人生は想い出づくり

なんのために生きるのかの答えは多様で人それぞれだろう。
「なぜなしに生きる」(河合隼雄)でもいいし「どうせ死んでしまう」(中島義道)でもいい。
もう中年になったいま思うのは、人生は想い出づくりではないかということ。
ちょっとまえ、まさかもう逢うことはないだろうと
思っていた旧友であり恩人でもある人とほんとうに久しぶりの再会を果たした。
むかしあんなこともあったね、こんなこともあったよと、
サイゼリヤで学生のように安ワインをのみながらバカ話をして大笑いした。
それから多摩川の土手で缶チューハイをのみながら、またふたりの想い出を語り合った。
「むかし荒川クルーズをしたよね」「クルーズってなんだよそれ、アハハ」
帰途、今晩も忘れられない想い出になるだろうと思った。
センチメンタルで恥ずかしいが、
生きていたらこんな夜もあるのかと感傷におぼれるようなところがあった。
生産性や効率を求めて懸命に励むのもいいだろうが、その時間は消えてしまう。
バカなこと、無駄なこと、アホな喧嘩のようなことがかえって想い出になる。
むかしふたりでバカをやったよなあ。
その夜は言い争うこともなく、ただむかしを懐かしみ、笑い、時間の経過を味わった。
わたしはいま未来(夢、希望)でも現在でもなく、過去(懐旧)に生きているのかもしれない。
70歳の老人でも将来の夢を語るいま、
こんなに老いてしまっていいのかどうかはわからない。
「神田川」はほんとうにいい歌だと思う。

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