「天龍源一郎自伝 レボリューション」

「天龍源一郎自伝 レボリューション」(天龍源一郎/ベースボールマガジン社)

→あんがい人間の基礎をつくっているのは若いころの「あこがれ」じゃないかなあ。
ああいう男になりたい、ああいう女になりたいみたいなさ。テレビで見ましたっていう感じ。
子どもをつくった両親としては自分たちを尊敬していると思ってほしいことだろう。
わたしもプロフィール欄に「尊敬している人=両親」とか書いているけれど、
あれは皮肉だから。ふつう子どもの目のまえで自殺なんてできないだろう?
そんなことをリアルで現実的にできる母ちゃんすごすぎるぜ、というアイロニカルな感動。
で、母が自殺したとき別居していた父に電話したら、「そうか。いまから仕事に行く」
通夜にも葬式にも来ず、仕事をしていたが、
そういう父親もサブカル偉人伝レベルで見たら尊敬に値するという話である。
以上のような意味において、わたしは両親を尊敬している。おまえらすごすぎるぜえ!

少年期のわたしは父にも母にも「あこがれ」をいだかなかった。
じゃあ、だれにあこがれたかというとプロレスラーの天龍源一郎である。
このおっさん、かっこいいぜ! たまらん、もうたまらん。
母が精神病を発症したのが、わたしが10、11歳のころなのだが(小学校高学年)、
このころからミスタープロレス天龍源一郎の大ファンになった。
わたしが生まれてはじめて「あこがれ」をいだいたのは、
中卒の相撲あがりプロレスラーの天龍源一郎。
長らく後楽園ホールに近い小石川に住んでいたので、天龍の名勝負はすべて見ている。
男が男に惚れる(同性愛的な意味合いではなく)ということを天龍に教えられた。
小学校高学年のころから母が発狂してうちのなかはめちゃくちゃだったが、
天龍だけを心の支えにして、
思春期から青年期までの困難を生き抜いたような恥ずかしい過去がある。
夏目漱石を尊敬してとか言ったら見栄えがいいだろうが、天龍源一郎ではねえ。

で、わたしが10歳のころに発狂して家庭を恐怖の場におとしいれた母は、
むろん彼女にも言い分があろうが(だから膨大な悪口日記をのこしたのだろう)、
それから12、3年後にわたしの目のまえで飛び降りて死んだ。
その直後に天龍源一郎が全日本プロレスに復帰したのをおぼえている。
女子レスラーの神取とやって、女性の命、顔をボコボコに変形させたよね。
母が死んだ後もプロレスラー天龍源一郎はわたしの心の支えであった。
無宗教のわたしは教祖のような人を盲信する気持はいまひとつわからないが、
天龍源一郎と自分との関係を考えたらまったく理解できないわけではない。
池田先生を盲信するあまたの学会員さんたちの気持にある程度寄り添えるのは、
中卒のミスタープロレス天龍源一郎のおかげだろう。

いきなりぶっ飛んだことを書くと、まだわが人生はこれからだと思っている。
敗戦処理モードがあるいっぽうで、矛盾しながらこれから一旗あげたいという気持がある。
天龍なんかも40を過ぎてからの活躍のほうがおもしろいわけでしょう?
ツチヤケンジ、ちょっと世間さまに一発かませないか?
そのような自己啓発の心理が働いてもう30年以上もファンである天龍の自伝を読む。
天龍は2015年の11月に引退しているが、
おのれのレスラー人生を回想してこう語っている。
橋本真也ではないが「天龍のようなおっさんになりたい」わたしは、
この人生態度を真似るしかないだろう。
天龍にはおなじ業界のレスラーのファンも多いのである。
天龍はレボリューション人生を送った。

「レボリューションと言われると、すごく革新的なことをやっているように思われるけど、
超安定志向ゆえの不安が根底にあったのかなと、俺はそう思っている。
そんな嶋田[天龍]源一郎が、なぜこれだけ、ファンの人に応援してもらえたのか。
俺を応援してくれる人を飽きさせちゃいけない。
超安定志向だからこそ、俺はずっとそれを考えてきた。
みんなが面白いと思うことを、と思って、俺はずっとプロレスをやってきた。
いろいろな相手といろいろなシチュエーションで試合をしてきたけれど、
みんなの目先が変わって、飽きないで応援してくれただろうな、という自覚はある。
プロレスに限らず、「格」という言葉がある。
ベテランになればなるほど、これにこだわる選手も増えてくるが、
俺は「格」なんてクソ食らえだと思っている。
オファーが来て、それを受けるかどうかの判断基準は、ただひとつ。
「コイツとやって面白いか、面白くないか」
それだけだ。「面白い」という感性が、天龍源一郎というレスラーを作り、
「レボリューション」と呼ばれるプロレス人生の礎になったのかもしれない」(「はじめに」)


