「捨てた夢プレイバック」

「捨てた夢プレイバック 「ふぞろいの林檎たち」より」(山田太一/飛鳥新社) *再読

→山田太一ドラマ「ふぞろいの林檎たち」1~3までから選び抜かれた名セリフ集。
ふぞろいの林檎(りんご)たちってすごいよね。
高く売られる林檎として生まれなかったから、もうどうしようもないのに、
ふぞろいはふぞろいながら林檎のかたちをキープしながら世に自分を売り出していく。
埼京線の通勤ラッシュに乗り合わせると自殺したくなる。
この人たちはみんな「いい」を目指して、こんなに毎日苦労しているんだなあと。
学生はいい学校、社会人はよりいい会社、
いい配偶者、いい子ども、いい老後、いい人生。
よくバカらしくなんないなあと。
どうしてふぞろいの林檎たちは埼京線にダイブしてジュースにならないんだろう。
こういうことを駅から工場まで車で送ってくれる派遣会社の社員に言っちゃうおれが、
そこまで偉いのか、正しいのか、すごいのか、
むしろふぞろいの林檎たちにさえなりきれていないじゃないか。
派遣会社の部長さんなんかほぼ365日間働いているわけよ。
小さな会社で部長と呼ばれて38歳で結婚していて共働きで新婚旅行はイタリアで。
派遣先会社の社員からも(わたしもふくめて)派遣さんからも評判がいい。
貫禄がある、なんていう評価を聞いたことがある、小さな会社の部長さん。

去年勤務していたところの副工場長45歳もふぞろいの林檎たちだよなあ。
すっげえあたまの悪い高校を出ていて、
同級生の女子と10年近くてんやわんやがあって結局、結婚。
お坊ちゃんがふたりで、
そのうちひとりが高校を出て専門に行きたいというんでまたローンだとヒイヒイいってた。
それなのに人情家を気取っていて大卒の部下(バイト/わたし)を
クビになった日にフィリピンパブに連れて行ってくれたりしちゃう(完全奢り)。
そこでまたでかいことを吹かすんだけれど、そういうのってとてもいとおしいよねえ。
大物ぶってちまちま不倫して、
高校時代からつきあいのある妻にばれていることを知っている。
最初に書いた派遣会社の部長さんも副工場長も、
そのふぞろいの林檎たちっぷりにほれぼれとした。
そういうふうに同性を見られるのは、
まさしく山田太一ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の強い影響による。
彼らの共通点は仲間がいること。友達が多いこと。
しかし、ふぞろいの林檎たちの友情関係はあまり健全なものではない。
だれかが有名になったり、たまのこしに乗ったりしたら、すぐに切れる類のもの。
とはいえ、相手が失速したり落下したらすぐに友情復活で慰めてくれる。
いつもわいわいがやがややっていて、
そんなに人のために自分の時間や交際費を使っているから、
いつまで経っても貯金できないんだぞという。
でも、そういうのっていいよね。
少なくとも合理的に効率的に生産的に生きようとするよりカッカしている。
美しい恋人がいる東大卒の孤独なエリートイケメン修一(国広富之)は、
ふぞろいの林檎たちをこう評する。

修一「いいね。友だちが、店手伝ったり、ドンドン上がってったり。
  そういうつき合い、おかしいだろうけれど、本当に縁がなかった。
  一人っ子だし。フフ、いま、とっても、なんだか、よかったなあ。フフ」(P10)


だれもが感じているのが孤独であり、ひとりぼっちという感覚だろう。
あんがい人間はいい学校やいい会社、いい配偶者、いい子、いい老後を
目指して毎朝通勤ラッシュにもまれているのではないのかもしれない。
本人はそう思っているかもしれないけれど、そう強弁に言い張るかもしれないけれど。
東大出身の孤独なイケメンエリートは口にする。
あんなに多くの人がそれぞれ釣り合いを保ちながら結婚して、
どうして家庭めいたものをつくって幸福ぶりたがるのだろう。

修一「まったく、人と深くつき合わないで暮せたら、とてもいいんだけど。
  厄介なもんだね。それじゃあ淋しくてたまらなくなる。
  人間の不幸は、家でじっとしていられないことからはじまるって、
  誰かがいったけど、本当だね」(P45)


