「ハムレット」

「ハムレット」(シェイクスピア/福田恆存訳/新潮文庫)*再読

→ふたつの選択肢があるといえばあるのだろう。
安定は幸福か? 平和は幸福か?
なにごともなく平和に生きていければそれでいいのか? それだけでいいのか?
人間というものは劇を求めるものではないか? カッカしたいと思うものではないか?
食えていければそれだけでいいのか? もっと熱いものを求めたくはならないか?
こんなことを書いているわたしだが、
いまは四十男で、平穏無事の価値も知っているつもりだ。
しかし、ある女性からあおられる。我慢ばかりしていていいのか? 
なぜ本当のことを言わない。勇気がないのね。口だけなのね。
まるで山田太一ドラマじゃないかと思った。
わたしだってもう四十だし、多少は世間を知っているつもりで、
やたらめったら問題を起こしたいわけではない。
まあ、とりあえず1日がなにごともなく終わり、
家に帰って酒でも飲めればそれでOKみたいな怠惰な精神がないわけではない。
そこをガツンとやられるわけだ。それでいいの? 
本当は職場のSのことをいやなのではないか? いやなら行動に移すべきではないか?
自分の吐いた言葉に追い込まれるように行動せざるを得なく、
結果としていま職場でまずい立場にいるが、
これが劇的に生きるということなのかもしれない。明日会社に行くのが怖いよ~。

ハムレットは迷惑な男なのである。
ハムレットが世間を知っていれば劇のようなものは起こらないのである。
というのも、ハムレットは世間的価値観からしたら幸福なのだから。
まず食うに困っていない。身分は王子さま。次の王さまの身分も約束されている。
美しい恋人のオフィーリアもいて、これは解釈のわかれるところらしいが、
どうやらハムレットオフィーリアのけがれなき肉体を思うがままにもてあそんだようだ。
孤独というわけではなくホレイショーという親友がいる。
だったら、いまのままでいいではないか。そのままでも十分に幸福だろう。
恋人がいて親友がいて、地位も身分もありおそらく莫大な財産さえも有している。
しかし、それでもまだ現状に満足しないハムレットは劇を求める。
劇的なことを味わいたいという人間として生まれた根本の欲望に向き合うのである。
もっと生き生きしたい。もっとカッカしたい。もっとヒリヒリした生を味わいたい。
ハムレットの周囲の人間はだれもそんなことを考えていないので困惑してしまう。
ハムレットのまわりにいるのは世間的価値観からいえば善人ばかりなのである。
みんながみんなハムレットのことを心配して、
この悩める青年をまともな方向に引き戻したいと願っている。平和を求めている。
だが、ハムレットは劇を求めて、生きる昂揚や興奮を求めて、
放っておけば万事うまくいくものすべてをメチャクチャに破壊してしまう。
自殺願望(希死念慮)のあるハムレットは味気ないと思う。
恋人がいても味気ない。親友がいても味気ない。地位や身分があっても味気ない。
財産があって一生食うに困らない身分でも、
いやそういう身分だからこそもっと人生に烈しい味わいを求めてしまう。
食って寝ててきとうにテレビやネットでも見て、笑って、それだけでいいのか?
せっかく生まれてきたのだから、もっと烈しい喜怒哀楽、劇的昂揚を味わいたい。
味気ない人生にはうんざり。
もっと烈しいもの、喜怒哀楽、劇的昂揚――いうなれば不幸を身体全体で味わいたい。
シェイクスピアの「ハムレット」はわたしの原点でいちばん多く読み返した作品。
2017年2月「ハムレット」を再読して、ハムレットのやばさはここにあると気づく。
希死念慮、離人症、人格障害的悪魔性をもつハムレット王子はいう。

「ああ、この穢(けが)らわしい体、どろどろに溶けて露になってしまえばよいのに。
せめて自殺を大罪とする神の掟(おきて)さえなければ。
ああ、どうしたらいいのだ、
この世の営みいっさいが、つくづく厭(いや)になった。
わずらわしい、味気ない、すべてかいなしだ!
ええい、どうともなれ」(P22)


みんながみんなとりあえず平和に生きていければいい、
食っていければ万々歳じゃないかというところに、
ハムレットのような男が現われたら迷惑千万なのである。
ハムレットは味気ないというが、それが生活をするということだろう。
みんなそんなかんたんに死ねないから、
わずらわしいこの世の営みをいやいやながら繰り返しているのではないか。
それを「ええい、どうともなれ」とぶち壊そうとするハムレットはなんとはた迷惑で、
同時に彼こそ古今東西の観客および読者を魅惑してきた悪魔的劇人なのである。
それをいっちゃあ、おしめえよをハムレットは劇冒頭で口にしている。
味気ない。つまらない。人生なんにもない。

「ええい、どうともなれ」

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