「大和ハウス工業」

「大和ハウス工業」(長谷川誠二・池上博史/出版文化社新書)

→どうして男って人の上に立ちたがるんだろう?
社会というものはひとりでは動かせない。
だから、人は集団をつくり経済活動を営むのだが、
だれかが責任者となり指揮しないと個人ならぬ集団は動くことができない。
トップが5人直属の部下を持ち、その5人がまたそれぞれ10人ずつ部下を持ち……、
といったピラミッドのようなかたちで企業の指揮系統は形成されている。
なにより得がたいのは尊敬できる上司と信頼できる部下であろう。
大企業「大和ハウス工業」は、石橋信夫氏が株で当てた資金を元手に創業した。
創業者・石橋氏のどこが偉いかといったら、
現会長の樋口武男氏という部下から崇拝されたことによるところが大きい。
石橋信夫氏とてひとりではおそらくなにもできなかったことだろう。
樋口武男会長を代表とするあまたの腹心がいて、
大企業「大和ハウス工業」はここまで現在のように躍進することができた。

さて、原点に戻り男はどうして人の上に立ちたがるのだろうか?
人に使われるのがいやだから男は人の上に立ちたがるという答えがあろう。
それもたしかにそうだが、
人の上に立って人を使うことほど難しいことはないとも言えよう。
若者は(いまだ気づかない中年も少なくないけれど)単純に立場上、
人の上に立てば部下たちは自分の指示に従ってくれると思う。
けれども集団経済活動の難しいところは、部下が言うことを聞いてくれないところだ。
部下は上司の命令通り動くだろうと思っているのは世間知らずの甘ちゃんになる。
部下というものは、おそらく思っている以上に上司の言うことを聞かない。
部下のほうにも言い分はもちろんあって、上司の指示がよくわからないということがある。
上司の指示が毎週どころか毎日のように変わり、
知的障害者の青年ならならまだしも、
まともな健常者ならば混乱必至という職場も少なくないだろう。
人に使われるのも難しいし、人を使うのもこれでもかと難しい。
得がたいものは尊敬できる上司と、信頼できる部下というのはこのためである。

「大和ハウス工業」の樋口武男会長は創業者に心酔することができた。
これが会長のひとつの才能であろう。
それから樋口武男会長は創業者と馬が合った。
こいつは使えるなと創業者から信頼される人間性を持っていた。
じつのところ「仕事ができる」うんぬんは
ビジネス(経済活動/労働)とあまり関係がないのかもしれない。
「仕事ができる」ものは上から(自分の地位[ポスト]を奪われるのではないかと)
警戒されることも多く、かえってリスキーである。
あいつはそこまで仕事はできないけれど
(指導の余地がある/上司の威厳を保てる/成長を見守ることができる)、
おれの言うことを聞いてくれるという、
いわゆる馬が合う部下が上司から引き立てられ出世するのである(かわいい部下)。

「大和ハウス工業」の樋口武男会長は、
創業者から引き立てられたから大企業のトップに立つことができた。
これは断じて悪いことではない。
優秀な人が企業トップになると、従業員の多くのものがうるおうというメリットがある。
聞いた話だが、大和ハウスは末端の雇用者までファミリーは守るスピリッツ(精神)
を持っている優良ホワイト企業とのこと。
大和ハウス本社は大阪にあるが、
西に足を向けて眠ることができない東京人も多いだろう。
どうでもいいが、この記事の筆者もまた、
足を(大和ハウスのある)西に向けて寝ころばないように注意している。
上司は信頼できる部下と出逢いたいと思う。
自分の言うことを聞いてくれる部下である。どいつが自分の腹心かはわからない。
上司がいないときには部下全員が上司の悪口を言っている可能性は高い。
ここで問題になるのが、いわゆる「人間力」であろう。
仁義、人情、忠誠と言ってもよかろう。
いくら人の上に立ちたい男がリーダーになっても、
腹心の部下がいなければ彼は失墜確実だろう。
「仕事ができる」うんぬん以前に腹を割って話せる部下がいかに上司にとって重要か。
腹を割って話したことを周囲にもらさないという(墓場まで持っていく覚悟がある!)、
上級カウンセラーのような秘密保持力のある部下がいたら、彼は信頼されるだろう。
繰り返すが、大和ハウス創業者にとって樋口武男会長はそういう存在であった。

ビジネス界のトップに君臨する崇拝者も多い樋口会長は
本書でインタビューにこう答えている。
いまは経済界の重鎮の樋口武男会長にも若かりし野心に燃えた青春時代があった。
樋口武男青年は36歳でリーダーの難しさを知る。
人を使う難しさを青年は36歳で実体験する。
このとき樋口青年は多くの人を使っている創業者の偉大さを身をもって知ったのだろう。
大和ハウス会長は口にする。人を使うにはどうしたらいいか?