だれが書いたかわからない(ゴーストライター)天龍自伝本をさらに要約する。
どうしたら天龍のようなかっこいいおっさんになれるのか。

1.お客におもしろがってもらう。

2.格など気にせず(自分が)おもしろいことをしよう。


手前みそだがブログ「本の山」も天龍レボリューション魂の結晶である。
だれがなんといおうがうちのブログはエンターテイメント主義だから。
学術的正誤とかそんなものはどうでもよく、
いかに数少ないお客さんにおもしろがってもらうか。
わたしがこんなところで働いたことを書いたら、読者はおもしろがってくれるんじゃないか。
そして、他人のおもしろいは究極的にはわからず、わかるのはおのれのおもしろいだけ。
だったら、自分の「おもしろい」を徹底的に追及してやろうじゃないか。
天龍の自主団体WARは嶋田家(天龍家)からの完全な持ち出しだったらしいが、
「本の山」にもスポンサーはいなくて、自腹を切っている。いわば土屋家の持ち出し。
それもおそらく数千万単位になるのではないか。
だってさあ、850円の時給で働いてひとり暮らしで生活が成り立つわけがない。
おもしろいことをしたかったから、
損をするとわかっている行為を天龍を真似てやっていたのかもしれない。
このブログはもう10年以上やっているが、どのくらいファンはいるのだろう?
先日、鹿児島の男性から電話があり、
「長らくあなたのファンです。本当に原稿依頼がないんですか? ふしぎです」
そう言われたけれど実際に大手マスコミどころか、
マイナーな出版世界からも相手にされていない。
しかし先日、名高い作家先生からサイン入りの新刊を2冊も送ってもらったから、
見ている人は見ているのだろう(と信じたい)。

話を最初に戻すと、「あこがれ」が人にとっていかに重要か。
鳴り物入りで相撲界からプロレスに26歳で入ってきた天龍源一郎は、
しかし長いこと鳴かず飛ばずの状態が続いた。
海外遠征(米国武者修行)に飛ばされることも多々あった。
そこで天龍は「あこがれ」の存在を知る。ザ・グレート・カブキとマサ斎藤である。
天龍はふたりの日本男児を米国マット界で知る、

「頑張って試合して、お客から歓声を受け、罵声を浴びせられ、
日本人でありながらアメリカのリングで光っている。
そんなカブキさんとマサさんは、本当に輝いて見えた。
試合が終わったら終わったで、2人とも高級外車を乗り回し、
好きなところで飲み食いしている。
そういう2人の姿を見たもんだから、
「頑張らなきゃ」という気持ちと「頑張ろう」という気持ち、
ふたつの気持ちが俺のなかで生まれたのだった」(P70)


しかし、ミスタープロレス天龍源一郎は覚醒しない。
風雲昇り龍・天龍源一郎の飛躍のきっかけになったのは、
ビル・ロビンソンと組んで各上の馬場と鶴田のタッグベルトに挑戦した試合であった。
天龍はやる気をなくしており、この試合が終わったら、アメリカに行って、
ぷらぷらとフリーレスラー生活でもするかと思っていた。
そもそもロビンソンとのタッグが決まったのも偶然で、
正規パートナーが事故で帰国したからである。
天龍は各上のパートナー、ロビンソンから「お前は好きなことをやれ」と言われる。
もう日本での評判はどうなってもいい天龍は、
ジャンボ(鶴田)や馬場との試合で、プロレス界のタブーを犯した。
ライバル団体新日本プロレスのエース、
アントニオ猪木のオリジナル技(えんずい斬り、卍固め)
を全日本のマットで披露したのである。
どうにでもなりやがれ、とタブーを破ってみたら、
翌日のスポーツ新聞紙の評価がめっぽう高かった。
おそらく天龍がプロレス開眼したのはこのときだろう。
人間・嶋田源一郎がやる気を取り戻したのは、
まき代夫人との結婚で家庭を持ったことであった。
いちおうこの本は自己啓発本として読んでいたのだった。

