わたしの欲望

欲望がないのが悩み。欲望するものは、おのが欲望のわたしわたしわたし。
欲望がほしいというのは最高にぜいたくで不遜な欲望なのかもしれない。
わたしはわたしと縁あって関係をもった人たちに影響を受けたいし影響を与えたい。
あなたはどんな感性で人生を生きているのか知りたいなあ。
わたしはエゴのかたまりできちがいエゴイストだから、周囲はぞっとするわけでしょう?
なにをしたって許されるとどこかで思っているし、なにをされても根幹の部分では許せる。
自己を解放しろ! とか言っちゃうとむかしの変な人みたいだなあ。
寝た子を起こすのがいいのか悪いのかわからないけれど。
このまえスポット派遣さん(いまのわたしもそう)がラインで、
たかがクッキー1枚を落としてたいそう反省していたところに、
お若い社員さんが、いやいいんです、
といったようなことを言って床に落ちたクッキーを蹴っ飛ばしていたけれど、
それでいいし、むしろ見込みがあるし、なにかの希望を見たような気さえした。
クッキーがなんだ? マドレーヌがなんだ? それが人生かよ!?
しかし、それが、それこそが人生だという見方もできよう。
しかし、それでおもしろいか? もっとおもしろいことはわんさかあるんじゃないか?
いや、ないなあ。いまどこに熱っぽい世界があるんだろう。
いまは海外をバックパック旅行をしても、
日本人のみならず世界中の旅人がスマホみたいなものを案内図としている。
どこが安いか、どこがうまいか、どこが安全か、どこか観光スポットか。

11年まえ、30歳になるのがいやで、
ああ、もう終わりでいいやと思って3ヶ月インドを旅したことがある。
ガイドブックにない未知の街を歩くことがどれほどおもしろかったか。
しかし、いまはそういう旅ができないだろう。
ネットにすべて情報が出ている。不確実性が薄まっている。
もうすぐフリーの身になるけれど、極論をいえば、
いつ死んでもいいと思っているし、30どころか40まで生きられたのだから、
どこにでも行くことができる。けれど、いまさらインドを再訪してもなあ。
支持政党の言うように希望は安定ならば、
時給百円単位で少しでも高収入の安定性の高いところで黙々と働けばいいのか。
ミャンマー(ビルマ)にでも行って仏教レベルを高めて(下げて)こようかとも思うが、
どうしても行きたいわけではないし、そこまでの情熱はないし、
ネットによるとヤンゴンのホテルは非常に高額らしい。
経験から言うと、行ってみないとわからないことはわかっている。
もう7、8年まえになるのか。
タイ、カンボジアを経てベトナムから中国に入るとき、情報がなにもなかった。
いや、情報はあるにはあるのだが、
それによると中国では外国人は外国人専用の高額ホテルしか宿泊できない。
しかし、いざ中国に入ってみたら、
現実は外国人の泊まれる安い宿泊所がいくらでもあるのである。
一度昆明(クンミン)で別件で公安(ポリス)のがさ入れに遭遇したことがあるけれど、
恐るおそるパスポートを差し出したら無問題(メイウェンティ)だった。
昆明(クンミン)は懐かしい場所でいつだったか、
飛行機乗り換えで立ち寄ったときは胸躍った。
そのせいであやうく目的の飛行機に乗り遅れるところであった。

リスク許容度が高い。危ないところに飛び込んでいきたいところがある。
いままでも不思議となんとかなってきたのだから、これからもなんとかなるような気がする。
経験としてブラック企業に勤めてもみたいが、そもそも採用されないからなあ。
死という最大のリスクを受容できたら、けっこうどんな冒険もできるのだろうが、
いまはそんな雄々しい探索ができる未開拓地がないのかもしれない。
いや、いまもいまたとえばラインの横にいる人がいまのわたしにとって、
もっとも未知なる新世界なのかもしれない。つぎはどこへ行くのだろう。

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