「オン・セックス」

「オン・セックス」(鹿島茂/文春文庫)

→仏文学者の鹿島茂教授のセックス対談集を拝読する。
むかし「レイプをできるのは元気な証拠」と言って、
デエジン(大臣)をクビになった人がいると記憶しているが、あの人は正直者だ。
おれも正直レイプというのがぜんぜんわからない。
相手がいやがってるのにおちんちんがたつやつってすげえと思う。
性的合意とか言うけれど、女だってひとりの人格を持った生き物なんだよ。
女だって力はあるし、ぶっちゃけ女は男からのセックス要求を拒否できるでしょう?
むかし柔道経験のある女の子を組み伏せようとしたら逆に負けたから、
これは実体験的真実。
セックスって演戯じゃないのかなあ。
男が女を征服しているという演戯、女が男に征服されているという演戯。
しかし、我輩さまは女性さまを征服したいという欲望がないので困っている。

こんなことあるのかな? 
埼玉の底辺職場で57歳の同僚と携帯番号を教えあう。
昨日来たメールが「ツッチーも彼女を作りなさい」――。
いやね、奉仕してくれる彼女はほしいのだけれど(お人形さん?)、
容貌や収入が相手の希望を満たさないだろうという現実的な感覚があって。
おれはさ、ワリカンが当たり前で、あわよくば女に奢ってもらいたいという男だから。
というか、まえにも書いたが、モテ男でもないのに、
収支を考えたら女に奢ってもらったほうが多いという不思議生命体。

もうすぐ派遣切りになるいまの職場で、
スポット派遣の18歳の男の子とおしゃべりしたとき長年の疑問を聞いた。
いまの若い男ってつまらなくない?
おれはさ最後の世代。
携帯電話がなかったから好きな女の子に電話するとき、
家に電話して彼女への取り次ぎを頼まなければならない。
いまのようにおまんこを自由に見られるわけではない。
反対から言えば、いまはスマホで中学生でも高校生でもおまんこ見放題。
まんこなんて見たら見たで、きたないもんでしょう?
いまの男子高校生は女子にどんな希望を持っているのか?
職場の休憩時間に食堂(?)で見たらイケメンの男子高校生いわく、
「おれ、そういうのにあんまり興味がなくて」――。
いまは同級生の女の子に告白されて、彼女の親とも会ったらしい。
スマホで彼女の写真を見せてもらったけれど、かわいい子だった。

職場同僚のアラカンAさんにすすめられたので、いま彼女募集中。
来月からは無職。どうせ底辺。女にことさら優しいわけではない。
むしろ、女から優しくされたい、尽くされたい、底辺仕事さえできないダメ男。
本書によると女性評論家の藤本さんは男はもっと弱さをアピールすべきだとか。
いわく、「男を脱げ」――。

「でも、女の人は、弱体化した男の人に優しいと思いますよ。
弱くなったら、けっこう上手に励ましてあげたりすると思う。
だから、もし自分が弱みを見せたらすべてが崩れてしまうんじゃないか、
日常生活も営めなくなってくるんじゃないか、
なんて心配するのをやめてしまえば、
男はもっと楽になれるんじゃないですか」(P194)


おれ男だけれど、力仕事とかいやだもん。
男は男らしくしろとか考えているババアにむかつくのは男性性ゆえか、
それとも人間として性格が悪いからか、根が腐っているからか。
女子高生は好きだけれども、犯したいとは思わない。
きみはどんな男と出会っていくんだろうねというあしながおじさん気分。
いま思えば中高生のころがいちばん性欲旺盛でよかったなあ。
禁欲的共産主義全盛の中国を生きたシナ人の張さんは言う。

「高校時代に観たソ連映画の中で、ほんの数秒間、
美しいバレリーナが「白鳥の湖」を踊るシーンがありました。
刺激的な白い下着がチラリと見えるでしょう。
それでひどく興奮して、同じ映画を何度も観ました(笑)。
規制が厳しい社会の興奮の沸点は低かったわけです。
水着、体操、バレエが最大のポルノでした」(P86)


