「西行物語」

「西行物語」(全訳注:桑原博史/講談社学術文庫)

→「西行物語」は西行の没後50年ごろできたとされる作者不詳の物語である。
西行がこんな人だったらいいなあ、という多数派が夢を託した物語だろう。
西行のプライベートはほとんど記録が残っていないという。
「西行物語」のようなものが生まれる下地にはこのような事情があった。
わたしはファンである踊り念仏の一遍が好きだったからという理由で、
この齢になってふたたび西行ワールドに分け入った。

むかしからみんな組織(会社/出世)や家族(親愛)を求めてきたけれど、
それは見方を変えれば(彼岸から見たら)現世(この世)に執着しているとも言えよう。
会社に依存しているからこそ同僚の何気ないひと言が許せなかったりする。
尊敬していた上司が左遷されて悔しい思いをするのも、
嫌いだった同僚が出世して自分をあごで使うのも、みな会社にいるがためである。
片方の家族は絶対楽園かといえばそうではなく、
家族がいるから宮仕え(会社通勤)を自由に辞めることができない。
家族は和気あいあいとしたものばかりではなく、お互いを縛り合う。
夫は妻にこうしてほしいと思うが、かならずしも妻は応じてくれるわけではない。
妻も妻で夫に期待をするけれど、夫は稼いだ金をすぐ酒でのんでしまう。
親は子の将来に期待をかけるけれど、望めば望めばグレるのが子どもである。
親を憎むようになる子どももわんさかいることだろう。
出世争い、家庭不和、サビ残、無給の早出、言うことを聞かない部下に息子
――もううんざりだ。もういやだ。限界よ。バカヤロウ。
おれはこんなことをするために生まれてきたんじゃない。
もっと人間らしい精神的な意味深い命を生きてみたい。
だがしかし、ところがだ。
エリートコースにいてあたたかい家族にも恵まれていた西行は、
こういう理由で出家したわけではない。
どうして西行が出家したかはだれにもわからない。
それは釈迦(しゃか)が出家した理由がよくわからないのとおなじである。
あるいは恵まれすぎていると人は強烈な不安に襲われるものなのかもしれない。
いったいなにに対する不安がいちばん恐ろしいのか。

おそらく古今、多くの人が出世競争の愚かさや家族団らんの嘘くささに気づいていた。
しかし、宮仕えでもしないと家族でもつくらないと、いったいなにをしたらいいんだ?
家を出て会社に行かなくてもいいと言われたら、さあどこに行くところがあるというのだ?
夕暮れ、みなが帰途についているとき、帰る家がなければどこへ行けばいいんだよ。
公園のベンチに座ってなにもしないでいると、考えることは決まっている。
「死」である。出世競争や家族のことであたまを悩ませているかぎり、
人は「死」を直視しないでいられる。
しかし、考えれば考えるほど「わたしの死」のほうが会社や家族よりも重要である。
なんのために生きているのか? 
おれは会社のために生きているのか?
おれは家族のために生きているのか? ――それのなにが悪いもんか?
おれは悪くないね。しかし、会社はいつどうなるかわからない。
だから、がんばるんだろう。毎日せっせと働くんだろう。
たとえ会社を定年退職してもおれには家族がいる。家族?
おれには家族なんてものがいるか? 妻との関係は冷え切っている。
息子は高校のころにバイク事故であっけなく死んでしまった。
いまでも息子のことを思うと胸をかきむしられる思いがするが、
いくら願っても生き返ってこないし、
こんなに苦しむのならいっそのこと生まれてこなければとさえ思うこともある。
妻はいまでもおれをちくちく批判する。
仕事仕事で息子の相手をする時間が惜しいから、
気前のいい父親ぶりたくてほいほいバイクを買ってやったんでしょうと。
そういえば死んだ息子はどこに行ったんだろう。
おれもじきに死ぬだろうが、死ぬための準備をなにもしてこなかった。
たしかに仕事はしたし(部長まで行けた)家族もいるけれど(マイホームだってある)、
しかし、もっともたいせつな仕事(わたしの死)には、
これまでまったく手を触れてこなかったのではないか。

しかし、いいか、いいかよく聞け、人生そんなものだとも言いうる。
むかしから人間はそのように生きてきて、わけのわからないままに死んでいった。
人間なんざ、そんなもんだ。
しかし、なかには西行のような生き方をするものもいた。
西行は25歳で出世確実のエリートコースとかわいい妻子を捨てている。
西行のように生きたいという人は多かろうが、現実がそれを許さない。
このために古今西行の歌は愛され、
歌人の死後には「西行物語」のようなものもできたのではないかと思う。

