「遊行の捨聖 一遍」

「遊行の捨聖 一遍」(今井雅晴:編/吉川弘文館)

→現在の一遍研究の権威者が一堂に寄稿した書籍である。
「おまえも偉いことを認めるから、おれが偉いこともしっかり認めろよ」という本。
掲載の順番で格を示すとか、先輩後輩関係をしっかりさせ、
新入りの紹介をするなど、それを言ったらおしまいだが、
読者に向けて書かれた本ではないような気がする(ごめんなさいであります)。
40を過ぎてうすうすわかったけれど、学問の世界も仏門もそういうシステムなんだよねえ。
新しい主張をしてもよほど強いバックがいないとまったく相手にされない。
長老(中村元)がいらして彼は神聖化され、
子分たちが先輩後輩のいじましい関係を生きる。
長生きしたら少しずつミリ単位でポジションが上がっていくシステムになっている。
また創価学会の婦人部さんからメールで叱られたけれど、
学会の座談会に参加してみたいってそんなにおかしいことなのかなあ。
壮年部の面談を受けろって言われて、ハイ構いませんと答えたのにNG。
面談を受けるとか値踏みをされるってことなんだからそうとう屈辱的なことなんだよ。
座談会くらい、ほいさって誘ってくれないもんかねえ。
浮間舟渡にも学会員さんは生息しているんでしょう(北赤羽に会館がある)?
気楽に誘ってくださればいいのに、
いまの創価学会は(よく知らないけれど)ライオンズクラブみたいなの?
一見さんお断りの紹介なしでは行けない高級料亭なんですか創価学会は?
なにが庶民の団体だよ。
「信心がまだ足りない」とか言われたって、
そもそも座談会や勉強会に行かなきゃ、
雰囲気や教えもわからないじゃないですか?

コメント欄で言われた。
「いまのおまえは無職で貧乏な中年男。役立たずだから創価学会はいらない。
もし入りたければ土下座でもしろ」って、なぜか神戸の山口組のヤクザさんに。
誤解しているのは、まず見なきゃならないじゃないですか?
入るとか入らないは座談会を何回か経験したあとでしょう?
昭和初期のあれな時代じゃないんだから、いきなり入れ、よしOKはダメでしょう?
「来るもの拒まず去るもの追わず」がいい宗教だと思うなあ。
一遍は入信者を拒んだことがないわけではないが(あじさかの入道)、
基本的には「来るもの拒まず去るもの追わず」だったような気がする。
一遍の時宗に参加するようなものは、ほかでは相手にされないものばかりだったから。
あまりにも美少女の度が過ぎて、
13歳のころから村の若い衆にまわされ知能に障害を持ってしまったもの。
指が五本以上あるものや(20本!)、ふたなり(両性具有者/半陰陽)。
そのふたなりがとびきり美しく、
いまのAKBなんか比較にならぬほどロックでフリーで淫猥な踊り念仏を舞うのである。
破れだらけの貧相な法衣からは、見えてはならぬものもちらちら見えたことだろう。
わたしは一遍時宗集団は見世物小屋の巡礼のようなものだったと思う。
親から捨てられた不具や片輪は一遍の南無阿弥陀仏に救われたのである。
人間、明日死んでしまうかもしれない。
死んだら上質覚醒剤をはるかにオーバーするハッピー極楽世界に往ける。
ならば、なぜ全身で喜びをあらわさない? いいから、踊れ! もっと踊れ!
もっと過激に、もっと自由に踊れるだろう! それが一遍の南無阿弥陀仏だ。

ならいまも細々と残っている時宗へ行けと言われそうだが、
あそこはもう完全な伝統仏教になり、言葉は悪いが死んでしまっているのである。
去年、一遍ゆかりの寺に踊り念仏を見物しに行ったが、
住職はまろやかな常識人で妻子もおられ、それを壊すってわけにはいかない。
どうせ一遍業界(長老先輩後輩)からは、わが解釈は誤りだとされるだろうし。
いま長老的になっていない本当の宗教家などいるのだろうか?
日本戦後史でいちばんおもしろいのは創価学会の大躍進なのである。
現世に絶望したひとりの庶民の座談会に参加したい――。
こんなわずかな願いでさえ上のハンコをいくつも必要として、結果否となるのか?
そこまで創価学会は官僚主義になったのか?
わたしは仏を信じている。
一遍が熊野詣でをしたとき律宗の坊主が念仏札を受け取ってくれなかったことに悩む。
律宗の僧侶は仏は信じるが、阿弥陀仏はどうも……と言ったようだ。
その晩、一遍は熊野神社の神から夢告(託宣)を受ける。
おまえの南無阿弥陀仏がもろびとを救うと思うなよ。みんな救われている。
このとき一遍はあらゆる神や仏が同一の絶対存在であることを身をもって知ったのだろう。

わたしは一遍とおなじで神も仏も信じている。大きなものを信じている。
インドに行けばヒンドュー教の神に礼拝するだろうし、
ミャンマーに行けば小乗仏教の仏さまに深くこうべを垂れるだろう。
キリスト教の教会に入ればイエスに祈るだろうし、モスクに入ればアッラーに祈る。
今年はまだ行っていないが初詣に行ったら日本の神々に祈る。
海外で宗教はなにかと問われたら、胸を張って仏教徒と答えるだろう。
学会員の庶民とか、本当は本部職員が大嫌いなんでしょう?
こっそり座談会に参加させてくれるところがあったらご連絡ください。
男子部でも壮年部でも。東京近辺で。
いまの婦人部の方はブログ「本の山」が大嫌いらしいので。
いつから創価学会の座談会は高級クラブのようになってしまったのだろう。
池田先生が泣いているぞ!

yondance1976@gmail.com
080-5188-7357(土屋顕史/自称一遍研究家/日蓮大聖人さまに偏見なし)

COMMENT

戸越銀座 URL @
02/06 14:52
. 土屋顕史で検索するとサジェスト候補に「シナリオセンター」が出てくる。そこをクリックすると、きみとシナセンのトラブルの経緯がわかるのだから、どこの団体でも土屋くんの受け入れには難色を示すだろう。要するにきみは札付きというわけだ。「トラブルメーカーの土屋顕史」のレッテルは一生ついてまわる。

事なかれ主義とは程遠い小谷野でさえ「猫猫塾にあいつが来ると困ると警戒していた」と言ったぐらいだから、相当なものだよ。
Yonda? URL @
02/06 15:47
戸越銀座さんへ. 

えええ、おれ伊藤さんから猫猫塾に誘われたよ。金も払ってやるって。小谷野さんがあなたを呼んでいるって。伊藤さんたら、劇を起こそうとしたんだなあ。

「小谷野も恐れる男」って名称に喜ぶぼくはバカなんですか? 春日武彦先生はやさしくご本を送ってくださったけどなあ。
戸越銀座 URL @
02/06 15:57
. えっ、ロスメルスホルムは土屋くんの知り合いだったのか。それはびっくり。どこで知り合ったの?
Yonda? URL @
02/06 21:25
戸越銀座さんへ. 

えっ、あの大手不動産屋、大富豪の息子のルカこと伊藤さんが、ロスメルスホルムなの? っていまはだれが、ロスメルスホルムか忘れちゃったけれど。どんな役割をした人だったか。

絶対無理だとわかっているけれど、作家の坂本葵さんと付き合いたいなあ。3人が3人ともそれを小説に書けるでしょう? ――芸術至上主義♪








 

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