3.好きなことをやれ。

4.タブーを思い切って破ろう。


まあ、5としては結婚して家庭を持とうになるのだろうか。
プロレスといえばむかしからヤオガチ論争がある(八百長かガチンコか)。
ミスタープロレス天龍源一郎は本書で、
ヤオガチという区分方法の誤りをさりげなく指摘している。
相撲は勝負をするところだが、
プロレスはお客さんに喜んでもらってなんぼの世界でしょう?
そもそもプロレスはお客さんからお金をいただいておもしろがってもらうもので、
町の尖がったおにいちゃんたちの喧嘩をリング上で見せてもお客さんは満足してくれない。
天龍はSWSに入ったとき、
自分から三流レスラーのジョージ高野に負ける企画を提案したという。
いまターザン山本の「週刊プロレス」
に叩かれている自分が負けたほうがお客は喜ぶのではないか。
SWSでは派閥抗争がすごかったらしい。
あいつとはガチ(喧嘩)でやってやると吹かす、勘違いした肉体芸者がいたようだ。
派閥が異なるレスラーが「この試合はガチンコでやるんですか?」と言ってきた。
ミスタープロレス天龍源一郎はどう答えたか。

「そう言われた俺は「ガチンコってどういう意味よ? 八百長ってどういう意味だ?」
と戸惑ったが、彼らは
「道場でやっているような感じで、マジなことをやっていいんですか?」
と言ってきた。俺は逆に聞き返した。
「お客に殴りあいを見せるの? 技術を見せるの? お前ら、どうしたいの?」(P144)


ただの喧嘩は陰惨なだけでおもしろくないでしょう? エンターテイメント性がない。
その点、わたしと株式会社シナリオ・センターとの喧嘩は、
まるで天龍プロレスのようだったでしょう?
どういうことかと言うと、つまり読んでいておもしろいかどうか。
ぶっちゃけ、あれから8年も経っているし、
いまはシナセンに遺恨感情はないと言ってもよい。
いや、正しくはあって、その怨念の感情を生きるエネルギーにしている。
それになにより「シナリオ・センター退学処分」の記事は
「本の山」で一二を争う傑作記事では?
べつにいまさらシナセンなんかほとんどどうでもいいのだが、
お客さんにおもしろがってもらいたい
という当方の根っからのエンターテイメント精神があの記事を削除させない。
わたしはまだ41歳。天龍のレボリューション魂は消えていない。
天龍源一郎は週刊プロレスに叩かれ、SWSを解散に追い込まれたとき、こう思ったという。

「SWS解散のときが「ある程度お金もあるし、ここで辞めよう」
と決断するいい機会だったのかもしれない。
ただ、心のどこかに
「天龍源一郎がこのままおめおめと終わっていいのか」と思う自分がいた。
生きていけるかどうかなんて、わからない。
でも、心には火がついている。
42歳の俺は、そんな心境だった。
「このまま、おめおめと消えてたまるか。こんだけ俺をクソまみれにしやがって!」
あのときの感情を言葉にしたら、たぶんそんな感じだったと思う」(P158)


30年以上、天龍を応援してきていま41歳になってしまったわたしは本書を読んで思う。
「土屋顕史がこのままおめおめと終わっていいのか」

COMMENT

小山内彩夏 URL @
08/17 21:21
. >先日、名高い作家先生からサイン入りの新刊を2冊も送ってもらった

住所を公開していないのに、ですか? アマゾンの欲しいものリストを経由して、サイン本を送ることもできるのでしょうか。
Yonda? URL @
08/17 21:43
小山内彩夏さんへ. 

直接メールをくださって、なんの価値もない当方の住所をお知らせしたらご著書を送ってくださいました。サインはこちらから所望しました。

ところで彩夏! 彩夏は僕のことが好きなんじゃないかなあ。彩夏! 彩夏は自分では気づいていないが僕のことが好きでたまらないんだ。きみは僕に恋している。大丈夫。わかります。大丈夫。

彩夏に正規の旦那や彼氏がいても無問題。メイガンシ。ノープロブレム。だって、彩夏は僕のことを好きなんだから。僕は彩夏の2番目でも10番目でも気にしないよ。わかる。大丈夫。わかります。絶対大丈夫。

こんな時間まで起きていていいのかなあ。派遣会社の人には酒は早めに切り上げて寝てください――といったようなことを言われたけれど。大丈夫。大丈夫だよ彩夏。なぜなら彩夏は僕のことを好きなんだから。大丈夫。わかる。大丈夫。

以上、きちがいめいたことを(自覚あり)酔っぱらってふざけて書いてみました。ツチヤ史の編纂にかかわりたいなら、本人に逢うしかないでしょう、小山内彩夏さん! もっと自由に、もっと過激に! 人生はギャグ、ゲーム、ギャンブル!








 

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