大学の価値

職場同僚の純子さんの息子さんが大学に合格したことは、
わざとらしい母親同士の雑談で聞かされたけれど、大学に行く価値とはなにか?
就職に有利とか世間体とかいろいろあるのだろうが、
わたしの場合は早稲田大学に親の金で入れてもらってよかったと思うことは、
大学および教授がどれほどつまらないかということを身をもって体験できたところだ。
大学教授の講義とかほんとうにびっくりするくらいどれもおもしろくないんだぜ。
あんな講義を聴くくらいならサークルやバイトで時間を有効活用すべし。
試験なんて第二外国語(中国語)以外はすべて楽勝だったから。
出席を取らない授業なんか出るのがバカというもの。
だって、教科書に書いてあるじゃん。
コネでノートをもらえればそれだけで試験はパスできる。
大卒なんかによけいなコンプレックスを持っている人は現実を知らないのだろう。
大学教授なんてほとんどがお菓子の箱入れもできない、
学内政治がうまいやつというだけ。かといって、
たかが菓子を箱に入れることの速さがどれほど偉いのかもわからないけれど。
肉体労働礼賛みたいのも嘘くさく、汗水流して働いている労働者はたしかに偉いが、
政治家や宗教家がときにするようにそこまで礼賛するのはどうかとも思う。

話を元に戻すと、大学に入ると大学(教授)のくだらなさがよくわかる。
これとおなじで、おそらく結婚したらその実態が見えるのだろう。良くも悪くも。
しかし、結婚してみないとそれはわからないことだから、
結婚にあこがれる独身男女が少なからずいるのだろう。
おそらくお金持になっても、うつのようなものが忍びよってくるだけなのだろうが、
そういうことはわたしをふくめて多くの貧民、貧困者は理解できない。
最後に言いたいのは、死の問題である。
だれも死んでから生き返ったことはないのに、なぜか死は忌むべきものとされている。
死んでみたら、こっちの世界のほうがよっぽどいいと思うかもしれないのにさ。
要領がいいのか、講義にろくに出席していないのに大学の成績はやたらよかった。
めずらしく「C」をつけられたのは、
ドキュメンタリー映画監督の原一男客員教授の文芸演習である。
なぜかというと最後まで粘ったが、課題を出せなかったからだ。
課題は「私の表現したいこと」――。
いつか出すために生きているようなところがあったが、
いつの間にか17年も経ってしまった。
人生の宿題のようなものかもしれない。
もうこのブログで答えを出しているとも言えるのだけれど、
他人からの評価をもらっていない。
それがいいのか悪いのかはもちろんわからない。

COMMENT

信濃町 URL @
03/07 04:58
. ×大学に入ると大学(教授)のくだらなさがよくわかる
◯早稲田大学に入ると早稲田大学(教授)のくだらなさがよくわかる

もっとも、土屋くんはそのくだらない早稲田大学教授にもなれないわけだが。

40歳になってお菓子の箱入れで生計を立てている底辺労働者が「大学教授なんてほとんどがお菓子の箱入れもできないんだぜ」と腐すのを見て、ああ人生の敗残者はこうやって自己正当化するんだなあと感心した。価値判断の基準が、お菓子の箱入れとはね。次は便所掃除をしながら「大学教授は俺より便所掃除がヘタなんだぜ」と威張る? まあそれもよかろう。

ところで早稲田大学教授の平均年収を知ってるかな。45歳教授の場合、1276万7900円。土屋くんの年収と比べてみよう。

教授を見下すのもいいが、それよりも土屋くんは、学費を出してくれたお父さんに「教育投資を回収できなくてごめんなさい」と謝るべきではないか。








 

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