「薄明鬼語 西村賢太対談集」

「薄明鬼語 西村賢太対談集」(扶桑社)

→なんかもう疲れちゃった。
さっき会社からメールがあって、おまえの思い通りにはさせないぞ、と。
わたしは密室で工場長から「退職勧奨」されて退職届を書いたのよ。
しかし、本社の人事部によるとそれは違う。おまえは間違っている、と。
おまえは自分で退職届を書いたんだから自己都合退職だろう。
「退職勧奨」がなかったことは会社に3人の証人がいるって(だから密室だったんだよ!)。
そのうえ、その3人の証人はいずれも会社の一定のポストにある人でしょう?
それは会社の味方をするわけで、うちには3人の証人がいるって言われてもさあ。
いまの職場に入ったころ5歳年上の副工場長におのれの人間不信を白状した。
そうしたら、「土屋さんはダメだ。もっと人間を信じなきゃ」と指導された。
その結果がこれでしょう。
わたしの自己都合退職の証人3人にちゃっかり副工場長も入っている。
きっとあの人はこうして世を渡ってきたし、これからもこうして出世していくのだろう。

芥川賞作家の西村賢太の書くのは身のまわりのことを題材にした私小説といわれるもの。
世の中にはふたつの目があって、それは「世間の目」と「わたしの目」である。
徹底的に「わたしの目」「わたしの言葉」にこだわるのが私小説である。
たとえ高級スーツを着用した10人がノーといっても、
しかし「わたしはイエスと思う」と言えるのがほんものの私小説作家。
それにしても世の中は厳しいなあ。
契約期間が来年3月まであるのにクビにして、
おまえが勝手に辞めたんだろうとやるのが大人の社会というものか。
そうしてかの男もあの男も偉くなり、高級スーツを着て、愛人を持ったのだろう。
「わたし」をいかに消すかがおそらく実社会を生きるコツである。
「わたし」の思いを捨ててスーツとネクタイに身をまかせる。
そのつらさやかなしさも十分に文学たりえるだろうが、それは私小説ではない。
今日わたしを路頭に迷わせた社会上層部の証人3人にはこころの痛みはないのだろうか。
まあ、世の中、こんなもんさとわたしのことなど明日には忘れ去っているのか。
石原元都知事に妙にかわいがられている私小説作家の西村賢太はいう。
ある若手美人作家との対談で――。

「あんまり編集者の言うことを聞かないことですな。
「ここをこうしたら」とか「もう一回書いたら」とか、言われませんか。(……)
僕はもう編集者に手を入れられることに対してすごい神経質ですよ。
それをされちゃうと、自分の文章じゃなくなっちゃいますからね」(P82)


わたしは文章にはこだわりやプライドといっためんどうくさいものがあるけれど、
ことお給料のためにやっている賃仕事についてはまったくもって上のいいなりであった。
「直せ」「ダメ」と言われたらいくらでも何度でもやり直したものである。
まえの先輩もそうだったがおれについてきたら正社員だと上司はみんなに口にしていた。
それでもこうして突然クビになって、しかし自己都合退職扱い(失業給付ゼロ)。
バイトを自他の勘気でクビにしておきながら、勝手に辞めたんでしょう、
となるのが世間常識。
せめて西村賢太くらいには「わたしの目」「わたしの言葉」をたいせつにしてもらいたい。
成功者の西村賢太中年による人生アドバイスはこうだ。
人間、どう生きるべきか。

「いや、人の意見は無視することです。
無論、僕のいかにも成功者気取りの、この勘違い意見もね(笑)」(P83)


世間の真実は多数決。世間の真実は肩書勝負。
しかし、「本当の真実」はわたしが決めるということ。西村賢太とわたしが共有する秘密だ。

COMMENT

Q URL @
11/28 20:35
. こういう記事は実に社会勉強になります。

利害関係が少しでも対立しそうな相手と話をする時は、ボイスレコーダーを用意しておかないとダメですね。
通りすがり URL @
11/29 03:25
. 「本当の真実」はわたしが決める。
それって都合の悪い部分は無視する事とは別なんだけどな。

具体的に言えば、職場であなたがハブられるそもそもの要因から目を背け、「退職勧奨」されて退職届を書いたという事は別問題だってことですよ。

そこら辺、読書感想文は読ませても創作となるとからっきし、という要因だと思います。
Q URL @
11/29 11:41
. 土屋さんの性格に問題があったとしても(あると思うが)、労基法違反が正当化されるわけではありません。








 

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