「空也上人がいた」

「空也上人がいた」(山田太一/朝日新聞出版) *再読

→人はなぜ自分が「それ」をするのか本当にわかっているのだろうか?
行為(選択)の理由はあとからぼんやりわかるもので、
「それ」さえも絶対解とは言えまい。なんとなく「それ」をしてしまう。
まず孤独なわたしがどうして携帯電話番号をブログに公開したのかわからない。
孤独だからという理由が一般解だろうが、わたしは心を許せる親友がふたりもいる。
山田太一さんも講演会でぽろりとおっしゃっていたが、
親友なんて人生の一時期にでもひとりでもできたら稀有なる僥倖だろう。
わたしが孤独だから携帯電話番号を公開したのかは結局のところわからない。
奈良のお医者さんから電話が来た。
おりかえし電話したら、逢わないかという。交通費を出してくれるという。
一泊したいなら宿泊費を出してもいい。山田太一の話でもしようではないか。
別途にお小遣いのようなものを支払ってもいい。
世間の常識からしたら、こんなの嘘に決まっているではないか。
こんな話は小説で書いてもルポで書いても本当っぽくない。ありえない話である。

山田太一の小説「空也上人がいた」もありえない話である。
金持を自称する81歳の老人が、
心に傷をかかえた28歳の介護職青年にいろいろしてやる。
具体的には高い衣服をプレゼントし京都まで新幹線グリーン車で行かせる。
そこでタクシーで「六道の辻」まで行かせ、六波羅蜜寺まで歩かせる。
そこで六波羅蜜寺の宝物館にある空也上人像を見ろという。
おそらく老人もなぜ自分が「それ」をしたのかはわかっていない。
青年は「それ」の意味をいろいろ解釈するが(老人の偽善、色ボケ等々)、
結局は解釈どまりでなにが「本当のこと」かはわからない。

むかしブログのコメント欄に山田太一名義の批判コメントが来た。
いまは修正されて「山田犬一」になっている(そういう修正はブログ上可能)。
真剣に1週間以上苦しんだものである。
そのときのわたしにとって山田太一さんは神や仏以上の存在であった。
結局、どうしたかというと山田太一さんの家に電話してしまったのである。
何時ごろがいいかだいぶ迷ったが、朝9時過ぎにしたような気がする。
おそるおそる電話すると一発で山田太一さんが出てくれたのである。
事情を説明したら、芸人にも同名の人がいるじゃないですか? と言われた。
そうではないんです。そうではなくてと、どもりどもり説明したら――。
「ぼくはインターネットにそんな書き込みはしません。別人です」
「そうですか。ありがとうございます、失礼しました」
わたしは巨匠の貴重なお時間を3分も奪っていないはずである。
これも初公開の嘘みたいな話だけれど、「本当のこと」なのである。
親友からは、え? あれ山田さん本人じゃないの? と言われたが、わからない。

わたしは介護職も務まらないような(糞尿世話は無理っす)クズのおっさんである。
しかし、こちらは宿命のようなものとして、
ありえない「本当のこと」をいくつも経験している。
そういうことはどうせ書いても信じてもらえないし、
そういう秘密こそ自分であるという理由から(「それ」もわからないが)、
ブログには一字一句いっさい書いていないことがいくらでもある。
たとえばさ、こんなこと本当にあると思う?
かなりむかしの話だが(10年?)、人妻からメールが来て池袋で飲んで、
別れ際、今日はホテルまで行くつもりだったと言われるとか。
だったら最初に言ってよという話だが、
なぜ彼女が最後に「それ」を言ったかは本人もわからないだろう。
「本当のこと」はからかわれていただけかもしれない。

