「お釈迦さまが説いた、「おかね」ってなんだ?!」

「お釈迦さまが説いた、「おかね」ってなんだ?!」(ひろさちや/毎日新聞社)

→お金ほど難しい問題はないと思う。人生、お金っしょ?
だからこれは人生ほど難しい問題はないと言っているのとおなじ意味。
お金って稼げば稼ぐほど(たぶん)お金に縛られてお金を使う余裕がなくなる。
このため、世間で高価値とされるものを購入してかりそめの満足を味わって、
また翌日からはお金を稼ぐことに勤しむ。
お金を稼ぐ能力のない人は、時間的余裕はあるが元手がない。
で、結局激安店の行列みたいなものに加わって、これでいいのだという顔をしている。
お金は稼ぐのも使うのも本当に難しいと思う。
お金を稼ぐには労働するしかないが(いんちき詐欺に騙されちゃあかんよ)、
この労働というものがまたたいそうつまらない退屈なものになっている。
なかにはおもしろく楽しい労働商売もあるのだろう。
たとえば、価格交渉のある商売はお客さんとおしゃべりできて楽しいだろう。
若いころ暇に任せてアジア各地を旅したが、価格交渉はおもしろかった。
こちらがおもしろいということは店主も楽しんでいるのである。
受賞歴ゼロの自称宗教評論家のライターひろさちや氏は言う。

「デパートの正札[値札]も資本主義社会そのもので、
お客さんが誰であろうと正札どおりに売る。
そうすると、デパートの売り子さんは、生活がちっとも楽しくない。
労働時間八時間は、まさに労働・苦役になってしまう。
これは人間として喜びのない生活だ。だから、仕事が終わるとディスコに行ったり、
友達や恋人とグルメをしなければ、気がすまない。
しかし、トルコ人やインド人の商売は、お客さんとの話を楽しんでいる。
それが彼らの生活の楽しみだから、仕事が労働ではない」(P87)


いまはスーパーやコンビニの店員の会話はマニュアルで決められているでしょう。
あれ、つまらないよねえ。
わたしは大学時代、水道橋でコンビニ夜勤のバイトをしていたが、
そこのオーナーが(いい意味で)ものすごくいいかげんな人で、
本来あるはずのマニュアルもなにも見せてもらえなかった。
このためか、けっこうお客さんとおしゃべりすることもあったような記憶がある。
むろん、そんな店はわたしが辞めて5、6年後にはつぶれていたが。
いや、オーナーがちがうフランチャイズに乗り換えただけかもしれない。
お金が目的ではない商売とか、きっと思いのほか楽しいのだろう。
ならば、お金を目的と考えなければ、
あるいは単純作業労働も楽しいものになるかもしれない。
なんのために生きるのかって、それは楽しむためだあよ。楽しまなきゃ損損。

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