「正しい」常識

今日、板橋区の税務課に電話したら、結局昨年のトラブルが後を引いている。
実名で書いてもいいが、あのO工場長がわたしに「退職勧奨」したにもかかわらず、
失業保険が出ない自主都合退職に捻じ曲げた。
日蓮大聖人を尊敬する副工場長のKもOにしたがった。
なぜこれが「正しい」のかというと、わたしよりもOやKの社会的身分が高いからである。
勤務時においてはO工場長とわたしは上司と底辺アルバイトという関係であった。
K副工場長ともおなじ関係にあった。
いまはどうか? いまやわたしを「退職勧奨」に追い込み、
とっくに還暦を越えているのに
仕事にしがみついているOとわたしは法律的に人間として平等(笑)ではないか?
かつての職場は歩いて10分もかからない。
いま暇だからわたしを「退職勧奨」しながら自己都合退職と内部調整して、
いまもいまのわたしを住民税で苦しませているO工場長に
お礼を申し上げてもいいのではないか?
O工場長は一流企業の役員にまでなり、大富豪のとてもお幸せなおかたでいらっしゃる。
ここまで近所に住んでいる苦役者としては、
O工場長に昨年のお礼を申し上げに行ったほうが常識というものではないか。
社会人としてはご恩を受けたらお礼を返すのが礼儀である。
お役所関係からは、わたしのO工場長への常識的態度(敬意)をかなり責められた。
そんなふうにしなかったらもっと労働者の権利を主張できたのに(失業保険、税金ほか)。
うまいこと生きてきたんだなあ、練馬区在住のO工場長。
いつかお礼をしなくてはいけないと思う。というか、いつでも明日でも可能。
うまいメシをうまうまと食いながら最後までうまく死ねるのかしら。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4895-19be9a24