「あの世」などあるかどうかもわからないが、もしかしたら
「この世」よりも「あの世」のほうがはるかに重要かもしれないのである。
「あの世」は「この世」の百万倍でも少ないくらいの永遠にも近い時間があるかもしれない。
かもしれないという推測ではなく、そう記載された仏典はいくらだってある。
そして、「この世」から「あの世」へは珍宝も妻子も家来もなにも持っていけない。
せいぜい持っていけそうなのは「この世」で養った「たましい」くらいである。
しかし、「たましい」をどうすれば上等にできるかはわからない。
いや、いちおうは仏道修行をすれば「たましい」は磨かれることになっている。
西行は25歳で出家しておのれの「たましい」を磨こうとしたのではないかと思う。
どうしたら「たましい」を磨くことができるか。
「わたしの死」を見ることだ。「わたしの死」を考え尽くしたらなにをすべきか。
仏道修行をすることだ。西行にとっては和歌創作が仏道修行であった。

「遁(のが)れなくつひに行くべき道をさは 知らではいかが過ぐすべからむ」
「いつ嘆きいつ思ふべきことなれば のちの世知らで人の過ぐらむ」


西行の願いはなんだったのか?

「臨終正念 往生極楽」(P83)

正しい念(おも)いのうちにわが臨終(死)に立ち会って、極楽に往生することである。
出家したものにとって目標は自然まかせの美しい死なのである。
「この世」のことは捨てて「あの世」のために生きるのが仏僧。
「あの世」のことを強く念じたら「この世」のことは捨てられる。
そのためには孤独に生きなければいけない。
うわさ話を聞くと、ついつい人と自分を比較してしまうからである。
本当の出家者は死を待つ人と言えよう。
死(極楽往生)を待っていたら桜の季節が来てしまう。
西行の住むあばら家にも花見と称してかつての仲間がやってきていろいろ駄弁る。
ついむかしの縁者の盛衰のことなど耳にしてしまい心が曇る思いがする。
花が咲くのはいいけれど、こういう花見がなければもっといいのにと西行は思う。
むろん西行とて花見が嫌いなはずがないのである。
桜の花と同様に人間が好きでたまらないのに人間嫌いのふりをする西行が好きだ。
おそらく自分もまたそういう屈折した人間だからだろう。

「柴の編戸(あみど)の明け暮れは、仏の御迎えいつならむと待ち奉(たてまつ)るに、
さもあらぬ昔の友、「花見に」とて集まるついでにも、何となき昔語りにも、
心の乱るる方もありければ、「よしなし」と思ひ、
  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎(とが)にはありける」(P87)


西行にとって出家とはひとりのよろしさを、
深々と噛みしめ味わう行為であったことと思う。
当時は(いまはこればかり)
寺院という群れのなかでの出世を求めて出家するものも多かったが、
西行はそうではなかった。
ひとりでなければ、孤独でなければ「わたし」を正面から見据えることはできない。
「わたし」を孤独でひとりぼっちでずっと見つめていると、
そこに「わたしの死」が浮かび上がる。
みなみな「わたしの死」と極力向き合わないようにお仲間と群れている。
それでいいのであって「わたし」ほど怖いものはないし、
「わたしの死」は神仏が寄り添わないとグロテスクすぎる。
「わたしの死」よりもあるいはやばいのは「愛するものの死」である。
「愛するものの死」には仏教世界のすべてが込められていよう。
死とはなにか? 愛するとはなにか?
かつて彼を愛さなければ、いまの苦しみはなかったのではないか?
それなのになぜどうしようもなく過去の自分は彼を愛したのか?
最愛の彼が亡くなったいま、自分にどのような生きようがあるのか?
人を愛するから愛するものを失う苦しみを味わわなければならない。
ならば愛とはなにか? 
自分はなにに迷っているのか? この苦しみに救いはあるのか?
こういう問いへの答えは「考えよ」しかない。
ひとりぼっちになって孤独に考えて考えて、そうして自分だけの答えを見つけるしかない。
その答えは万民には通用しないかもしれないが、あなたにとっては100%の正解だ。
ひとりで考えよ。孤独に苦悶せよ。泣け叫べ呻け。その先に自分の答えがある。
西行が知り合いの家に行ったら、旦那は死んで奥方は泣き暮らしていた。
仏僧の西行はこの未亡人を救ってはいない。
西行が示した道のりは、ひとりぼっちで考えてみましょうという険しく厳しいものだった。