「相手のやる気が出るようにすること。
それを促すためのコミュニケーションをしっかりとることです。
実はこれには苦い経験がありましてね。
一九七四(昭和四十九)年に山口支店長に赴任した時、私は三十六歳と若いこともあり、
先頭に立って支店を引っ張る気概で最初から馬力をかけて頑張った。
張り切っているからこちらの気持ちが通じない社員には大声で怒鳴り、
時にはビンタも辞さなかった。
ところがそれが逆効果となって社員を委縮させ、気がついたら誰もついてこない。
四面楚歌でした。周りとのコミュニケーションを忘れていたんですね。
そこで発想を切り替えて、社員の一人一人と徹底的に対話することにしました。
お客様から支持を得るにはどうしたらいいか、顧客サービスとは何か、
今日・今月・今期における仕事の目標を持つことの意味とは…
そんなことをじっくりと腹を割って話し合いました」(P17)


おそらく大和ハウスの樋口武男会長がリーダーになったのはこのときだろう。
青年が部下から人を使うリーダー(上司)になったのは36歳のときだ。
上司は肩書という権威で恐怖政治をすることができ、
それは即効性がなくもないけれど、長期的に見たらろくな部下が育たない。
本当のところはなにを考えているかわからない、
いつも重度の知的障害者のようにニヤニヤしている部下は信頼できない。
いくらいまのところ仕事が多少できて使えるとしても、
いつ寝返るかわからない部下には警戒しなくてはならない。
数回、酒をのんで腹を割って話した部下のほうが育てがいがある。
基本的に年上の部下は使いづらいから、加齢によって人は求職が難しくなる。
60歳以上なんて仕事がないから、使いづらいとも使いやすいとも言えよう。
いまの職を守るためになら、アラフォーにはできない、
いろいろなことを(いいことも悪いことも)アラカンや還暦以上はするだろう。

指示されたからと職務上いやいや働く部下は(それでも動いてくれるならまだましだが)
なかなかあつかいづらいのである。
この人を男にしてやりたい、仁義上この人には逆らえないな、
と働いてくれる部下が上司にとってもっとも好ましい。
多少仕事ができたところで、部下連中を取り仕切って、
いつ上司に反旗をひるがえすともわからない部下とはおちおち安心して仕事もできない。
大企業「大和ハウス工業」の樋口武男会長が出世できたのは、
創業者をだれよりも心酔することができ、
同時に創業者からの絶大な信頼を得ることができたからと思われる。
いまわたしは職場の上司を指導者として崇拝しているわけではないが、
当方とは正反対(几帳面・メモ魔・手作業や整理整頓がうまい)なので、
年長者に対しておこがましいがそれなりの魅力を感じている。
人間味があっておもしろい人だなあ、といまだに感心している。
うちの職場はバックレ率が9割を超えているのである。
ここ5年の男性バイトでちゃんと退職届を出して退社した人がひとりしかいない。
みんなある日、突然来なくなり、連絡がつかなくなってそれで終わり。99%がそう。
8月にもひとり男がバイトで入ったが1日で辞めてしまった。
わたしはもしいまの職場を辞めるならば、円満にきれいに、ことを運びたいと思っている。
それはいまの職場の上司ふたり、三人に恩義があるからでもあり、
人情のようなものを感じているからでもあり、つまるところ、
こういうメンタルでのリスペクトを大和ハウスは重んじているのではないかと思う。

大金を得るようなチャンスがあったら、ほしいものがないので、
きっと大和ハウスの株を買うことになるだろう。株の買い方は知らないけれど。
むかし5、6年まえ戯曲を書いたことがある。
当方の最高の自信作だったが、どこのコンクールからも落とされた。
インド、ベナレス(ヴァーラーナシー)の日本人宿を舞台にした芝居だ。
そのゲストハウスの名前を「クミコハウス」のもじりで
「大和(やまと)ハウス」としたような気がする。
ということは、本当かと疑われそうだが、
当時は大企業の大和(だいわ)ハウスのことを知らなかったのだと思われる。
いまは大和ハウスも創業者のことも、樋口会長のお顔もよく存じあげている。
大和ハウスすげえよ。言いたいのは、言えるのは、それだけ。

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