台風バカ

また肋骨が痛く、へたをしたら再度骨折しているのではないかという不安をかかえている。
今日は休みだし、もう痛み止めも残り少ないので受診する予定がこの台風さ。
埼京線もとまっているらしいし、ひと駅離れたあの整形外科へ今日行くのは無理と判断。
立ちくらみやめまいがあり、さらにこの強風に大雨。すべりやすい道。
ふたたび転倒するようなことがあったら、
すでに舗装路の崩れた人生がさらにデコボコ道になってしまう。
痛み止めはかつておおむかし頭痛やらなにやらでもらったものをかき集めて、
当座をしのぐしかあるまい。
痛み止めがなくなっているのに痛いなんておかしいだろうと医者に思われるのかなあ。
仕事をしていて台風とかあったら、そうそう医者にはかかれないのだが。
肋骨はどうなっているのだろう。また折れていたら、いろいろな意味でどうしよう。
しかし、また折れていたとしても医者が「本当のこと」を言ってくれるのかどうか。
かつてもう肉体労働をしても肋骨は大丈夫と保証をしてくれたのがあの医者。
また肋骨が折れているというレントゲン結果が出ても意地でも認めたくないだろう。
こんなことを考えるのは、こちらが強度の人間不信だからでしょうか。

台風のなか近所の循環器科を受診。
先月の受診ではじめて異常(顔面神経麻痺)を指摘されたのだった。
「いますぐ総合病院の脳神経外科に救急枠で行ってください」と言われたもの。
「今日はこのあと人と逢う予定があるので明日行きます」
「それどころではありません。いますぐ行ってください」
いきおいに負けて「はい」と答えたけれど、
その日に逢わなかったらもう再会できないかもしれないと思っていた、
旧友であり恩人であり、とてもたいせつな人だったので医者の指示に逆らった。
いまでもあの日に逢わなかったら、もう一生逢うことはなかったのかもしれないと思う。
もちろん、翌日にはきちんと帝京大学病院に朝から行っている。
先ほど循環器科を受診すると、
あのときの顔を知っているナースさんから「よくなっていますよ」とお声をかけていただく。
わたしは人間不信だからリップサービスではないかと思うが、それでもありがたい。
ということは1ヶ月まえどんなひどい顔をして5、6年ぶりにあの人と再会したのだろう。
笑っちゃうね。いかにもおれって感じで、かの女も受けたことであろう。
「ツチヤさん、変わってないなあ」とかサイゼリヤで言われた記憶が。
むかしはだいぶバカをしたし、いまでもバカなのだろう。

ふたりでむかしだいぶバカをやったと思っていたが、それはわたしの感傷で、
むかしもいまもバカなのはわたしだけなのかもしれない。
「また逢いたい」なんていうバカのバカぶりにかの女は困惑したのではないか。
しかし、1ヶ月まえの今日、
医師の指示を無視して総合病院の脳神経外科に行かず、
旧友と再会したことはいまでも後悔していないし、
あの日がわがつまらぬ人生のハイライトだったとさえ思う。
結局、バカなんだよなあ。
バカのほうが高学歴のインテリよりも偉いという、
大してめずらしくもないありがちなゆがんだ価値観を持っている。
わたしのバカの定義は、
損得やプラスマイナスの常識的基準を知ったうえで、
あえて損やマイナス、けものみちを選ぶというようなことかもしれない。
本当におれはいまもバカかなあ。
損得勘定でいまの会社にしがみついているまっとうなところがある。
もうあこがれのバカではないのかもしれない。
しかし、あの子は言った。「ツチヤさんは変わってないなあ」
わが重度顔面神経麻痺のひでえ顔を見ながらである。
バカにされたくないと思う人がいる。
バカになりたいと願う人がいる。
バカといわれて怒る人と喜ぶ人がいる、このふしぎはなんとふしぎなことか。

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09/01 00:39
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