帝京 vs 慶應

2ヶ月に1度くらい通院している某大学病院の漢方クリニックへ。
もしかしたらこの顔面神経麻痺(まひ)も漢方でならなんとかなるのではないか。
ぶっちゃけ、べつの某大学病院では
「たらい回し」(工場長のご指摘)されているような気もするわけ。
顔面麻痺、難聴、左目が見えないで、それぞれの科を受診して今度はリハビリ科。
わたしの好きな漢方医は内科医でもあるからか、
ああ、そういうこともあるのかとお話をうかがいたいへん勉強になった。
わたしの顔面神経麻痺はあたまを打ったのと関係なく、
たまたまその同時期に発症したふつうの顔面神経麻痺(ベル麻痺)ではないか。
工場長からアドバイスされたようにネットで調べたら、
顔面神経麻痺といえばふつうはベル麻痺と呼ばれるもので
(罹患率はそうとう低いぞお!)、
外傷性顔面神経麻痺はさらにレアケースとされている。
わたしはてっきり外傷性顔面神経麻痺かと思っていたが、
もしかしたら偶然ベル麻痺がシンクロ的に同時発生したという可能性もあろう。

たしかにわたしの症状はベル麻痺(よく知られた顔面神経麻痺)とも近似している。
左の口から水がこぼれるし、笑えないし、
かなりうまいと自信があった口笛も吹けなくなった。
しかし、ベル麻痺では難聴ではなく、
反対にささいな音が騒音に聞こえるという過敏反応のような症状が出ることが多いらしい。
わたしはその反対で左耳がかなり聞こえづらくなっている。
左目が非常に見えにくいが、これもまたベル麻痺にはない症状である。
こういう患者が現われたら板橋区の大学病院であるあそこの
脳神経外科、耳鼻科、眼科が困ったのもよくわかる。
たぶん前例がほとんどないケースなのではないか。
前例がない場合、エビデンス(過去の症例)を尊重して治療する西洋医学は困ってしまう。
いつ顔面神経麻痺が発生したかという問題に希望をいだく。
外傷性顔面神経麻痺の場合、直後に麻痺が出た場合、
予後(あとの経過)がよくないらしい。
しかし、あたまを打って3~7日後に麻痺が出た場合、自然治癒することが多い。
わたしは顔面神経麻痺を意識したのは、あたまを打ってからかなりあとである。
もしベル麻痺ではなく外傷性顔面神経麻痺で、
このパターンだとしたら自然によくなるのか。

だが、左目が見えないというのはどういうことによるのだろう?
眼科的には視野検査までしたが、異常はないというのである。
にもかかわらず左目は非常に見えにくく、階段を下りるときがいちばん怖い。
その眼科は……(NG)……というようなことを漢方医からもほかの人からも言われた。
たしかにたくさんの医師の診察を受けたがいちばん生意気で偉そうな小僧であったが、
相性が合わない患者を診察しなければならないストレスを考えると彼を憎めない。
眼科医はとりあえずベル麻痺の教科書的なマニュアルに基づき、
こちらはまばたきは自由にできるのだが、目薬を大量に処方された。
「これは教授に診てもらわないと」と若き眼科医はおっしゃっていた。
べつにわたしは目がよくなれば町医者でも新米医師でも格は問わないのだが。
あさってはまた会社を休ませていただき(勝手を言って申し訳ありません)、
某大学病院の顔面神経麻痺の権威であられる先生に診察していただく。

もう書いちゃおう。いま顔面神経麻痺、視神経障害で通院しているのは帝京大学病院。
漢方クリニックを受診しているのは慶應大学病院。
ネットで調べたら慶應大学病院には顔面神経麻痺の専門チームがあるらしい。
近所だからという理由で帝京を選んだのは正解だったのか。
初診時のCTとかとてもたいせつだから、いまさら病院をかえるのはお得ではない。
そして、わたしは帝京大学と慶應大学のどちらが好きかと言われたら……。
慶應大学文学部に落とされた過去を持つ当方は、
慶應よりもラグビーレイプで有名なスパーフリーな帝京大学のほうが(以下略)。
いえいえ、慶應大学病院は大好きなんですよ。
今日の漢方医(内科医)のご説明ほどわかりやすいものはなく、さすがと思ったもの。
帝京大学病院は底辺地区のため患者も低知能と思っているのか、
どうせ説明してもわからないだろうと(外来は時間もないし、それは当然だが)
説明を省くところがないとは言えない。
当面、慶應大学病院漢方クリニックでは顔面神経麻痺にできることはないと、
前回とおなじ投薬であった。
かえって「なにもしない」ほうがいいことを知っているこの医師とは
勝手に相性がいいと信じている。

鏡を見るのが大嫌いなわたしは自分の顔面神経麻痺の状態を知らないが
(それがいいのか悪いのかはわからない)、
この日の医師の言葉、顔つき(同情視線)からすると、
わが顔面神経麻痺はそうとうにひどい症状のようだ。
シナセン友人にいますげえ顔面麻痺で変な顔らしいからおもしろいぞ、逢わない?
とメールしたら忙しいらしくまたお断りであった。
いま鏡を見たら死にたくなるような、他人からあわれまれるような顔をしているのかも。
しかし、わたしは自分の顔を見ない。これから先、どうなるのだろう。

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