親のこころ子知らず

今月いっぱいでいまの職場を退職することになっている。
先月末に決まったことだ。だれが決めたかは「わからない」――。
そもそも事実は存在するのかが「わからない」とも言いうる。
事実は存在せず、無数の解釈のみがあまた乱立しているのかもしれない。
わたしの解釈としては、「退職勧奨(この仕事を辞めてくれ)」を受けて、
いままでこの会社にはお世話になったので、
みんなからの評判が悪いということも聞いたうえで、
お世話になった会社のために退職届を書いたという思いもある。
いちおう契約期間は来年の3月までだ。
退職届の退職理由を書く欄でかなりの時間、筆(ボールペン)がとまったものである。
「上司から辞めてくれと言われたから……?」と小声でつぶやいたら、
「これ以上、会社に迷惑をかけるのか」と言われ、
あれがあるだろうと目配せされ、「一身上の都合により」と書いた。
わたしは世間知らずだから、契約期間中の解雇ゆえ
会社都合退職でとりあえずの失業保険がもらえるという安心もあった。
しかし、離職票をいただくと退職理由は「一身上の都合」。
これだと自己都合退職になってしまう。
わたしは会社の「退職勧奨」を受け入れ、同僚のことを考えて退職届を書いたつもりだが、
さらに法律上は契約期間も残っているのだが、それが自己都合退職になる。
そりゃないよと生意気にも異議申し立てをしたら、
本社のお偉いさんが「トラブル」を解決しにわざわざいらしてくださった。
工場長のお言葉は「退職勧奨」ではなく、わたしの「仕事への評価」。
だれが退職届を書いたの? あなたが退職届を書いたんでしょ?
だったら、自己都合退職。それが一般常識ってもんだよ。
え? え? え? そういうもんなんだあ。

退職届を書いてからもう2週間近く経過している。
会社の温情で1ヶ月よぶんに働かせてもらい、有給をぜんぶ消化させてもらえる。
しかし、解雇1ヶ月前の通告と有給消化はコンプライアンス的には温情ではない。
しかし、有給をもらえるアルバイトなんかふつうはないだろうというくらいには、
当方も世間を知っているつもりである。
「退職勧奨」を受け入れて退職届を書いたら自己都合退職かよ!
お偉いさんから「退職勧奨」の証拠(録音)はあるのかと問いただされた。
そんなもん、あるわけないっしょ。
だがしかしけれども、わたしはいまの上司たちが好きである。
嫌いとは言い切れない。
工場長にも副工場長にもチーフにも役員さまにも、好意をいだいている。
みんなどっかでどっかで芝居がかっていたような気がする。
「退職勧奨」のシーンも、役員からの説得のシーンも、
「ふーん」とながめている自分がいた。お芝居をながめているようなさ。
「退職勧奨」のさい、工場長は「おれもこんなこと本当はしたくないんだよ」
と仰せになった。「わかります」と思った。そう申し上げた。
だまし討ちのようなことはだれもしたくない。

事実は存在しない。解釈のみ無数に存在する。
「退職勧奨」のとき言われたことはたくさん記憶しているけれど(証拠はない)、
そのひとつをあげるとすれば「土屋さんは、この仕事が向いていない」。
ありきたりな言葉だが、
こちらの思い込みひとつで親の愛情めいたものを感じられなくもない。
たしかにいまの仕事にわたしが向いているとはとても思えない。
近場で時給もいいから惰性で働いているに過ぎない。
働いて食っちゃ寝の生活で、どんどんたましいが枯渇しているという思いもある。
こういうふうに人間はまっとうに(ダメに)なっていくのかという諦観もあった。
クビにでもならなければだらだらいまの職場に居残ったことだろう。
そうだとしたら(そう解釈したら)いまの職場からの「退職勧奨」は親心ではないか。
「土屋さんにはこの仕事は向いていないんじゃないか」は慈愛の言葉ではないか。
総員20人程度のファクトリーである。ファミリーのようなものとも言えよう。
工場長は父親、副工場長は兄貴、チーフは偏屈なオジキだったとも思える。
「かわいい子には旅をさせよ」と強引に解釈できなくないこともない。
さあ、土屋さん、新たな旅へ出よと。
わたしは今月でいまの職を失う。退職日は今月18日。
来月からは無職失業者となり収入が途絶える。
ハローワークの認定しだいという話もあるが失業保険もない。
たとえ失業保険をもらえても本当に微々たるものである。
「旅立ちの日」は1週間後。
翌日には山田太一ドラマ「五年目のひとり」が放送される。
ひとりになる、わたしも。いや、むかしからひとりだった。学校でもひとり、職場でもひとり。

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