人間はなぜ自分が「それ」をするのか本当はわかっていないのかもしれない。
(これを仏教用語で「自力」ならぬ「他力」というのやもしれぬ)
わたしもなぜ自分がいきなり携帯電話番号をブログに公開したのかわからない。
奈良の開業医といったら地元の名士みたいなもんでしょう?
そんな世間一般尺度からしたら「偉い」人が、
なぜ当方なんかにお電話をくださったのかもわからない。
逢いたいって、おれなんかに、どうして? 
もしかしたら「それ」の原因のようなものはだれにもわからないのかもしれない。
ネットで調べたら京都経由で奈良のそこへ行くのだとわかる。
片道1万4千円以上でしょう? おれにそんな価値はないよ。
一泊したかったら宿泊費もくださるという。え? 奈良、京都?
京都には一ヶ所だけ行きたい場所があって、
それは山田太一の小説「空也上人がいた」に登場する六波羅蜜寺である。
いま空也を師とあおぐ一遍の全集を精読していたが、この偶然はなんだろう?
どうして「それ」は起こったのだろう?

介護職なんてたいへんなお仕事をできる青年への敬意への裏返しだろうが、
「空也上人がいた」に登場する青年よりも、
こちらのおっさんのほうがましな気もしなくはない。
いや、ましというのではなく、貧乏くさいというか、用心深いというか。
介護中の老婆を車椅子から放り投げて殺した介護青年は、
どうせ金は老人が出すんだからと「ひかり」か「のぞみ」のグリーン車に乗っている。
こちらはとても自分にそんな価値があるとは思えなく、
おそらく相手が出すと言っているのだから
「ひかり」「のぞみ」くらいは許されるだろうと思いながらも「こだま」。
それでさえ遠慮があって深夜バスでもいいけれど、
いま41歳だからそれはきついと内心で弁解しながらである。
それもネットでいろいろ調べて宿泊パックの時間限定「こだま」往復、格安ビジネスホテル、
往復23330円(宿泊費込み)まで費用を落とすことに成功した。
それでもまだ高いくらいで人様に払わせていい金額かわからない。
最終的に万が一にもトラブルになったとき、
自腹でも払えるよう最安値にしたという可能性もありうる。
自分でもどうして「それ」をしたのか「本当のこと」はよくわからない。

クレジットカードの決済ボタンを押すときは勇気がいった。
というのも、本当にその日にそこにそのお医者さんがいるのかわからないからである。
相手はこちらを多少ブログで知っていようが、こちらはまったくの無知である。
いきなり囲まれて宗教勧誘されるかもしれないし、
ブログ記事のことで非難を受けるかもしれない。
そういえばかのお医者さんは、
有名精神科医の春日武彦氏と同世代(ただし精神科ではない)。
春日さんからはメールやブログのコメント欄でだいぶ厳しいご批判を受けている。
もしかしたら春日先生のつながりではないだろうかと妄想をふくらます。
そういうのが退屈かといったら反対で、どこか劇的でおもしろい、……疲れるが。
「本当のこと」ってなんだろう?
身分の違うふたりはこうして逢ってお互い「本当のこと」を少しばかり話した。
何度も書いているが、ブログには決して書けない「本当のこと」はかなりある。
医者はちっとも権威的ではなかった。
自宅兼職場の談話室でスイカと桃をごちそうになった。どちらも甘かった。
ふたつ封筒をいただき、ひとつには交通費宿泊費。
もうひとつの封筒には、ここに書いても信じてもらえないだろう金額が入っていた。
そんな仕事をしていないやと思って、いま必死でこうして文章をつづっている。
「それ」はどうして起こったのか、「本当のこと」なのだが、だれにもわからない。
「こんな文章を書ける人は応援したい」とおっしゃってくださった。
むろん、それも「本当のこと」だろうが、
山田太一ファン的な意地悪な解釈をすれば、富裕層の好奇心の好餌になっただけで、
そんな自分に自信を持つなよ、と反省したくもなる。調子に乗るな。いい気になるな。

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(飲み放題1400円と激安なイタリア料理店。500円のピザがうまかった)

