「心に突き刺さるショーペンハウアーの言葉」

「心に突き刺さるショーペンハウアーの言葉 人生、孤独、悩み、恋愛ほか」(金森誠也:編訳)

→金と時間がたっぷり使われたショーペンハウアー好きの書いたいい本を読んだ。
わかりやすい解説のついたショーペンハウアーのアフォリズム(箴言集/名言集)。
結局、金と時間なんだよなあ。
莫大な金と膨大な時間をつぎ込まないと商品から作品、
思想、哲学まで本当にいいものはできない。結局、人生とは金と時間なのではないか?
多くの人びとは金と時間に追われてあくせくしている。苦しんでいる。
しかし、それは本当の恐怖である退屈と孤独を
見ないための最良の方策なのかもしれない。
金と時間がごまんとあったショーペンハウアーは、
そういう真実を直視し表現する強さがあった。
彼は生活苦にさいなむ庶民から八つ裂きにされかねないことを口にしているが、
彼の言葉の真実性を切実に身をもって感じうるのは庶民のほかにはいないだろう。

「すべての苦しみを地獄のなかに移し替えたあとでは、天国には退屈しか残らなくなる。
このことは私たちの生は苦しみと退屈以外のものからは
成り立っていないことを証明している」(P90)


仏教では天国を天界というが、
すべてにおいて不足や苦労のない金も時間もあるこの境涯は、
退屈という地獄界に落とされているとも言いうる。
いつも「忙しい」が口癖のおじさんやおばさんに大金を与え職を奪って暇にしたら、
かなりのパーセンテージで彼(女)らは発狂するだろう。
ニートなんて病気でもなんでもなく、できるほうが天才なのである。
ニートはニート状態に苦しむらしいが、
これで苦しまず平穏でいられるものがむかしは悟った坊さんとされていたのだ。
時間がない、金がない、と口走っているうちが華で、
いざ生活苦から解放されたら人間は退屈と孤独につぶされ発狂しかねない。
ニートの神さまショーペンハウアーは言う。

「富豪や貴族の生活は実際には退屈に対し、持続的で、
しかも絶望的な戦(いくさ)をいどんでいるだけのことである。
他方下層階級の民衆の生活は困窮に対する絶えざる戦いである。
幸福な中産階級よ!」(P91)


適度に金がなく時間もなく、
しかしそこそこは金も時間もある中産階級がもっとも幸福なのである。
金持は退屈と孤独に苦しみ、
貧乏人は貧窮困窮に苦しみながらも借金等で濃密な絆に縛られる。
ならば、いちばんいいのは中産階級ということになろう。
まったく本当にショーペンハウアーの言うように人生は、
苦しみか退屈かのどちらかである。

「人間の幸福の二つの敵は苦しみと退屈だということは明らかである。
これにつけ加えて注目すべきなのは、
私たちが二つの敵の一つから遠ざかることに成功すると、
もう一つの敵が近づいてくることだ。そしてその逆もまた正しい。
したがって私たちの生活は、この両者の間を強さ弱さの違いはあれ、
振動している状況にほかならない」(P111)


貧乏人が宝くじを高額当選したって、困るだけでしょう?
仕事をしないでいいとなったら、やることがなくなってしまうんだから。
朝から酒を飲んでテレビを見ていても、さほどおもしろいとは思えない。
高額当選が貧乏仲間にばれないか冷や冷やドキドキである。
投資をしようと思っても仕組みがわからないし、
銀座で豪遊しようと思い立っても慣れていないからうまく楽しめない。
結局、孤独になり退屈な時間を持て余すようになる。
金があるやつに寄ってくるのは宗教の連中である。
(どうでもいいが、わたしは人生で一度でさえ宗教勧誘されたことがないってどんだけ?)
ショーペンハウアーは宗教もまた暇つぶしとして悪くないといった不穏なことを書く。
宗教は退屈対策のいい暇つぶしである。

「神々や霊への奉仕はいたるところで現実の生活と入り交じっているばかりか、
現実の生活を曖昧(あいまい)なものにしてしまう。
さらに生活のなかに現れるすべての事件は、
実は神々や霊の作用であると見なされる。
これらの超地上的存在との交渉は生活のなかの重要な要素であり、
絶えず希望を抱かせる。そして幻想の魅力によって
現実世界の事物以上に関心と興味の的となることもしばしばである。
これらの存在は一方で援助と救いを求め、
他方では雑事とひまつぶしを求める人間の二重の欲求の現れである」(P43)


なーんか、とんでもなく身もふたもないことを、
ショーペンハウアーとかいうおっさんは言っているなあ。
お金持とかで変な宗教にはまる人ってたまにいるよねえ。
あの資産家もあの政治家も(……ごにょごにょ)。
そして退屈や孤独に苦しむと、人は幸福アピールを始めるようになる。
いまならフェイスブックやツイッターに、
高級グルメ写真や有名人と一緒写真をあげるようなものか?
しかし、それは本当に幸福かしらとショーペンハウアーは問う。

