「幸福の科学」

「幸福の科学 大川隆法★心の指針145 自由であるということ」(2017年1月)

→昨日ブログに幸福の科学のことを書いたら、
さっそく郵便ポストに小冊子が入っていた。
幸福の科学は「やる気」があるねえ。
わたしは創価学会は好きだから「悪口座談会」系の記事が掲載されているものなら、
無料でくださるならいくらでも拝読するのに、住所はばれているだろうに、
一度も創価学会機関紙(誌)がポストに入っていたことがないのでさみしい(え?)。
せっかくポストに投函してくれたのだからと即日読んでみた。
なーんか、幸福の科学と創価学会って似ていなくね?
どこがというと、前向き、明るい、笑顔、努力、勤勉、目標、生きる意味等々。
入口はどちらも不幸で、出口はこうしたら幸福になれるである。
いまわたしは不幸だけれど、同時にとびきり幸福なんだよねえ。
昨日なんかも生きているのっておもしろいと超絶に大笑いしたし。
そうしたら今日反動があって、職場の厄介者になっているらしい。
しかし、昨日のAさんの話を聞いたあとなら、なんでも許せちゃう。笑っちゃう。
四捨五入すると還暦の(派遣の)Aさんは25、6歳の彼女がいるというんだ。
ウッソでしょうと思うけれど、
わたしは人生経験から嘘のような本当が実際はたくさんあることを知っている。
どうせ書いても嘘だと思われるから本当のことは書かないけれど。
ダメダメなおれももう少し生きていたら尽くしてくれる彼女ができるのかもしれないぞ。
そんな春の目ざめが精神に生じて昨日は最高に幸福だった。
幸福とか不幸ってなによ?
職場のSさんから何度も大声で怒鳴られ殴りたいとか書いたけれど、
それは不幸ではなく幸福なのよ。
なんにもない人生よりもパチンコ依存症のジジイに怒鳴られるほうが楽しいじゃん。
いつかこいつを殴ってやろうなどと妄想するのはもっと楽しい。幸福だ。
なによりこんなみじめぶざまダメダメな
おれなことを心配してくれる人がいる人生って最高にすてきじゃないか。
いま不幸だけれど、同時に胸躍るほど幸福なんだなあ。
けれど、わたしは人を幸福にしたいとは思わない。
だって、それはそれぞれの人がそれぞれに気づく問題だと思うから。

幸福とは――前向き、明るい、笑顔、努力、勤勉、目標、生きる意味。
おれの場合。
前向き×過去をいつまでも忘れない粘着質な執着性を有す。
明るい×打ち解けたらおれの楽天性や明るさにはびびるぜ。
笑顔○変なところで笑ってしまうのが欠点か。
努力×努力は大嫌い。
勤勉×でたらめいいかげんでええやん。
目標×ありません。
生きる意味○いつか死ぬ日のために生きる。

まえから書いているけれど、悪い女に引っかかってボロボロになりたいんだよなあ。
創価学会や幸福の科学に入っても善男善女しかいないような気がする。
いやいや、そういうおのれの善や正義を誇るものこそじつは悪人なので、
だからわたしは幸福の科学や創価学会といった新興宗教にあこがれるのかもしれない。
わたしの正体はほんものの変質者(根性曲がり)なのに、
みんななかなか気づいてくれないので困ってしまう。ありゃありゃありゃや。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4777-8f6b6fcc