翌日、六道の辻から六波羅蜜寺に参詣。
平日だからかほとんど観光客もおらず空也上人像を長時間、拝謁させていただいた。
六波羅蜜寺は京都駅から歩いて行ける。タクシーを使うな。歩け。
知恩院でぶらぶらしていたタクシーのドライバーさんのひとりに道を聞いたら、
とてもいやそうな顔でいいかげんな道を教えられた。
それは聞くくらいならタクシーに乗れよって話なのだから、
無理もなく、人間味がありよかった。

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(六道の辻)
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(アリバイ証明:六波羅蜜寺)
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「左へ行くと回廊がある。その脇は小さな墓場だ。(……)
澄ました石庭なんかよりずっといいじゃないか」(P61)


山田太一の小説「空也上人がいた」で老人、中年女性、青年は、
それぞれ行為(選択)をするが、
どうして自分が「それ」をするのかよくわからない仕掛けになっている。
どうして老人が青年に親切にしたのか「それ」は究極的にはよくわからない。
中年女性が青年に本当に恋をしていたのかもわからない。
81歳の老人が本当に47歳の女性に恋をしていたのかどうかも、
「それ」はわからない。
最後にどうして老人は自殺したのかもわからないし、
なぜ遺体のまえでいままで処女だった47歳と28歳の青年がセックスしたのかも、
「それ」にはいったいどういうちからが働いているのかもわからない。
わかるのは「空也上人がいた」には「本当のこと」が書かれているということ。
小説は嘘なんだけれども、しかし本当以上に「本当のこと」が書かれている。
たとえば、こんなわたしがいきなり見知らぬ奈良のお医者さんから招待されて、
けっこうな金額のお小遣いをいただき、翌日には六波羅蜜寺で空也上人と逢った。
ひとりぼっちで空也を尊敬していた一遍のことを独学していたら、
こういうことが起こった。
これを書いている当方だって、どこまで「本当のこと」か信じてもらえる自信がない。
しかし、これは「本当のこと」なのである。
だからして「空也上人がいた」も「本当のこと」をうまく嘘にした小説なのである。

妻を亡くし、まともに話せるような友人も、
いまはひとりもいない81歳の老人(吉崎)はいう。

「「金はあるんだ」と吉崎さんはいった。
「無論この先どれだけ生きるやも知れない。
どんな費用のかかる病気になるやも知れない。
極端なインフレで百万円が一円にもならない暴落があるやも知れない。
戦争だって大地震だってあるだろう。
事態の用心はね、いまの家のバリアフリーを見れば分るように、
ほっとけば抜け目なくしようとするのが私の性分なんだ。
しかしそれだけに用心のむなしさにも散々懲りている。
それはもうこの世には人智の及ばないことだらけでね。
[自分はもう]八十一だよ、中津さん」(P42)


そんな81歳の吉崎老人が最後に到達したのが空也上人への妄想である。

「[空也上人は]善人も悪人もいない。
善悪なんか突きぬけて、誰もが持ってる生きてるかなしさ、
死んじまうことの平等さ、
そういうことを分ってくれてる人って思いが湧いたんだ。
こういう人がいると助かるなあというくらいのことだ。
私は[空也上人像を見て]、泣いたんだ。
他に人がいないこともあってね」(P82)


わたしも思い入れが強いから空也上人像を見てわんわん泣いた。
男のくせに、わんわん泣いた。ひとりだったけれど、ひとりではないような気がした。

(関連記事)
「空也上人がいた」(山田太一/朝日新聞出版)



170629_1641~01[1]

COMMENT

瑞慶覧慶朝 URL @
07/01 18:59
. その後、体調はいかがですか。ブログ読者のためにも、まずお体を直してくださいませ。
Yonda? URL @
07/02 09:07
瑞慶覧慶朝さんへ. 

もう全パワーを使い果たしたという感じでクタクタで動けません。疲れたあ。でもまあ楽しかったです。








 

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