わたしはふぞろいの林檎たちにもなりきれない、
ほとんどジュースみたいなクズ野郎だけれども同感だなあ。
東大卒でもないし、イケメンでもないし、美しい恋人もいないけれど、
なんにもないけれど、ひとりぼっちだけれども。
なんでみんなそんなにまじめに生きていけるんだろう?
いい結婚をして、いい家庭をつくり、少しでもいい会社で働き、いつか唐突に死んでいく。
去年、上司である副工場長と激安酒場でかなりのんだとき(わたしも払っている)、
工場長の悪口をこれでもかというくらい聞かされた。
おお、これこそおれの求めている「ふぞろいの林檎たち」の世界ではないかと、
ビールは口にしながらも覚醒しきった目でわたしは男を観察していた。
別れるとき副工場長は路上でたちしょん(立ち小便)をして叫んだものである。

「ああ、羽目をはずしたい!」

山田太一ドラマに頻出するセリフであるバカヤロウとおなじだろう。
いい夫がなんだ、いい家庭がなんだ、いい学校がいい会社がなんだ、バカヤロウ!
東大卒の修一とふぞろいの林檎たちのなかでもクズな実(柳沢慎吾)が話している。
人と話すとき、なにが楽しいかといったら共通の知人の噂話(悪口)である。
良雄(中井貴一)はどうして結婚しないのか?

実「[良雄は]真面目だし、係長だし、いまのあいつなら、
  いくらだっていい嫁さんつかまるんだから」
修一「どっかで、そうしたくないんだろうな」
実「そうしたくないって」
修一「いい嫁さん貰っていい家庭つくって、いい子供うんで、いいパパになって」
実「ええ」
修一「そうしたくない。手堅くは行きたくない。
  人妻を好きになって、めちゃくちゃになりたい」
実「あいつが?」
修一「フフ、考えすぎかもしれないけど、人間は厄介だからね。
  した方がいいことばっかりするとは限らない」(P129)


「めちゃくちゃになりたい!」

修一の恋人でのちに結婚するインテリ美女役の夏恵(高橋ひとみ)はいう。
ドラマで唯一おっぱいを見せてくれた女優である。

夏恵「ちょっと手が触っただけで、ドキドキしたり、
  このあたり(胸の上)みせただけで、男の人の目が、痛いようだったり、
  そういうこと、なくなっちゃったら、
  なんかひどい人生みたいな――そういう気がするの」(P82)


しかし、ふぞろいの林檎たちは今日も満員の通勤電車に乗り、
よき社会人を演じ、人の噂話(悪口)に花を咲かせ、
仕事が終わったら安月給(安いお小遣い)をものともせず居酒屋に行き駄弁る。
そして家に帰ったらよきパパやよきママになり、
子どもたちには少なくとも自分以上の存在になってほしいと期待して苦しめる。
どんなにがんばったって、
ふぞろいの林檎たちの遺伝子は変わらず継承されるのだが。
そして日本は個人がどう正義を主張しようが結局のところ、
まあまあ、まあまあのなあなあな世界で、それを言っちゃうとあんまりだけど、
どうしようもなくどうにもならない世の中なのだが。
そのことをわかっている、にもかかわらずふぞろいの林檎たちは――。
男3人のなかでいちばん押し出しがよく男らしいのは健一(時任三郎)。
多少は世間を知った健一、良雄(中井貴一)、実(柳沢慎吾)はつるみ駄弁る。

実「世の中、そんなもんよ。建築だって、
  設計士が業者に発注すりゃあ、業者は設計士に礼金を払う。
良雄「みんながみんなそうじゃないだろ」
実「そりゃそうだけど、世の中見た目のようには動いてないのよ。
  裏へ回りゃあ、リベートだコネクションだって」
健一「もうよせ」
実「なんだよ?」
健一「世の中そうだから、なんだっていうんだ? 嬉しそうにしゃべるなッ」(P58)


リベートやコネクションでいい思いをしているやつはいっぱいいるのに、
今日もふぞろいの林檎たちは地獄のような満員通勤電車に身体を押し込む。
よき社会人を演じ、よき上司やよき部下を演じ、帰宅したらよき家庭人を演じる。
羽目をはずしたいけれど、めちゃくちゃになりたいけれど、
そういうことをできる器ではないのは自覚しており、
周囲にそういう道を踏み外したやつがいたら執念ぶかく攻撃する。
しかし、ときには叫びたい。バカヤロウと。

「バカヤロウ!」

(関連記事)
「ふぞろいの林檎たち」(山田太一/新潮文庫)
「ふぞろいの林檎たちⅡ」(山田太一/新潮文庫)
「ふぞろいの林檎たちⅢ」(山田太一/マガジンハウス)
「ふぞろいの林檎たちⅣ」(山田太一/マガジンハウス)


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