「セックスレス亡国論」

「セックスレス亡国論」(鹿島茂・斎藤珠里/朝日新書)

→ラカンじゃなかったかと思うけれど、
紅毛人のお偉いさんが、みな「他人の欲望」を生きているだけじゃないかと、
まあ有名な言葉だがそんなことを言っていたような気がする。
恋愛とかセックスとかいまは「自分の欲望」ならぬ
「他人の欲望」に成り果てているのではないか。
テレビドラマや映画、大衆雑誌、娯楽小説を読んで性愛というものにあこがれをいだく。
自分も「他人の欲望」を解消したいという思いである。
男が無修正AV動画をみて、いろいろな性交渉にあこがれるなんてその典型だろう。
おそらく現代日本の恋愛、性愛、性的関係は、
グルメ情報(願望)とおなじように「自分の欲望」ではなく「他人の欲望」の模倣。
みんながいいって言っているから恋愛や性愛、肉交渉を求め、
しかしそれらがテレビドラマのように得られず苦しむものも少なくないのではないか?
しかし、あなたやわたしは本当のところなにを求めているのか?
正真正銘「自分の欲望」といえるものはなにか?
みんなから好ましく思われる人を好きになり、
みんながそうしているからという理由でありきたりな恋愛模倣行動を繰り返し、
みんながしているように「他人の欲望」のままに最後に性器を接続するのではないか?
そして、みんなのようにそれを快楽と錯覚して満足するのではないかしら。
そして、そうしてみんながしているように結婚して子どもを産み、
男は仕事、女は育児&家事(&パート仕事)。
女のほうの苦労が多いような気がするけれど、これは宿命と思っていただくほかない。

セックスレスが増えると子どもが産まれず国が亡びる?
べつに国が亡びたっていいではないか? そんなことはわれわれには関係あるまい。
国が亡びるから恋愛しろ? 働け? セックスしろ? 出産しろ?
あなたもわたしもお国のために生きているわけではないことを忘れないでおきましょう。
なんのために生きるのか? 
答えは人によってさまざまでそれぞれ「正しい」のでしょうけれど、
わたしは「他人の欲望」ではなく「自分の欲望」を見極めたいがために、
いまのところいやだなあと内心どこかで思いながらも生きているところがある。
どうしてギャンブル依存症(パチンカス)やアル中は問題視されるのに、
セックス依存症(恋愛体質)のみ肯定的な価値判断をされるのかわからない。
まあ、酒でもパチンコでも女でも男でも教祖でも、好きなものがあるってことはよろしい。
ゲームが好きでそれで当面生きているというのもぜんぜん悪くないし、
むしろきつい肉体労働をいとわずしているのならばどこかのカスおっさんよりも偉い。
セックス(恋愛)依存症はパチンカスやアル中、ヤク中とおなじ病気といえなくもあるまい。
いいか、仕事依存症、労働依存症、ワーカーホリックもパチンコ狂いとおなじだからな。
しかし、それが悪いというわけでもない。
ことさら称賛されるべきかはわからないけれど。

もうすぐ(会社から)消えるから書いちゃおう。
いまの職場でさ、だれかは書かないけれど、
ラインに立っている女性労働者ふたりの雑談を
耳にしたときはけっこう興奮しちゃったかも。
男性派遣労働者の品定めをしていたのである。
「どっちがあれ(セックス)がうまいだろう」――。
女性の性欲は最後まで隠しておいたほうがいいような気がする。
あからさまにあってもないふりをしておいたほうが亡国しないかも、あはっ。
いや、セックスレスでこの国が亡んでもぜんぜんかまわないのだが。
女子中高生の性欲ってどうなっているんだろう?
ない人はまったくないって聞くしね。これは男子も同様で個人差の世界。
性に目覚めたうぶな女子中高生とかプランタニエでええなあ。



聞いた話だと、埼玉コージーコーナーのマドレーヌは投げても壊れないのも魅力のひとつ。
買え、買ってけろ、お買い求めください。お金がほしい。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4812-2b2e48e0