無理なものは無理

いまは競争社会だから、
あちこちの会社がダンピング(格安売り)を行なっていることだろう。
安くものを消費者に届けるためには、生産費用を下げなければならない。
具体的には下請け会社に競争をさせると値段はどんどん下がっていく。
みんなが2千万でしかやれないと言っている仕事を、
うちは半額の1千万でやれると宣言すればいちおう仕事は取れるのである。
さあ、仕事を取ってからどうするか。
部下に丸投げする上司も少なからずいよう。
部下だってひとりではやれないから、
いろいろ外注(アウトソーシング)を頼ることになる。
そもそも新規業者が価格競争だけで取れるような仕事は怪しいものが多い。
どういうものを納品すればいいのか決まっていないものが発注される。
責任は担当者がしょい込まねばならなくなる。
担当者も納品物の意味もわからぬまま手当たりしだいに外注に仕事を振ることになる。
いちばんの下請けの外注ほど辛い立場はない。
格安の賃金でろくな作業マニュアルもないなか多くのストレスにさらされる。
つくってもつくってもダメ出しされることもあろう。
本当はなにがNGかの基準は担当者もよく理解していない。
なぜならこの仕事は上司から任されたものだからである。
その上司だってお世話になっている上役から仕事を意味不明なまま丸投げされている。
だれかがどこかの段階で言えればよいのだろうが、それが難しい。
なにが難しいかといえば、「それは無理です」である。

「無理なものは無理」
「いや、がんばればできるだろう!」
「無理なものは無理」
「そんなことを言っていると、おまえは成長しないぞ!」
「だから、無理なものは無理なんです」
「無理なんて言葉を口にするからダメなんだ。無理というな」
「無理なものは無理」
「おれが言っているのは、やる気の問題だ。やれるだろう?」
「無理なものは無理」
「いいから、やれ。これは命令だ」
「無理なものは無理です」
「がんばれば無理なことはない」
「無理なものは無理」
「無理かどうかはやってみなくちゃわからないではないか? がんばれ、努力しろ」
「やってみなくても、これは無理だから、無理なものは無理」
「努力しないと世界は変わらないぞ」
「無理なものは無理」
「無理でもいいからやれ。24時間死ぬまで働いても無理か?」
「無理なものは無理」
「無理を可能にするのが仕事だろう?」
「無理なものは無理」
「……いったいどうしたらいいんだよ。こっちだって責任が」
「(上司に向けて)自分でおやりになってくださいよ」
「いや、それはきみの役割だろう?」
「自分でそれをできますか?」
「そういう問題ではないだろう」
「自分ができることをやれと言うべきです」
「おれはきみに期待しているんだ」
「アンサーは、無理なものは無理」
「このやろう……」
「自分でおやりになってみてください」
「アウアウ」
「自分でほんとうにこの仕事をできるとお思いですか?」
「……無理なものは……無理かもしれない」

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