漂泊の伝統

仏教を独学した大学者の梅原猛が「漂泊の伝統」ということを言っている。
いわく、伝統のはじめは奈良時代の行基ではないかと。
民衆にはじめて分け入って仏法を説いたのが行基であると。
そのつぎが平安時代の空也。空也を尊敬して真似たのが鎌倉時代の一遍である。
行基は「日本霊異記」を読んだとき、たいへん目立つ存在だった。
行基が説法中に騒ぐうるさい障害児を殺せとか言った話があるんだ。
実際に母親がわが子を殺したら、その後はホラーの世界である。
来週、奈良県の生駒(いこま)に行くことになっているが、
あそこは行基の寺(墓)で有名なところだったといま調べて知る。
で、京都に戻って一遍好きのわたしが六波羅蜜寺の空也像を見る。
どうしていま奈良、京都なのかようやく少しわかった。
嫌いな人の多い俳人の山頭火も「漂泊の伝統」の末裔(まつえい)だろう。
ふらふら呼ばれたらどこにでも行くわたしもあるいはそうかもしれない。
人間は自分でもどうしてかわからずに「それ」をすることがある。
これを神仏のおはからいなどと言ったら前時代的すぎるのだろう。

(関連記事)←クソ長いので、むろんのことお読みにならなくてけっこうです。
「日本霊異記」(景戒/小泉道校注/新潮日本古典集成)

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