「年頃知りけりたる人のもとへ尋ね行きたりけるに、
「男ははや失せにけり」とて、女房ばかり泣きゐたりければ、
西行出(い)でざまに、障子(しょうじ)に書きつけけり。
  亡き跡の面影をのみ身に添へて さこそは人の恋しかるらめ
京中も、何となく匆々(そうそう)なる事のみありて、心乱れければ、
  遥(はる)かなる岩の狭間(はざま)に一人ゐて 人目思はで物思はばや
  あはれとて問ふ人などなかるらむ 物思ふ宿の萩(おぎ)の上風(うはかぜ)
  枝折(しをり/帰途の準備)せでなほ山深く分け入らむ 憂き事聞かぬところありやと」(P172)


みんな「この世」をどうしようもなく生きている。
出家するとは甘えとか逃げとか責任回避とか、
そういう「この世」の言葉をすべて捨て、「あの世」に生きることではないか。
礼儀や常識は「この世」の言葉の象徴である。
「あの世」は礼儀、常識どころか善悪も正否も上下も苦楽も男女も生死も、
そして悲喜さえも存在しない。
愛するわが子が死んだ悲しみさえ存在しないのが「あの世」である。
「この世」を捨て出家するということは「あの世」を生きるということ。
仏教で人が救われるのは「この世」ならぬ「あの世」を説いているからだと思う。
「あの世」はあべこべの論理なのである。
「この世」ではきれいなおねえちゃんを口説いてモノにする瞬間に
逃げられたらそれはアンラッキー。
しかし「あの世」の論理ではそれはまたとない僥倖(ぎょうこう)になる。
据膳のナイスボディーのおねえちゃんに逃げられたのも、
仏さまのおかげで姦通という罪を犯さずにすんだことになる。

「昔、阿南尊者[もてない仏僧]、摩登伽女という外道の娘[ヤリマン美女]に逢ひ、
すでに禁戒を犯さむとし給ひしを[よっしゃあ、やれるぞと股間をパンパンにしたとき]、
仏、神通を以て見給ひて、文殊に仰せて[仏さまが文殊菩薩に指令をくだして]、
仏頂心呪を充(み)て給ひしかば、欲心やうやう失せて、戒を破り給ふ事なし。
[難しいことをすべてはしょると男は女とやれなかった]
これ一世二世の契りにあらず。五百生の縁なりと、仏説き給ひき
[こういうことは前世とか前々世の話ではなく「五千回の生死」の影響かもね]」(P68)


宗教団体に入らないで、つまり群れないで、
孤独、ひとりぼっち、ひとりひとりひとり考えていたらそういう発想も生まれるということだ、
たとえば、名誉や称賛というものは「この世」への執着を残す「魔」。
若いころに変に有名な賞でも取って脚光を浴びたら死ぬに死にきれないだろうなあ、

「名聞・利養は悪道の因縁、妻子・所従は生死の絆」(P39)

おさない自分の娘はかわいいが、そのらうたげなる有様、
よにいとけなき、類なき姿こそ「あの世」への障害物である。
「あの世」からみたらかわいいわが娘の笑顔こそ成仏への最難関かもしれない。
かわいい娘から微笑まれたら、だれが出家(冒険)なんてできるものか。
男という男はみんなどこか出家(脱会社/脱家族)を願っているが、
「この世」のルールに縛られているためそれができない。
西行のような「あの世」を生きる出家者にはそうそうなれるものではない。
あの西行もまたそうであったのだ。

「過ぎにし方、出家の思ひをとどまりしも、この娘ゆゑなり。
されば第六天の魔王は、一切衆生の仏にならむことを障へむがために、
妻子という絆(きづな)を付け置き、出離の道を防ぐといへり。
これを知りながら、いかで愛着の心をなさむや。
これこそ陣の前の敵、煩悩の絆を防ぐといへり。
これを知りながら、いかで愛着の心をなさむや。
これこそ陣の前の敵、煩悩の絆を切る初めなり」(P63)


西行がどうして「この世」にアッカンベー(出家)できたのかはわからない。
ただアッカンベー(出家)の意味は西行の句からわからないことはない。
「この世」の不幸は「あの世」の幸福である。
「この世」でかりそめ死んでも「あの世」でかならずよみがえる。
「あの世」から見たら「この世」のことなどなんだっていい。
「この世」の人間の目的は死んで「あの世」に行くことである。
「この世」の自殺は「あの世」では勇気ある名誉あふれた輝かしい行為である。
「この世」のプラスは「あの世」でマイナスになり、
どれほど嘆かわしい「この世」のマイナスでも「あの世」ではそれ以上のプラスになる。
西行が悟った真理を言語化すればこのようになるとわたしは思う。

「願はくは花のしたにて春死なむ その如月の望月のころ」(=自然に死にたい)

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4539-a4db7e30