不幸ではない

だれが言ってもあまり周囲に信じてもらえなそうな言葉は、
「わたしは幸福である」ではないかと思う。
そんなことを言っても、いくら幸福を装っていても、
本当はそうではないという、どうやら真理くさいことにわれわれの鼻は気づいている。
ならば、こう言ったらどうだろうか。いまわたしは不幸ではない。
金額を書いたら笑われそうだが、もっと下の世界もあることを肌で知っているため、
わたしはいまの職場に入ることができ(いろいろ悩みはあるが)
恵まれていると思っている。
クソ暑い職場だが、そのぶん仕事後にのむビールもどきもうまく、
終了数時間まえになるとあの液体のことしか考えていない。
職場の同僚にも恵まれているといってよく、
もっと意地悪な人がたくさんいる仕事はいくらだってあると思う。
けがをして休んでクビになってもおかしくないのに、
先日半年ごとの契約を更新してもらえた。
ということは、今年は食べていけるし、安いものなら酒ものめるし、
仕事がない人やふたつもみっつも仕事をしている人のことを考えると、
当方が不幸なんてとんでもない話だ。
さいわいなことにこころを打ち明けられる友人もいる。
顔面神経麻痺だが最貧国の国民ではないので、最先端の医療を受けることができる。
あんがいなにも医療的外圧行為をしないほうが治るのかもしれないが、
医者にもかかれない国の人のことを考えると日本に生まれてよかった。
いま人生に不満なんてあるのだろうか。
けっこう好きなことをやって生きてきたのに、
まだまあなんとかなっていると言えなくもない。
社会的な評価とは縁がなかったが、おかげでそういう欲望も薄まったような気がする。
好きな本をおなかいっぱい好きなだけ読むことができた。
そのくせいま仕事があり食べ(ら)れて安酒ならのめて医療サービスを受けられる。
孤独でさみしくてひとりぼっちだが、言い換えたらわずらわしい人間関係がない。
豊かな人間関係の想い出はあり、このまえは再会を果たした。
苦しみ抜いた肉親の不幸の記憶は年々薄まって、
人生そんなものという諦観に達しつつある。
いまほしいものはないが、これはすべてを持っているということなのかもしれない。
うん、わたしは不幸ではないな、うんうん、うんうんうん。
だれも信じてくれないでしょうが、不幸ではない。

COMMENT

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08/15 13:55
. 不幸ではない、しかし不孝である。








 

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