「自分が他人の目にどのように映っているということではなく、
自分自身に内蔵されているものの価値を正しく評価することこそ、
私たちの幸福に大いに寄与するのだ」(P139)


まあ、それは金も時間もあり、そして才能にも恵まれた男だから言えることなのだが。
一見すると、孤独は苦しみのように思われがちだが、
孤独は自分という宝庫へ分け入る抜け穴ではないか。
すべてが自身のうちに詰まっているのではないか。
宝物や宝石は外にあるのではなく、ほかならぬ自身のうちにひそんでいるのではないか。

「だれしもおのれ自身の本性を維持し、
おのれ自身のために物事を行うのが最善のすぐれた道である。
人はおのれ自身であればあるほど、
したがっておのれの楽しみの源泉を
おのれ自身のなかに見出すことが多ければ多いほど、
それだけますます幸福になる」(P120)


乱交するよりも孤独な自慰行為のほうは豊かではないかという主張であろう。
変態的なことを書くと、
女性の自慰中の妄想こそエロの源泉のような気がしてほかならない。
どんな過激なプレイよりも、おとなしい女性の自慰妄想の中身のほうがエロいと思う。
こういう発想をできるのは、男たる自分のなかに少女も熟女もいるからなのだが。
自分のなかにすべてが詰まっているのではないかというのは、
大乗仏教とショーペンハウアーに共通する思想である。
いまいちばん金がかかるのは交際費でしょう?
このまえバーミヤンのまえで若い男女がワリカンにするかどうかで喧嘩をしていた。
顔面偏差値40程度の醜い男の言い分はバーミヤンでワリカン。
顔面偏差値50程度の女の言い分はワリカンなら帰る。すごい修羅場を見た気がした。
しかし、これが現実で交際費ほど金のかかるものはなく比して孤独は金がかからない。

「おのれのなかに多くの富をたくわえ、
おのれの本質保持のために外部からごく少量の財貨の流入しか必要としない者、
あるいは何の流入も必要としない者は最も幸福である。
なぜなら外部から何物かを受け入れることは費用もたくさんかかるし、
束縛されいやな気持ちになる危険もあるからだ」(P119)


「考えるな!」というのは、おそらく正しい。
踊り念仏の一遍上人もしきりに「考えるな!」と言っている。考えるより念仏せよ。
金と時間を持て余した人間が考えることと言ったら、
他人との比較や孤独感、そして死への不安と相場が決まっている。
ショーペンハウアーのような哲人にしか金と時間を与えるな。
考える人はショーペンハウアーのような天才だけでいい。
凡人は金がない、時間がない、といつもあくせくしているのがむしろさいわいなのだ。
あり余る金と時間ほど怖いものはないことをショーペンハウアーは知っていた。
しかし、彼は金と時間がもたらす退屈にも孤独にも打ち克ったと自称する。

「親ゆずりの財産はそれが高尚な種類の精神的能力を備え、
金儲けとはおよそ縁がないような物事に取り組んでいる人々の手に渡ったとき、
はじめて最高の価値をもつようになる。
なぜならそうなるとこの種の人々ははじめて運命によって二重に恵まれることになり、
おのれの素質を十分に発揮できるようになるからである。
彼らは他人のできないことをなしとげ、人類全体の利益となり、
名誉となるような何物かをつくり出すことによって、
おのれの人類への債務を何百倍にもしてお返しすることができよう」(P129)


ショーペンハウアーは学者を自称していたが、
大学に所属していたのは32歳からの13年間だけである。
それもずっと講師という身分で、彼を慕う学生はほとんどいなかったという。
ショーペンハウアーが世間から認められたのは還暦(60歳)を過ぎてからである。
それを見越したかのように男は皮肉めいたことをそれ以前に書いている。

「名声は長つづきするものであればあるほどそれだけ遅くやってくる。
なぜならすべてすぐれたものは、
ゆっくりと育ってゆくのと同じ事情にあるからだ。
後世までとどろくような名声は、
種子から始まってゆっくりと成長してゆく樫の木に似ている。
一方、はかない名声は一年間ですぐ成長する植物であり、
誤った名声にいたってはすばやく伸びて見せるものの、
いち早くほろび去る雑草のたぐいである」(P154)


名声っていったいどんなものなのだろう?
手弁当で書いた記事をアップすれば毎回のごとく批判愚弄嘲笑コメントが舞い込み、
ネットのみならずプライベートでも
孤独や寂寥感、倦怠感にさいなまされている当方には想像もつかない。
こんな長文記事、だれも最後まで読んでいないだろうから書くけれど、
書籍購入費と労賃(都最低時給換算)だけでも、
ブログ「本の山」には1千万どころではない投資金額がかかっている。
広告報酬なんて月々数百円だから、
なんのためにこんなブログを10年以上しているか自分でもわからない。
ショーペンハウアーの本を読むといつかわかる日が来るような錯覚にとらわれてしまう。

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