わが欲望

職場の同僚に畏敬の思いをおぼえたとか殊勝なことを書いたが、
むろんそんなきれいごとの話ばかりではない。
目標がない、欲望が消えたとつねづね書いていたが昨日目覚めた。
働きたくないよお。本が読みたいよお。本の感想を書きたいよお。
ぶっちゃけ昨日なんか休みたくて仕方がなかったけれど、
そこで休んじゃう人もいるのだろうけれど、わたしはダメだった。
早朝時間が来ると約束を優先してしまい、どうしても身体が動いてしまう。
今日は働きたくないなあ、と思いながら定時に電車に乗ってしまう。
本当は働かせていただけるだけで感謝なのだろうが、
ぜんぜん本を読む時間も思考する(感想を書く)余裕もないのでもういやいや。
新人はどこへ行ってもこれが当たり前なんだろうけれど、
そういう試練を乗りこえなきゃいけないのは理解しているが、
新人に厳しく当たる苦労人顔の古株さんがいらっしゃるわけだ~よ。
そこまできつい注意の仕方をしなくてもいいんじゃないか。
そういう注意の仕方をすると逆に相手を委縮させてミスを連発させるのではないか。
自分はミスをしないのか。何回もその人のミスを見たけどなあ。
そんなことを思うけれど、どこの職場に言ってもこういう先輩はいるだろうし、
いまの職場なんて激甘と言ってもいいのだろうことはわかっている。
ラインに箱を出す単純作業をしているでしょう。
最初の箱がたくさんおかしかったのである。
これはわたしの責任ではなく、箱をつくっている別会社の大量ミスである。
そのミスをわたしが高速で直していくのだが、
それでも経験不足やあまりの速さゆえに直せなかったことがあったのだろう。
「見ればわかるじゃないか。こんなこともできないのか」
そういうことを怒鳴られるわけ。もっとマイルドに言えよ。
最初の箱製作会社が大量欠陥品を送ってきているわけだから、
こちらは怒りの矛先がない。
ミスに過剰に怒る人がいるけれど、ミスが発見されたのなら、
誤出荷を防げたということなのだからそれでいいのではないか。
現にそのミスを見つける検品という役割があるわけだから。

朝から働きたくないと思っていたのに加えて、毎度毎度の罵倒。
なんかもういいやという気になってしまってね。
レジェンドにでもなるかとあたまのなかで考えていた。
つぎあいつがなんか言ってきたらその場で相手をぶん殴って辞めてやろうか。
できるかどうかわからないよ。あたまのなかで考えていただけ。
あたまのなかでどんなことを考えるのもいちおうは自由。
しかし、そんな辞め方をしたらつぎの仕事は来ないし、
変な噂が学会メンバーたちに広がるかもかもしれない。
でもでも、そうなったらそうなったらでいいのではとも思う。
そうしたらマイナスかプラスかは究極的にはわからないわけだから。
わたしはいちおう表面上は温和になにごともそつなくこなしていきたいと、
いまはどちらかというと思っているほうだが、
そんな優等生ぶった生き方をしてきたわけでもなく、
いきなりぶち切れてすべてを投げ捨てるのもありだと思っている。
だって、レジェンドになるじゃない。すげえ辞め方をした人がいるって。
けれど、人情というか、こちらの妄想かもしれないが、
たまたまいろいろなご縁がありいまの職場にたどりつき、
そして内部でいろいろな人のお世話になっているのである。
そういう人たちの温情への感謝の念を、つまり恩を裏切るようなことはなかなかできない。
したっていいと思うのよ。なにが善か悪かなんてわからないわけだから。
口うるさい先輩にぶち切れてその場でばっくれるとかふつうの人にはできないじゃん。
おれはできると思うけれど、やったことはない。
だったら、やってみて結果をつくるのもいいのではないか。
いまはそういう豪傑は西村賢太しかいないけれど、
むかしの文学者(自称ふくむ)はそんな壊れたやつばかりだったわけでしょう。
いまおれに欠けているのは、そういう空元気、蛮勇、男性性ではないかとも思うわけ。
ブログでは好き勝手なことを書いているけれど、
実際のわたしは比較的に常識を重んじたいと思っている、
妙に腰の低いダメ中年だが、そういうところを変える必要があるのではないか。
働きたくない。好きなことをしたい。好きなことを好きなだけしたい。
けれど、やっぱり人の迷惑や約束、
つまり世間体を重んじて明日もわたしは早起きするのだろう。

