことを後悔する42回目の誕生日。
希望は来世。この世はかりそめ、本番は来世だ。
いかに自分を嘘でごまかすか? それが仏教のテクニックである。
本当は来世もなにもなくこのまま孤独と不安に苦しみながら、
ある日突然無意味に死ぬのだろう(ああ、突然死できたら!)。
血縁の死にざまを目にし耳にすると自分がどのような悲惨な死を迎えるか想像がつく。
そういう呪いの世界を生きているし、書けるものならば書きたかった。
仏教の呪術性、禍々しさ、終わらない暗さ、理不尽不合理な狂的死臭腐臭悪臭が好きでした。

COMMENT

シ也田犬作 URL @
05/27 06:55
. 夢野久作みたいな死に方が最高だね。接客中に「本日はお日柄もよく、アッハッハー」と笑いながら突然死。
Yonda? URL @
05/27 17:14
池田先生へ. 

下戸の先生にはわからないでしょうが、最高の死に方は中島らもの低階段落下死です。打ちどころが悪かったという。自業自得臭もほのかに漂い、本当にすばらしい。








 

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