もうおっさんだからか、わかるなあ。
いくらかわいくて若い女の子が笑顔でおまんこクパアしていてもげんなりっていうか。
そんなことをするくらいなら死んでもいいっていう子が、
絶望の表情でこれだけは見せちゃいけないといった感じで
おまんこクパアするのならばいいけれど。
とすると、エロって教養や文化なのかな。
「恥ずかしい」という感覚を育てるのが文化というか教養というか、まあ育ちの問題。
あけっぴろげなおばさんは怖い。日本の女房は怖い。

「日本にはそういうものがない。
結婚したら奥さんを団地に閉じ込め、奥さん連中は、
子どもの砂場の周りで、
亭主のセックスの下手さかげんをゲラゲラ笑いながら話すだけでは、
いくらなんでも不毛です」(P185)


いちばんわからないのは、いわゆるおばさん。
いまはヒステリックで無教養なおばさんでも、かつて男をうまく捕獲したわけでしょ?
どうしたらそのような詐欺ができるのか?
人気者の仏文学教授は詐欺に関する本質を突いた発言をなさっている。

「基本的な詐欺のパターンは、イヌとかネコを小道具に使うんです。
一人の詐欺師がイヌを抱いて酒場に入り、店の主人に
「おじさん、ちょっと悪いんだけど、
一時間したら戻ってくるからこのイヌを預かっててよ」。
次に、客を装った別の詐欺師が顔を出し、
「おじさん、すごいイヌを持ってるね。譲ってくれない?」。
そう言って、高い買値をつける。店の主人は、
「いや、これはちょっと預かっているからだめなんだ」と断りつつ、
頭の中では<さっきの男から安く買って、こいつに高く売ろう>と欲を出す。
そこにイヌを預けた詐欺師が再び登場し、「いや、どうもありがとう」。
そこで、「あんた、このイヌを売らないか?」
と尋ねる主人に目一杯値段をつり上げたすえ、駄犬を売りつけ、ドロンする。
このパターンを使えば何でも売れる。
株取引なんかも、まさにこれでしょう」(P127)


男や女の価値もそんなものじゃないのかなあ。
おれなんかもさ、あんがい肩書(他人の評価)がついたらモテモテかもしれないわけ。
はくさえつければ、あの子にあんなこともこんなこともできるのかもしれない。
しかし、その「あの子」がいないから、いまがんばろうという気にならない。
「やる気」が出ない。実名ブログでこんなことを書いていいのかわからないが、
レイプとか強姦とか痴漢とか、そういうことをできる男らしい男はすげえぜ。
おれがいま女の子とつきあいたいと思っているとすれば、
それは「エロスに問題がある」からだと思う。
いやいや、我輩さまはご存じでしょうが凡人の極みでありますよ。
問題を抱えている凡人。

「谷崎潤一郎なんかでも、
自分は自分の中にこれだけ深刻な問題を抱えているけれど、
あるとき、それこそが自分の宝庫だと気付いたって、どこかに書いていましたね。
自分の中にデーモンを抱えてる人間だけが、きっとすごい作品を書けるんです。
でも、どうなんでしょう。
昔はそんなふうに自分の中にデーモンを抱えてる人間が
引き寄せられるものが文学しかなかったわけでしょ。
三島由紀夫にしてもバタイユにしても、そうだしね。
でもいまは仮に自分の中に何か強迫観念(オブセッション)を抱えてても、
それに対応するものがみんな金で買える。
風俗産業だって、やれアナル・ファックが用意されてます、
やれなんとかが用意されてますって、何でもある。
で、簡単にある程度欲望を満たせてしまう。
だけど、本当に満たされるかといえば、そうじゃない。逆に不幸ですよね」(P324)


「彼女を作りなさい」と職場の同僚から指導(?)されたけれど、
それは本当に「正しい」のだけれど、
おれのエゴイズムに耐えられる女なんかいないっしょ?
彼女を作るもなにも、おれは女に奉仕する気はほとんどないから。
奉仕されたい、甘えたい、女におぼれたい。バッカヤロな底辺のおれっす……。



この↓商品にどれだけの愛憎や怨恨が詰まっているか、いつか書くのかしら。

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03/17 14:50
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