「縁は異なもの」

「縁は異なもの」(白洲正子・河合隼雄/光文社知恵の森文庫) *再読

→文化人の白洲正子は西行のみならず鎌倉時代のマイナー僧侶の明恵も研究していた。
明恵は当時としてはめずらしく自分の夢の記録を残していた人である。
明恵といえばユング心理学者の河合隼雄ということで、
今回の対談本ができあがったわけだ。
ある程度、量を読むとこのような縁に驚くことも少なくない。
西行は一遍も井上靖も好きだし、こうして河合隼雄ともつながると不思議なものである。
河合隼雄は白洲正子の名著(とされる)「西行」の解説を書いている。
その解説文からいささか言葉を引く。

「西行こそ明恵が仏道の修行によって成し得たことを歌によって成し得た人であった。
そして、この『西行』のなかで白洲正子の指摘しているとおり、
両者の類似点は実に多いのである」(P155)


ひとつは西行も明恵も女からもてたということらしい。
西行は、ただ恋の歌らしきものを創作しているというだけで、
実際にもてたかどうかはわからない。
明恵は1回女犯(にょぼん/性交)の危機(好機?)が
あったという記録が残っているだけで、
これまた西行同様で実際にもてたという証拠はない。
女性インテリ文化人は、
どうして女性は男性の本質を見抜く目があるという錯覚におかしなこだわりを見せるのか。
インテリの女というものは「女は賢い」「女は男を見る目がある」
などと自画自賛を書いて恥ずかしくならないのだろうか。
さてインテリ女性文化人によると、
西行と明恵に共通しているのは数奇心(すきごころ/風流心/ものずき)だという。
河合隼雄の解説を聞こう。

「「数奇心」とはいったい何であろうか。
「心の数奇(すき)たる人の中に、目出度(めでた)き」仏法者は、
昔も今も出来(いでく)るなり。」とは明恵の遺訓のなかの言葉である。
明恵の一生は、言うなれば、「お釈迦(しゃか)さまが好きで、好きで」
通した人と言えるだろう。
西行は「歌が好きで、好きで」たまらなかった人ではなかろうか。
その「数奇」の極まるところに、深く烈しい宗教性が存在する。
ここに言う宗教性は、
別に何宗の教義を極めるとかいうのとは関係がないことだ」(P156)


河合、白洲、両者の意見が一致を見るのは、
西行も明恵も「一人っきり」の「一人の宗教」をつらぬいたところがいいと言う。
白洲正子は言う。
「歴史的にみると、教団を造った人たちは、その本人はいいけど、
あとでちょっと宗教とも呼べないようなものになってしまう。
西行もそうでしたが。明恵が一人っきりというところがいいですね。
本来、宗教ってそういうものではありませんか」
河合隼雄は同意する。

「俗化することによって、教団ができる。群れをつくらず、一人というのはすごいですよ。
(……) 教団を作ると、どうしても世間と接触するわけだし、
それから教団を維持するということも、大変な仕事ですよね。
宗教的でない仕事にすごいエネルギーを使わないけませんからね。
それから僕がすごく感激したことは、明恵は法然を烈しく批判するんですが、
あの時代、日本人で論理的な批判ができるというのが、
そもそも珍しいんですよ」(P187)


河合隼雄は明恵が好きで好きでたまらないんだろうなあ。
おそらく西行のことはあまりよくわかっていない。
なにしろ「ぼくは実は和歌は苦手中の苦手でしてね」(P78)
と正直に白状しているくらいである。
「何見ても一緒くらいの感じ」とか口が悪すぎるぜ、河合先生!
しかし、河合隼雄はあたまがいいから和歌が苦手な理由も自己分析しているのだ。
和歌は――。

「結局、いろいろな知識とか経験を全部背景にもっているなかで和歌が出てくるんで、
俳句でもそうですが、
それだけを鑑賞するのはほとんど不可能なんじゃないでしょうか」(P79)


わかるわかる、わたし河合隼雄先生のおっしゃることわかります。
和歌ってさあ、あの本歌を元にしているとか、漢籍の逸話がどうの、とか、
わずか31字の裏側の世界が広大すぎるんだ。
ひとつの歌に3つくらいの歌の影響が入っていて、
それを知らないとこの和歌の本当の味わいはわからないよ、みたいなさ。
あれって妙に高尚ぶった博識自慢になって、
その知的過剰な貴族趣味が好きになれない。まあ勝手にやってろよと。
しかし、人づきあいのいい河合隼雄は西行もすばらしいと調子を合わせる
大人になるとは、本当は大嫌いなものをそうではないふりをできるようになることだ。
本当のことはめったに言っちゃいかん。
表面上の好き嫌いとはべつの「かくれ里」のようなものを作ることを
心理療法家の河合隼雄はすすめている。

「それはしかし、本当にぼくのやってる仕事[カウンセリング]とそっくりですねえ。
各人が自分のかくれ里を各人の方法で見つけるのを助けてるわけですから」(P89)


「とにかく、文章の中に自分を全部出したらだめなんです。
言わないことがあって、その上にできてるから、すごいものになるわけです」(P96)


「本当のことを本物にいうっていうのが案外難しいんですね。
いえる人はすぐいえるんですけど。
で、あの男性のほうはやっぱりついついいろんな繋がりがあって遠慮するんですよ。
(……) で、本当のことをいえないんです。
本当のことをズバッといえるちゅうのは、これ女性の特権ですわ」(P212)


そういえば西行もプライベートのことを意図的に隠しているという説もあった。
河合隼雄も最後の最後まで本当のことを言わないで死んでしまった。
河合が最後まで口をつぐんだことは、
「カウンセリングはかぎりなくインチキに近い」だったのではないかとわたしは思う。
むしろ、インチキだからカウンセリングで人はよくなることもあるというか。

和歌はわからないと言っていた河合隼雄だが、
晩年には少しずつ興味を持ち始めたようだ。
本書の後半でも自作の和歌を披露している。
在原業平の有名な歌に以下のようなものがある。

「つひにいく道とはかねて聞きしかど きのふけふとは思はざりしを」

いつか死ぬとはむかしからわかっていたが、まさか昨日今日とは思っていなかった。
河合隼雄はビジネスマン相手の講演会でこの歌を紹介したという。
みなさん毎日ビジネスでお忙しいでしょうけれど、
下の句をここにいらっしゃるみなさまがつくるとしたらどうなさいますか?
おなじことを対談で作家の大庭みな子に聞かれて河合隼雄がつくった歌は――。

「つひにいく道とはかねて聞きしかど 聞きしにまさるこの花道ぞ」

河合隼雄が「わたしの死」を「消滅」や「断絶」ではなく、
「移行」あるいは「完成」と思っていたことがよくわかる。
もしかしたら本文にあるようにそうであってほしいと願っていただけかもしれないが、
それは社交上手の男の謙遜と受け取るほうが正しいような気がしてならない。

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