現実か妄想か

運がいいのである。わたしはとても運がいい。
孤独みたいなことを書いているが、たしかに日々孤独なのだが、
定期的に長電話をするもう長いつきあいの年上で異性の親友がいる。
わたしの話すことが現実か妄想かでいつも行き詰っていた。
わたしだって妄想だとしか思えないことが現実に起こっていて、これはなに?
ふたりの結論としては、みんな妄想でいいではないか。
みんなそれぞれの妄想を生きている。
死ぬまでいだきつづけた妄想が、まあ現実として認証される。
そんな感じで生きていけばいいのではないかと。
わたしはおかしな妄想をずっと持っていたし、
それが病的妄想であることに気づかないほどバカではない。
しかし、昨日元上司の口からようやく「日蓮大聖人」が飛び出した。
ということは、わたしが彼女にえんえんと話していたことは、ある意味で現実だったのだ。
創価学会は巨大組織だから、たぶん内部にはいろいろな派閥があるだろう。
上司はその異端派というか、亜流というか、そういう存在だったのかもしれない。
あるいはまったく違う宗教団体という可能性も考えられなくはない(立教佼成会、顕正会)
「勧誘してくださいよ」とお願いしたら
「この宗教はすごすぎるので、ただじゃ勧誘できないな」――。
新興宗教は無料で誘って、あとから金をがめるのが流儀では?
わたしは日蓮も親鸞も法然も空海も最澄も一休も一遍も嫌いではない。
キリストふくめてみんなウェルカムだが、
どうせならかわいい女の子に一時しのぎでもその場だけでも騙されて、
そのなんというか落とされたいなあ。
親友からは次はなにか変化があったときに電話してね、
と言われたけれどもう少し待ってみようと思う。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4705-88f2e337