「お経のひみつ」

「お経のひみつ」(島田裕巳/光文社新書)

→京都へ行く新幹線「こだま」車内で読了。
なーんて書くと、創価学会の人気ライター某氏みたいじゃないですか?
だれにも相手にされていないふうを装っているけれど、だれだろう?
わたしの才能を最初に見抜いてくれたのは、
むかしからの読者さまでいらっしゃる某氏かそれとも別の古株読者さまか。
なんでこんな話をするかっていうと、
たとえば山田太一信者なら信者で自分のほうが古株だとか、
バカみたいなことで威張ったりするじゃないですか?
だれにも認められていない孤高を気取りたいけれど、
そこまで悲惨ではないが大谷光淳とかと自分を比べちゃうとうんざりげんなりする。
「大谷光淳むかつく」とかブログに書いたら、
解釈次第で殺人予告とみなされ逮捕されちゃうの(笑)?
おれのほうが絶対に親鸞のやばさを理解しているのに、
年下の大谷光淳先生は子孫ってだけでええ思いをしてはるなあ。
親鸞の他力思想によるならば、
わたしが大谷光淳をねたみから殺してもぜんぜんOKなわけでしょう?
罪悪どころかむしろそれは前世からのご縁でまったき他力の完全成就。
大谷光淳を殺したら日本史に名前が残るのかしら。
こういうことを書いたら警察が来るのかという人生実験。報道してみろ。

島田裕巳さんは創価学会批判をしながら、SGI恩恵を受けているひとり。
いまぱっと思いついたから書くだけだけど、
梅原猛も柳美里もいまは創価学会に落とされているから、それが世間というものよ。
おれだってこれだけ創価学会シンパを表明しているんだから、
ちょっとはいい思いをさせてくれよ。
おおむかし学会員のキャバ嬢(当時の彼氏はゴミ収集員)
に池袋でつけ麺を奢ってもらったけれど、もうとっくのとうに賄賂期限は切れている。
島田裕巳は「釈迦不在説」信者みたい。釈迦は歴史上存在しなかったという。
ここらへんに創価学会からも一目置かれる勉強家の島田先生の限界がある気がする。
何度も繰り返し書いてきたことだが、あえて大声で言いたいのは、
釈迦が実在しなくてもいいではないか?
釈迦が実在したとして釈迦とやらが「正しい」証拠はどこにある?
しょせん多数決(支持者が多い!)と伝統(古株ほど偉い!)でしょう?
お釈迦さまなんて、そんなもの。仏教なんて、そんなもの。
折伏する元気がある若いもんはかかってこいや。
希望としたら若いおねえちゃんがええなあ。

土屋顕史(080-5188-7357)

本書で島田先生は善導も怪しいと言っておられる。
善導ちゅうのは南無阿弥陀仏の根拠理論となった中国人の自称思想家。
念仏はとにかく理論の「正しい」ゆえんを善導とやらの中国人によっているのだ。
わたしの大好きな踊り念仏の一遍上人も善導の権威に平伏している。
著者の主張は、善導って本当は中国でぜんぜん偉くなかったんじゃね?
人の偉さは多数決と古株性で決まる。
善導なんて古臭い外国人だから、法然、親鸞、一遍は慕ったんじゃねえの?
いまで言えば、たとえばユング。
ユングなんて中国、東南アジアではだれそれ? の世界でしょう?
西欧、米国でさえそもそもアカデミックな存在ではなく、観音さまみたいなもの。
しかし、ユングや善導のような存在は必要なのである。
たとえば、いまは日本の有名文化人となった河合隼雄だが、
河合先生だってユングという西欧権威がなかったら、
なにも言えなかったし、だれも話なんか耳にしなかった。
法然とか一遍の、善導による南無阿弥陀仏は、河合隼雄とユングの関係とおなじかと。
「正しい」ことってそんなものだよねえ、
という認識を島田裕巳氏がどこまでお持ちなのかはわからない。
自著で自著を宣伝していらしたが、あまり先生のご著作を読んでおりませんので。
絶対的真理はない――。
ひろさちや先生も河合隼雄先生も基底にあるのはたぶんこの信念であった。



観無量寿経の作者はインド人ではないという中国人説をお書きになっていたが、
大乗仏典なんてそもそもぜんぶ、
存在したかわからないと先生がご主張の釈迦と関係ないではありませんか?
そんな「本当のこと」を言ったら、日本でどのレベルの失業者が発生するか?
島田さんも仏教に食わせてもらっているんだから、そこはなあなあでいこうぜ♪
若い女とつきあってみたいなあ、と希望を書いてみるね、お釈迦さま♪

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