「一私小説書きの日乗 憤怒の章」

「一私小説書きの日乗 憤怒の章」(西村賢太/角川書店)

→結局、作家生活って幸福なのかなあ、といまさらながら考えさせられた名著。
作家で生活するってそこまでおもしろいことなんだろうか?
むかしは古臭い作家の日記を読んで、たいそうあこがれたものである。
しかし、現代文学の旗手、われらが兄貴、西村賢太氏の日記を読んでも、それほど――。
要するに作家は人生体験や読書体験という貯金がなくなると書けなくなるわけでしょう?
それでも作家だから書くのだが、
作品は編集者や編集長からダメ出しをこれでもかと食らう。
作品も人権意識が過剰なご時世、ほぼ書きたいことが完全に書けるということはない。
西村兄貴はサラリーマン根性をバカにしているが、
この日記で作家は同業界の人の本をべた褒めしているので、作家の世渡りを知る。
やたら古株や自分に目をかけてくれたものへの賛辞を繰り返し、
小説を書けない書けないと言いながら、高い税金を払い、
毎日おなじようなことを繰り返し、おなじような文体で生き、ささいな自己充足をはかる。
著者が業界の大御所、ビートたけしを描写する文章からは、
作家自身がバカにするサラリーマン根性以上のサラリーマン精神を感じたものである。
賢太兄貴はいまよりも、たぶん「苦役列車」の時代のほうが幸福だったのでは?
弟分の当方としては、いまけっこうな肉体労働をしているつもり(絶対女性不可)。
7時間で(重い?)パチンコ台を620運び、内部を簡単に処理して、
人力でベルトコンベアーに流す作業がどれほど辛いのかはわからない。
あんがい楽勝なのかもしれないが、こちらの軟弱な身体は悲鳴をあげており、
あざも痛みもけっこうあるが、思うのは、これはいわば修業で、
この軽作業(じゃない!)をあと3週間続けたら(短期派遣)、
わが男性性も復活して女性をレイプできるような凶暴性も再生するのではないか?
肩や腕に筋肉がつき、身体が引き締まれば女を支配したくなるのではないか?
わたしは西村賢太を非常に女性性の強い作家だと正体を疑っている。
ホテルに顔もわからぬ売女をよびつけて射精できるほど男性性は強くないと。
知らない人といきなり性行為におよぶのは本が好きな男にはできないと思う。
女性は身体をあずけるだけだから(マグロというらしい)繊細なものでも可能な商売だろう。
賢太兄貴は高額納税者となったいま幸福なのだろうか?
もしかしたら顕史(わたし)は苦役時代のいまがいちばん幸せなのかもしれない。

COMMENT

浅倉麻由子 URL @
08/26 17:17
. まちがい→知らない人といきなり性行為におよぶのは本が好きな男にはできない

せいかい→知らない人といきなり性行為におよぶのは土屋顕史にはできない

体が疲れると考えるのが面倒くさくなり、バカになるでしょう? 

昔の土屋さんのブログが冴えていたのは、肉体労働をしていなかったため、あるいは肉体労働をしても疲れが溜まらないほど体力があったため、ではないでしょうか。








 

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