庶民学のあけぼの

いま既存のアカデミズム(学問/大学)世界に分け入ってもなにもないわけ。
どの学問領域も細かく専門化され、それぞれ権威のような重鎮がおられる。
で、その権威先生さまのご方針に従わないと専門家としてはアウトになってしまう。
高卒の人とかコンプレックスがあるかもしれないけれど、
早稲田大学第一文学部の講義はどれも本当につまらなかった。
ほとんどつまらない講義を聞かず(退屈な聴講は時間の無駄!)に卒業できたから、
母校もそういう事情をわかっていたのかもしれない、あるいはね。
人が生きる、庶民が生活するというのは、全体でしょう?
生物学も医学も社会学も心理学も経済学も政治学も宗教学も法学も、
ぜーんぶ入っている。
むろんジェンダーも遺伝も統計も確率も偶然性もリスクも、すべてふくめて。
河合隼雄がおっぱじめたユング心理学や臨床心理学はそれまでの日本にはなかった。
河合先生は日本の年功序列社会を受け入れて、
晩年さまざまな学問分野をおのれの領域に取り込んだ。
かの高名な先達と自分を比べたいわけではないが、わたしも専門はない。
そもそもアカデミズム(大学/公的研究教育機関)とはまったく通じていない。
しかし、ブログ「本の山」のカテゴリー欄をご覧いただければおわかりになるはずだが、
当方の興味はまさに庶民的で多岐にわたっている。
専門領域がないからどの分野の権威にも恐れないで思ったことを言える(書ける)。
いまもっとも必要とされているのは、こういう全体的ないわば「庶民学」ではないか。
わたしが勝手に庶民学の師匠として仰いでいるのはテレビライター山田太一で、
先生のお言葉(セリフ)は宝の山である。。
庶民のなかに分け入るという前史には、うさんくさいものがたくさんある。
ドキュメンタリー映画監督がいくら庶民世界に分け入ろうと、それはおのれの表現のため。
ノンフィクション作家がどれほど庶民ぶって庶民世界に潜入しようと、それは取材のため。
末端の社会学者(社会学って学問か?)がよくやるフィールドワークも本籍地は大学だ。
山田太一ドラマが大好きな自死遺族で高学歴、読書家、
しかし非正規無所属なわたしは新たな庶民学を開拓したいと思っている。
どうしてショーペンハウエルの絶望が日本の陽気なパートおばさんより高貴なのか?
早起きは大嫌いだが、わが庶民学の追求のため明日も朝6時に起床したいと思う。
庶民学はみんなでつくるものなので意地悪や親切、
恫喝や慰撫でいろいろご協力いただけると嬉しい。求愛はないかなあ。

COMMENT

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01/17 00:17
. カテゴリを見ると「セックス」がすっぽり抜けているのね。何かコンプレックスがあって語りたくないのかもしれんが、セックス抜きでどうして庶民を語れるものか。

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