四半世紀(25歳)も年上の同僚から聞かれる。
「どうして自転車で来ないの?」
自転車で通えなくもないが、45分くらいかかるような気がする。
当方の回答は――。
「自転車だと疲れるじゃないですか。楽をしたいんですよ」
「朝、女子高生ウォッチングをできるのが楽しいんですよ」
職場の横にはやたら女子比率の高い偏差値53の高校がある。
おっさんになったからだろうが、女子高生というだけでみんなかわいく見える。
みんな「どうせ大した未来はない」(「早春スケッチブック」)のだろうが、
彼女たちのいまもいま生きているという輝きには降参してしまう。
通学中の女子高生の会話を盗み聞くと、ポエムに近いくらい感動するのねえ。
かといって、これは偽善でも世間体を気にしているわけでもなく、
女子高生をどうこうしたいとか、そういう欲望はさすがにないと思う。
いつだったかテストの日だったのか、
なかには参考書(教科書?)を読みながら通学している女子高生もいる。
そんなことをいくらおぼえたって、どうせ役に立たないしすぐ忘れるのに、
と思いながらも、とても彼女たちを好ましく思う。
土曜日、おれよりも若々しい65歳のおっさんに休憩時間、小声でつぶやく。
「正直、働きたくないっすよ」
さすが還暦オーバーの男性は動じない。
「そういうことを思ったこと、ないっすか?」と質問したら、ないらしい。
すげえぜ九州男児は。生涯現役とかいつか言っていたしねえ。

明日また早起きしたくないなあ。働きたくないよもう。
でも、なんとなく自分は無断欠勤のようなことができないタイプのような気がする。
明日も早起きしてけっこうな通勤時間をかけてあそこに行き、
そうして新人ゆえびくびく周囲におびえながらミスをして、
またまたまたまたあいつから怒鳴られるのだろう。
うんざりげんなりだが、それが生きるってもんかさねえ。
有名作家の沢木耕太郎は初出勤日に会社を辞めたというが、
おれにはそんな勇気はないのか。
いまの職場に悪い人はいないのよ。
だれが悪いかと言えば、おそらくわたしがいちばんだもの。
ぜんぶめちゃくちゃにしてすべての縁を断ち切って世間とおさらばしたいという欲望がある。
あいつの胸ぐらをつかんでつばを吐きかけ、タイムカードを床にたたきつけ、
クッキーの数百枚も床にばらまいて「あばよ!」と消え去ったら、
そのとき自分はどんなことを考えるのだろう?
あるいはそうしてはじめて「文学の眼」といったものが開かれるのかもしれない。
わたしはやれると思っているけれど、やったことはない。
やれるのか、やれないのか。やるのがいいことなのか悪いことなのか。
たくさんの人たちからのご恩を裏切ることほど難しいことはないが、
あえてそれをやってしまえるような人間がほんものの文学者なのかもしれない。
働かないで本を読みたい。
そういまのわたしは思っているが、明日のわたしは異なるのだろう。
これを書籍(活字世界)では諸行無常と言っているようだ。

COMMENT

Q URL @
01/29 22:32
. 「職場の横にはやたら女子比率の高い高校がある」だけでいいのに、あえて「偏差値53」と書かずにいられないあたりにツチヤ君らしさを感じる。

ネットで校名を検索して、男女比や偏差値を確認してるの? きもいきもい。
通りすがり URL @
02/01 22:53
. こんな場末のブログのコメント欄に粘着している自分のきもさも少しは省みたら…?
学歴コンプレックスってみじめだなあ。








 

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