全体演劇社会(役に立つ)

芝居っ気が多すぎるので困る。人生に芝居のほかに楽しみがあろうか?
芝居とは、なにから生じるか。
見間違う、聞き間違う、誤解するというところが大きい。
ある人が見たものを他の人に伝えるとき、かならず正確には伝えられない。
そもそも言葉は物事を100%正確に伝えられるほどの精度を持っていない。
だから、めんどうくさいとも、がために、おもしろいとも言いうる。
うわさはどんどん尾ひれがついていく。
ゴシップっておもしろいよねえ。
下世話な「あいつは嫌い」とか、そういう共同体のうわさ話は大好き。
今日もわたしはいろいろな人から話を聞いた。
それがこのブログを形成しているわけだ。
聞いた話のみならず、自分が口にした言葉もまた、たとえば読む本を変えている。
そして、この読書感想文ブログをお読みになった方がさまざまな受け取り方をして、
精度の低い言葉のバトンタッチをしてくださる。
自称スーパーフリーな人がひとり生きているだけで、
効率とか生産性とかこの国の未来とか関係なしに、
たとえばあなたやわたしが生きていることでどれだけ全体に役立っているか。
役立ちたいとは、役を演じたいということだろう。
みんながそれぞれそれぞれに役立ちたい、役を演じたいと思っている。
役立つとは社会貢献とかそういう意味もあろうが、役を思う存分に演じることではないか。
役に立つとはたしかに人のためになにかをしたいという面もあるだろうが、
それぞれがそれぞれの持ち役に立つ、
おのれの役を可能なかぎりうまく演じるというのもだれかの役に立っているのだろう。
だれかが憎まれ役や悪役をやらなければ、この全体演劇社会は成り立たない。
わたしは人の役にも会社の役にも社会の役にも立っていないけれど、
別の面から見たら、わたしもそれなりにわたしの役を演じているのかもしれない。
言い訳、ごまかし、弁明、ごめんなさい――。

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